3話 「村長との面談」
役場は、村の小高い丘の上にあった。
村を一望できる好立地だった。
役場には、見晴らしのいい展望台もある。
だが、今は使われていない感じだった。
「元観光地だっただけあって、それらしい施設はいろいろあるのね」
アモスが展望台を見ながら、タバコをくわえる。
「人が戻るようになれば、すぐに復興しそうな村に思えるな? 元よりポテンシャルが高い村みたいだしな」
アートンが、村の役場を見て感想をいう。
ここに来るまでに見かけた景色も、のどかな田舎の風景を色濃く残していて、観光地としてそのまま使うことが可能に思えた。
建っている住民の住居も、若干薄汚れてはいるものの、どこかメルヘンチックなたたずまいをしていた。
「あそこが工場の予定地なんだね」
バークが、東方向に見える建設予定地を見つけて指差す。
「寄宿舎を、村人総出で作ってるっていってたわね。それが向こうに見える建物ね」
アモスが建設中の建物群を指差す。
「あそこの工事に出掛けてて、それであんまり村人見かけなかったんだね」
リアンがそうつぶやく。
この役場に来るまで、確かに村は無人かと思うほど、人と出会わなかったのだ。
アシュンと出会ったヒュルツの村も、同じような感じだったことを、リアンはまた思いだす。
「お待たせしました、もう少しで村長が来られますよ」
待たされていた応接間に、受付にいた老紳士がやってきて伝えてくれる。
「もうしばらくお待ちください」
老紳士が、リアンたちに人数分のお茶を用意してくれる。
「坊やにはこれをどうぞ」
老紳士がリアンに飴玉を渡してくる。
「ありがとうございます」と礼をいい、リアンは飴をポケットにしまう。
お茶が用意されている間、リアンは窓の外に、大きなバンが結構な数止まっているのを見つける。
妙に物々しくて、村には似つかわしくない、厳ついバンだった。
表面が泥で汚れ、ごつごつとした凹凸が酷く目立つバンたちだった。
そのバンがリアンは気になり、話題にしようかと思った瞬間、ドアが開く音がする。
「お待たせしました、村長のコーエルです」
ドアをガチャリと開けて、入ってきた男性が自己紹介をする。
「えっ!」
リアンたち全員が驚く。
そこにいたのはまだ二十歳ぐらいの、あどけなさを残した若者だったのだ。
大学生ぐらいの容姿をしており、着ている黒いスーツが絶望的に似合っていない。
「驚かれるのは、無理もないでしょうね」
ホホホ、と受付の老紳士が笑いながらリアンたちに笑う。
毎回、客人は同じような驚きを見せてくれるので、老紳士はどこか誇らしげでもあった。
「し、失礼、一行の代表のバークです。あまりにも想像以上のお若さだったので驚きました」
バークが立ち上がり、やってきたコーエル村長と握手をする。
「いえ、いえ、慣れていますよ」
コーエルは、ニコリと笑うとさっそく席に腰掛ける。
若い人物だが、腰掛けるときに「よいしょ」とつぶやいた。
「なるほど、あなたがたもコーリオの花とかいうものを、お探しに来られたのですね。すでにパローン神官、ネーティブ神官様ともお知り合いなのですね」
ふたりは神官ではなく、まだ見習いなのだが、コーエルの中ではオールズの神官になっているようだった。
バークたちも、村長の勘違いをいちいち訂正せずに話しを継続させた。
「知り合いというほどではないのですが、わけあって面識がある感じです」
バークがコーエルに教えると、アートンが口を開く。
「そのふたりは、今こちらにいると伺ったのですが?」
「その件ですが、少し困ったことになりましてね……」
すると、コーエルが困惑したような表情になり、口を真一文字に閉じてしまう。
「おや? どうされたのですか?」
バークが不安そうに尋ねる。
なんだか嫌な予感を、バークは察知した。
「残念ながら、お探しの花は忌々しい猿どもに食われ、絶滅してしまいました」
サラリとコーエルがいう。
バークとアートンが、その言葉に驚いたような表情をする。
ホイからは食い荒らされたとは聞いていたが、村長ははっきりと絶滅と断言してきた。
「絶滅? ほんとかよ」
無礼なものいいのアモスが眉をしかめる。
それを隣の席のリアンが、袖を突いて注意する。
「そのことをお伝えしたのですが、両名ともに納得されませんでしてね。森を案内して欲しいと、ずっといっておられたのですよ。こちらとしては、予定もありますし、割ける人手も少ないので、もう少し待ってほしいとお願いしていたのですが……」
コーエルが、いいにくそうに言葉を吐きだす。
「ま、まさか、ふたりで森の中に?」
バークが最悪の予想を口にする。
「そのまさか、ですよ」
コーエルが、目頭を押さえながらつぶやく。
「え? 危険はないのですか?」
リアンが驚いてコーエルに尋ねる。
「かなり危険ですね。猿どもに加え、森は広く深いです」
コーエルが眉間に皺をよせながら、迷惑そうにいう。
「こんな広い森を、あてもなく探すっていうのですか?」
バークも驚く。
「それをするために、出て行かれたようですからね……。今朝、何の連絡もなく置き手紙を残して出発されたのですよ……。まったく困ったものです」
「かなり迷惑そうねぇ」
アモスが、どこか面白そうに訊いてくる。
「今の状況で、オールズ教会のことを悪くいうのはよろしくないのですが……。超迷惑しています。これから、ふたりの捜索も手配しないといけないところでした」
「そ、それは、心中お察しします……」
迷惑そうなコーエルに、バークまで恐縮してしまう。
「いちおう、どこに向かうかはおおよそ検討がついてます。おそらく、西の森を抜けた先にある、フォール大学が管轄する野生動物観察所に行ったのでしょう。そこの研究員に、花のことを訊きに向かったのだろうと思っております」
