1話 「バスカルメガネ店」 後編

 部屋に通されて、しばらくゆっくりしていた一同。

 ヨーベルが、メガネ作りから解放されて戻ってくる。

「この村にいる間に、メガネは完成するそうです~」

 うれしそうにいうヨーベルが、ニコニコしている。


 バスに長時間乗っていたから、バークは腰が痛そうにしていた。

 時刻は夕方になっていた。

 そろそろ夕食の用意をしてくれる時間になっていた。

「ところで、例の神官さんのことは、どうなったんですか~?」

 赤いフレームのメガネのレンズを拭きながら、ヨーベルが訊いてくる。

「彼らは、村役場に直接向かったようだよ。で、村長さんの家に客人として招かれているそうだよ」

 バークが宿の人から訊いた、パローンとネーティブというふたりの若いオールズ神官見習いの足取りを話す。


「明日、さっそく接触予定だよ」

「おお~、そうなのですね?」

 ヨーベルがうれしそうに声を上げる。

「そういえば、おふたりのお名前、なんでしたっけ?」

 ヨーベルが、ふたりの神官見習いの名前を思いだそうとするがでてこない。

「あたしはあのふたりには興味なしね。なんだっけ? 覚えてるのいる?」

「パローンとネーティブだったよ。確か。でも俺も、どっちがパローンでネーティブかまでは、判別できる自信はないけどね」

 アモスの言葉に、バークがそう答えて笑う。


「じゃあ、そいつらがもう花を見つけているかもね。そのふたりから話しを聞けば、依頼は完了じゃないの?」

「そうなるのが一番の理想だよな。手軽でいいや」

 アモスの言葉にバークが、そうなってほしい願望を込めていう。

「目的のお花は、持って帰らなくてもいいんですか?」

 リアンが不安そうに訊いてくる。

「持ち帰ってくれれば、ありがたいという話しだが、存在を確認するだけでも大丈夫だそうだよ。ただ……、宿の人の話では、猿どもが花を食い荒らしたってことだったな……」

 バークが、宿の人から訊いた嫌な情報をつぶやく。


「まあ……、じゃあお花、すぐには見つからないのですね」

 ヨーベルが困ったようにいう。

「店主さんも、その花をここ数年見かけていないともいってましたね」

 リアンが腕を組んで、チルから渡されたバスカルの村の古びたパンフレットを眺める。

「あのふたりの神官さんは、それで納得されたんでしょうかね?」

 リアンが、アートンとバークに尋ねる。

「その辺りも、明日会って訊いてみよう。ひょっとしたら、まだ出発せずに、捜索する算段を立てている段階かもしれないしな」

 バークが宿の人から貸してもらった、村の地図をテーブルに広げる。

 ふたりの神官見習いが向かった村役場は、村の中央に位置していた。


「花探しに行くなら、あたしはパスよ。面倒だわ。あんたらだけでやってきてよね」

「ほんと勝手な奴だな~」

 アートンが不満を口にする。

 そのアートンに向けて、アモスは無言でタバコの煙を吐きだす。

 以前なら、アモスが激昂して暴言をぶつけていたかもしれないが、こんなおとなし目の反応にトーンダウンするようになったふたりの関係性。

 リアンは、アモスのアートンへの当たりが確実に弱まっているのを安堵する。


「花探しに行かないってことは、おまえ何かしたいことでもあるのか?」

 バークがアモスに訊く。

「特にないけどさぁ。まあ、一番は面倒だからよ」

 つまらなさそうに、アモスがあくびを我慢しながらいう。

「あの~、僕は同行してみたいけど、いいですか?」

 リアンが挙手していってくる。

「あら? なんでまた?」

 アモスが怪訝そうにリアンに尋ねてくる。

「僕は山に囲まれた田舎育ちだから、森の中みたいな、そういう環境への適応力はあると思うんです。もし花を捜索するなら、少しは力になれそうな気がするんです。何か役に立てることがあればいいんですが」


「そういえばリアンって、田舎育ちだったんだよな? なんか意外な感じだよ。きみって、洗練された都会人みたいな印象受けるからなぁ」

 アートンが、リアンに向き直っていう。

「ネバーランの村という、北部にある小さな村出身なので、立派な田舎者なのかな」

 リアンが照れ笑いを浮かべながら答える。

「王都での例の騒動は、アムネークに着いてすぐ巻き込まれたから、そちらには数日しか滞在できなかったんです。だから都会で暮らした期間はほとんどないんですよ」

 リアンが、不安そうな表情になりながら語る。


「かなり久しぶりになるがこの話題、確かリアンをネバーランに届けるんじゃなくて、おまえの故郷に送り届けるって算段だったよな」

 アートンが、リアンの終着点についてアモスに尋ねる。

「ん? ああ、確かそういう話しになってんだっけか? すっかり忘れてたわ」

 アモスが、自分でも忘れていた情報を思いだす。

「そうね、あたしの故郷のレーベ、この村はネバーランの村にも近いし、リアンくんの故郷の様子をうかがうのにも、ちょうどいい場所でしょ」

「そうだな、故郷のネバーランの村には、エンドールの追っ手が来ている可能性が高いもんな。リアンの安全が確保されるまで、アモスの故郷って場所で情報収集するのが一番いい手段だろうね」

 バークが腕組みをしながら、そうつぶやく。


「リアンは、何故ジャルダンに送られることになったのかを含めて、現時点で謎な部分が多いもんな。もしそこに、とてもヤバい事情があったとしたら、エンドールに捕捉されるのは危険だろう。どうしてそうなったのか? その理由が判明するまでは、身を隠しておいたほうがいいに決まってる」

 バークがつづけてそういってくれた。

「でも、この話題はまだ早いんじゃないの? もう少しエンドールに近づいてからにしない? ここでまだ話すような内容とは思えないわ。あと、どんどんエンドールから離れていってるしね」

 誰の責任でそうなったのか、ということを棚上げしてアモスがクククと笑う。

「いちいち、突っ込まないからな……」

 バークが、何かいいたそうなアートンを手で制しながらいう。


「じゃあとりあえず、リアンくんが行くなら、あたしもついていくかな」

「え? どうして?」

「あら? あたしがついていっちゃダメなのかしら?」

「い、いや……、そういうわけじゃ」

 リアンは、アモスの言葉に気圧される。


 リアンたちの休んでいる宿が夜に溶け込む。

 外はうっそうとした森が広がっている。

 ガサガサと木々が揺れる音がする。

 そんな森の中から、明るい宿の窓を眺める無数の光る目があった。

 その正体は森に潜む猿たちの、ものいわぬ悪意に満ちた視線だった……。

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