2話 「猿の楽園」
「村長が、かなりヤリ手らしい」
翌朝、宿のホイ夫妻から、バークはそういう話しを聞く。
ヨーベルはホイ夫妻の息子とすぐ仲良くなっていた。キャッキャとじゃれあうように、くすぐりあっている。
まだ四歳の息子の名前は、ポイというらしかった。
ポイはおもちゃの拳銃を、大事そうに持っていた。
その銃で撃たれる真似をしたヨーベルがポイに気に入られたようで、何度もヨーベルは射殺されていた。
「新しい村長は、この村の復興を考えて、本気で頑張ってくれている人だぁよ。まだ若いのに、本当に感心だぁよ。きっとその若さを見たら、みなさん驚かれることでしょうよ」
「そんなに若いんですか?」
ホイの言葉に、アートンが尋ねる。
「今日お会いになるんだろ? 実際に会ってみるといいさぁ、きっと驚かれるよ」
「へぇ~。それは楽しみですね。期待しておきますよ」
バークも楽しみだといった感じでいう。
「この村に、工場を建設することになったんだぁよ。ニカ研の工場だよ! ニカ研!」
ホイが興奮気味に教えてくれる。
「ヤリ手の村長は、この村にニカ研の工場を誘致してきたんだぁよ」
「それはすごいですね」とリアンたちは驚く。
「ああ、まったくさ。最初はそんなこと不可能に違いないと思っていたんだが、あの村長はそれを、本当にやってのけたんだぁよ。たいしたものさ」
ホイが最初は疑っていた自分を恥じるように、反省を込めつついう。
こういうの、ヒュルツの村でも似たような感じがあったなと、リアンは思った。
そして棚からホイが、工場の設計図らしき図面を持ちだしてくる。
「かなり大きい、規模のものになるんですね」
設計図を見せてもらって、リアンたちは感心する。
「早ければ半年後には、工事が着工する算段になってるみたいだぁよ。そうなれば、土建屋がやってきてこの街も自然と賑やかになるよ」
ホイが別の図面をまた広げながら教えてくれる。
「でだ、今、村が一番力を入れているのが、この寄宿舎建設なんだぁよ。外からやってきた労働者たちが暮らせるようにね。工事着工時から、連れてきた家族と一緒でも大丈夫なように、広さもじゅうぶんに取ってあるんだ」
ホイが披露してくれた図面は、工事関係者が暮らす宿舎のものだった。
「雇用した労働者が、以降もこの村で暮らしていけるように、その環境作りを村全体でやっている感じさ。学校も増築を検討しているしね」
「それは、なかなかいい展望ですね」とバークがホイにいう。
「ポツポツだけど、村を出ていかざるを得なかった人間も、村に帰ってきていたりするんだぁよ。よろこばしいことさ」
ホイの目がキラキラと輝く。
「ジョーンの兄ちゃんも、この前帰ってきてくれたんだよ」
ヨーベルとじゃれあっていたポイが、友達が帰ってきてくれたのをうれしそうに教えてくれる。
「ポイも、離ればなれになった友達はいっぱいいるからね。その子たちが帰ってきて、村に活気が戻るようになれば、これまたよろこばしい限りさぁ」
「とにかく、村を復興してくれるだけじゃなく、古いしきたりをいろいろぶち壊してくれる、新村長の豪腕ぶりに村は期待しているんだぁよ」
広げた図面を片しながら、ホイは新村長にかける期待を教えてくれる。
「観光地である過去は、もう捨てちゃう感じなのね?」
アモスがそう訊く。
「ああ、それはもちろんだぁよ。猿の楽園だなんて、今考えると愚かしい行為だったと、後悔しかないほどだぁよ。村全体の総意として、新村長のやり方に従っていくつもりさ」
ホイが図面を棚に戻し、窓の外を見ながらいう。
「そうだ、畑を覆うネットを新調したんだ。皆さん、もしよければ設置を手伝ってくれないかい?」
ホイがバークたちにお願いしてきた。
「構わないよ」とアートンが快諾する。
裏庭の芋畑は、ボロボロに食い荒らされていた。
作物は完全に掘りだされ、食べかけの芋が地面のそこら中に転がっていた。
「これは酷いね……」
畑を見たリアンたちが絶句する。
「猿どもに、好き放題やられたぁよ……」
噛み切られた、前のネットの穴を、指でなぞりながらホイが悔しそうにつぶやく。
「村では、どこも畑はこんな感じさ。今じゃ、村での収穫はほぼ不可能って感じさ。ほんと農業面では死活問題なんだぁよね」
転がっている芋を拾いながらホイがいう。
「猿たち嫌い! みんなを悲しませるんだもん! 僕が絶対成敗してやるんだ!」
まだ幼いポイが泣きながら、ヨーベルの脚にしがみついていう。
「ところで、こんなネット役に立つの?」
アモスが持ってきたネットを指差して、ホイに尋ねる。
「ないよりかはマシって感じかな? 一応新素材で、前のよりは丈夫らしいからね。何もしないよりかはマシって感じさ。これでしばらく様子を見てみようと思っててね」