「野生動物観察所?」と、バークがオウム返しで尋ねる。
「森の中で、猿や野鳥の研究をしている人たちがいるんですよ。わたしは村に帰ってきて日が浅いので、その人たちとは会ったことがないのですけどね。学校関係者の三人が住み込みで、生態系の調査をしているようですよ」
コーエルが教えてくれる。
「研究員は森に詳しい人間でしょうから、ひょっとしたらコーリオの花の件も知っているかもしれないと、お話ししたのが悪かった感じです。そのことを聞いてから、そこまで案内して欲しいと何度も要請されました。待ってくれとお願いしていたんですけどね……」
コーエルが村周辺の地図を指差していう。
指は、バスカルの村のさらに西を指差している。
その辺りに、その観察所があるのだろう。
けっこう距離があるようで、バークは不安になる。
コーエルがいうには、ふたりの神官見習いは、自身たちが乗ってきたバンで観察所に向かったようだった。
「道中、道も標識もあるのですが、それでもはじめて足を踏み入れる人にとっては危険です。猿の脅威ももちろんですが、もし道を間違えば、たちまち迷うことになりかねないです。もし、みなさんがおふたりを捜索に向かってくださるのでしたら、これほどありがたいことはありませんよ」
「その件については、問題ありません。我々がなんとかしてみせますよ」
バークがふたりの神官見習いとの接触を約束する。
「ちょうど神官さまを追うために、森への捜索準備を進めさせていたので、その装備をすぐにこちらに持ってこさせましょう。車も用意していますので、さっそく向かってくれると、村としてはとてもありがたい展開です」
「じゃあ、すぐにでも出発したほうがいいでしょうね」
バークがそうコーエル村長にいい、手にしたカップをテーブルに置いて立ち上がる。
「話しは変わりますが、どうもオールズ教会もいろいろ派閥があるのですね」
突然コーエルが、こんなことをいいだす。
「どういうことですか?」とバークが尋ねる。
「このふたりの神官様は、パルテノ主教様とはかなり因縁があったようです」
「パルテノ主教?」
バークが驚いて声を上げる。
「パルテノ主教が村に来られたことを知るや、かなり焦りだしていましたよ。彼らは、花を探しにきたわけではないということを、きちんとお伝えしたんですがね。横取りを恐れて、衝動的に行動したのかと」
コーエルが、さらりとパルテノ主教のことを話す。
「し、失礼ですが。パルテノ主教がこの村に?」
コーエルの涼しい顔に反して、バークが焦ったように尋ねる。
「ええ、三日ほど前からね。主教には、あることをお願いするために、わたしがご招待したんですよ」
バークが絶句しながら、コーエルの言葉を聞く。
「パルテノってさぁ、なんかいろいろと評判悪いっていう主教じゃなかったっけ?」
アモスが、何故かニヤニヤとした笑顔をしながら、バークに訊いてくる。
役場の窓から見ると、パルテノ主教の部下の僧兵たちが整列していた。
元々白い僧兵の衣服は、泥と汚れで赤茶けた色に変色している。
手には各々が、武器を携帯しており物々しい。
総勢で五百人ぐらいの人数がいるようだった。
それらを、リアンたちは遠くから眺めていた。
近寄ると危険と村長にいわれたので、リアンたちは側にはよらなかった。
「ほ、本当にあれ神官さんたちなのですか?」
リアンは、とても信じられない。
殺気をビリビリと放つ彼らは、どう見てもゴロツキ集団にしか見えなかったのだ。
「まるでこの村を、これから占拠するって感じの物々しさだな……」
アートンがポツリとつぶやく。
「あんなのを、あの若い村長がわざわざ招くなんて……」
バークも意外そうにいう。
「豪腕とかいってたけど、あながち間違いじゃなさそうね。よりによってパルテノを呼び込むんだものね」
アモスは何故かうれしそうだ。
「猿どもを駆除するのに、あの連中を利用しようだなんて、普通の人間なら考えつかないわ」
パルテノ主教が、この村に招かれた理由は単純だった。
やっかいな猿たちを、駆除してもらうためだった。
武闘派として知られるパルテノ主教。
彼らに村の困窮を話し、改宗と引き替えに猿の駆除を要請したのだ。
コーエル村長は、村に立派なオールズ教会を建てることを約束し、その教会をパルテノ主教に譲ることまで約束したという。
たかが猿を駆除するためだけに、危険なパルテノという男を使うというのだ。
「正気の沙汰とは思えないな」と、バークなんかは絶句してしまう。
「お猿さんたち、どうなるんでしょうか?」
ヨーベルが不安そうに尋ねる。
「あの村長の口ぶり見たでしょ? あいつや、この村の人間の、猿への憎悪は尋常じゃないわ。そりゃ徹底的に狩られるんでしょうね。パルテノとかいう狂信者によってね」
アモスの言葉に、ヨーベルは震える。
「ほんと、思い切った行動だよな……」
バークが重々しくつぶやく。
「村でのオールズの布教を餌に、パルテノに接触。その見返りとして、猿の駆除をパルテノ一派に任せる。フォールの混乱期に乗じて、一気に猿駆除を図るってわけか。今までのフォールの法では、猿には手が出せなかったみたいだからな」
アートンが、また人差し指を囓りながらいう。
「わたしは嫌いじゃないわ、こういう展開。猿なんて、しょせん獣よ。人との共存なんて、不可能だったのよ。オイタがすぎる獣には、罰もいるってことね。当然の結果だと思うわ」
アモスが、ケラケラと笑いながらタバコを取りだす。
頼もしげに完全武装のパルテノ率いるガミル聖堂騎士団の、その異様な姿を眺めていた。
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