第7章 『猿の楽園』
1話 「バスカルメガネ店」 前編
バスカルメガネ店バスカル支店は、いろんな店の複合店だった。
メガネ屋、食料品店、宿屋、みやげ屋、床屋、食堂がひとつの建物に詰まっている。
今のメインの業種が床屋らしく、ここの店主は今は床屋の格好をしている。
親族がフォール中に店を持っているらしく、メガネ店はキタカイにも支店がいくつかあるようだった。
ここのメガネ屋の看板も、キタカイで見かけた、猿がメガネをかけている看板を使っている。
系列のこのメガネ店は繁盛しているようで、その売り上げで暮らしは比較的裕福なようだった。
でも、この村の本店は不景気らしく、メガネ屋としても、その他の業種もほとんど開店休業状態だった。
本店がここまで閑古鳥な状況を憂うオーナーは、ホイという人物で東洋系の人だった。
言葉に若干の訛りがあり、ヨーベルが笑うのを我慢しているような表情をしていたので、リアンが注意しておいた。
店主から久しぶりの客ということで、リアンたちは歓迎される。
「ここって観光地じゃなかったの?」
アモスは、タバコを吸いながら店主に尋ねる。
「ハハハ、いつの時代のお話しだい。観光地として栄えていたのも、十年も前の話しですよ。今ではすっかり寂れた村になりましたぁよ」
ホイは自虐的に笑い飛ばすと、アモスに灰皿を手渡す。
「そうなんだ、けっこうこの村のこと、みんな知ってたから賑やかなのかと」
アートンが意外そうにいう。
「あなたたちぁフォールの人間じゃないのかい?」
「そうよ、あたしたちマイルトロンから来たのよ」
ホイの質問に、アモスがまたいきなり嘘をつく。
今回はいつもの劇団員設定ではないようだ。
バークが困ったような顔をする。
「マイルトロンからかい? となると、あなた方それなりに身分が高い人たちなのかい? あそこは一定の身分がないと、身動き取れないみたいな封建社会だと聞くからぁね」
「そういう感じよ。あたしら、けっこう金払いもいいから、歓迎してよね」
恩着せがましくアモスがいう。
「おお、それはありがたいですね」
会釈する店主ホイのメガネの奥の目が、商人らしく光る。
「さっきいった通り、昔は確かに賑やかだったんだけどね。いろいろあってこのザマですぁよ」
「あっちのお店は、やっていないのですか?」
ヨーベルが窓から見える、離れにあるメガネ店を指さした。
「さっきお話しした通り、開店休業状態ですねぇ」と、ホイが眉を下げながらいう。
「あら、やっていないの? この娘、新しいメガネ作りたいと思っていたのに」
アモスがケリーから奪った、ヨーベルの赤いフレームのメガネを指差す。
「お、そうなのかい? 大丈夫だよ、まだ作れるよ」
「え? あんたそんなこともできるの?」
「わたしの本業はメガネ屋さ。眼科医の資格も持っているよ」
「あんた、床屋じゃないの?」
アモスが、胡散臭そうな視線を送る。
「こっちは別に本業じゃないよ、村で一番需要があるのが床屋ってだけ。おいで、お嬢さん」
ホイに招かれて、ヨーベルがメガネ屋に向かう。
「ずいぶん多才な親父さんだな」とバークが感心する。
「お客さん、お部屋が用意できましたよ」
店主のホイの嫁が、リアンたちを呼ぶ。
「久しく使っていない宿だから、掃除がまだ不完全なんだけどね」
「いいですよ、こちらで掃除ぐらいしますよ」とバークがいう。
「あの可愛い娘さんはどうしたんだい?」
ホイの嫁が、ヨーベルの姿が消えているのに気づいて尋ねてくる。
「ヨーベルなら旦那さんに、新しいメガネ作ってもらっていますよ」
「あら、そうなんだ。この村のメガネ屋に、お客が来るなんて数年ぶりじゃないかしら。たぶん明日には、完成すると思いますよ。ところで、どれくらい滞在予定なんですか?」
ホイの嫁が、バークたちに滞在期間を尋ねる。
「そうね~。なんか昔ほど賑やかじゃないみたいだけど、次のバスがくるまで、せっかくだし村を観光したいわね」
アモスが、展示されている観光地時代のパンフレットを眺める。
「お前はどこでも、かならず観光しようとするな?」
バークが呆れたようにアモスにいう。
「こんな寂れた村だけど、景色だけはいいと思うわ。どうもありがとう、ゆっくりしていってね」
ホイの嫁が、アモスの横柄な言葉にもお礼をいう。
「ところで……、この村、猿で有名って聞いたんですけど?」
リアンがその話題を出す。
すると、女将の顔が曇るのを見て、リアンが狼狽したようになる。
「どうしたのよ? ここって猿がたくさんいる村として、有名だったんでしょ?」
アモスが、怪訝な顔をしているホイの嫁さんに訊く。
リアンたちは、案内された部屋でくつろいでいた。
「なるほど、猿害ってやつか……」
バークが、宿から借りた古い記事を読んでつぶやく。
「猿に、村がむちゃくちゃにされたんだね」
リアンも、記事をのぞき込んでやるせないといった表情になる。
「村の農業が壊滅、次に観光客が猿に襲われたりしたみたいだな」
アートンも記事を読んでいる。
「野生の猿に、観光客が餌づけしたのがマズかったみたいだな」
バークが記事をテーブルの上に置き、用意してもらったお茶を手にする。
「しょせん獣よ、まあ、そうなるわよね」
アモスが人事みたく笑う。
「餌づけと過保護で繁殖しまくった猿は、心許せる友人から、いつしか村にとっての脅威になってしまった、ってオチか……」
アートンも用意してもらったお茶をすすりながら、落胆したようにつぶやく。
「だったらさぁ、猿ごとき駆除したらいいのにさ」
アモスが、なんでそこまで悩むのかわからないといった感じでいう。
「そんなに厄介な連中なのかしらね? しょせん猿でしょ。かたっぱしから捕獲して、駆除していきゃいいじゃない」
アモスがタバコの煙を吐きだしながら、つまらなそうにいう。
「どうもその辺り、すんなりできないみたいだな。記事によれば、行政が猿の駆除を許可しなかったようだぜ」
バークが読んでいた記事を指差していう。
「なによそれ? 人間さまよりも猿を優先したってことなの?」
アモスが眉間に皺をよせながら、バークの読んでいた記事を見る。
「なるほど、それでこの宿の人、猿の話題を出したら嫌な顔したんだね……」
リアンが昼間のことを思いだす。
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