ホイは眉を下げながら、半ば諦めたようにいう。
畑を覆うネットを、張る作業をするホイたち。
それをバークとアートンが手伝っていた。
リアンはホイに頼まれて地面に転がる、猿たちの食いさしの芋を拾い集めていた。
その作業を、ヨーベルはぼうっと眺めている。
すると、ヨーベルが向こうのほうで気配がするのに気づく。
ヨーベルは、気配のするほうに向かい歩いていく。
ひとりでそちらに行くヨーベルに、誰も気がつかないでいた。
ヨーベルが気配のするほうに行ってみると、そこには可愛らしい仔猿が一匹いた。
「かわいい!」と、ヨーベルは飛び上がる。
さっそくヨーベルはしゃがみ込むと、仔猿に話しかける。
「こっちおいで~。なでなでしてあげますよ~」
しかし仔猿は警戒してて、ヨーベルのそばには寄ってこない。
「そうだ!」
ここでヨーベルは、仔猿に餌をあげることを考えつく。
昨日、猿に餌をあげたせいで、村がとんでもないことになったという話しを聞いたはずなのだが、ここでは考えにいたらなかった、頭の弱いヨーベル。
すぐさま宿に戻ると、餌になりそうなパンをもらおうとする。
宿に着くなり、ホイの奥さんにいってパンをもらうが、仔猿にあげるということは当然黙っておいたヨーベル。考えているのか、考えなしの行動なのか、その真意はヨーベルにしかわからない。
「え? 村人が?」
バークたちが異口同音で驚く。
「ええ、ここの猿はますます凶暴になっていましてね。つい先日ですよ。村のお年寄りが、ひとりで畑作業をしていたら猿に襲われましてね……」
ホイがネットを張りながら、暗いトーンで教えてくれる。
「その方は、無事なのですか……?」
リアンがおそるおそる訊く。
「重体さぁ……。絶対安静で今入院しているよ。とにかく、この村にとって猿は、今や敵以外の何者でもないよ。お客さんたちも気をつけておくれよ?」
ホイの重々しい言葉に、リアンは身が引き締まる。
「この村が寂れた理由も、観光客が猿に襲われたってことが、直接の原因でもあるんだ」
神妙な表情でホイは目頭を押さえる。
「馬鹿な観光客が餌づけをしたんでしょうね、まったく考えなしにやるから。とんだ大馬鹿のせいで、村もとばっちりもいいところね」
アモスが、どこか人事のようにいう。
一方ヨーベルは、さっそくもらってきたパンを仔猿にあげていた。
最初は警戒していたが、徐々に近づき、それを美味しそうに食べるようになる仔猿。
食欲旺盛で、あっという間にヨーベルの手持ちのパンがなくなってしまう。
仔猿は、もっと欲しそうにしている。
「ごめんね~。もうないんだよ~。あとでまた持ってきてあげますね~」
餌づけを悪いことだと、微塵も思ってもいないヨーベルがいう。
すると、後ろで人の気配を察知する。
「あっ、ヨーベルお姉ちゃん、こんなところにいた~。バ~ン」
ポイが、おもちゃの拳銃から銃弾を発射した。
ヨーベルが軽く胸を押さえる。
「みんなの所から、急にいなくなったから驚いたよ~」
「あ、ごめんねぇ」
ヨーベルが申し訳なさそうな顔をして謝る。
それと同時に、仔猿が森の中に消える。
「勝手に行動しちゃうの、もうしないようにしていたのにね~」
ヨーベルが反省の弁を述べるが、すでにもう悪さをしていたりすることに、まだ気づいていない彼女。
「お姉ちゃんも、勝手なことして怒られることあるの?」
ヨーベルの天然ぶりを知らないポイが、意外そうに訊いてくる。
まだ子供の彼の年齢では、ヨーベルでも頼れる大人の女性なのだろう。
「うん、ダメだよね~。みんなに迷惑ばっかり」
過去の行為は反省しているのだろうが、餌づけの件はやはり悪いことだと思っていない。
「みんなが役場に向かうって。お姉ちゃんも行くんでしょ?」
「はい、役に立てることなさそうですけど、ついていきます」
ポイを抱き上げながら、ヨーベルがいう。
「コラ! ヨーベル! あんたどこ勝手にうろついてるの!」
アモスが、探していたヨーベルを見つけて怒る。
「ごめんなさ~い。今行きますね~」
「早くなさい! あと勝手にうろつくんじゃないわよ! この村、猿が危険なんだからね! まさか出会ってないわよね!」
近よってきたヨーベルに、アモスはひとつ手刀を落としておく。
アモスはバークたちと合流するために、ヨーベルの返答を待たずにひとり先に歩く。
「あのお姉ちゃんは、お猿さんよりも、すっごい怖いから気をつけるんだよ」
「う、うん。みたいだね」
ヨーベルの小声に、ポイが神妙にうなずく。
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