20話 「彼女の嗜好」 其の二
「わぁ、なんですか? この本は! ハーネロさん関連の、お本ばかりです~」
ベッドに置いてある本を手に取って、ヨーベルが興奮と歓喜の声を上げる。
パラパラと、ヨーベルがさっそく本をめくる。
内容は、ハーネロ期の遺跡の図解や、ハーネロ神国の幹部の紹介、ハーネロンの図解といったオカルトチックな図鑑だった。
ヨーベルは、興奮して図鑑を眺める。
「ちょっとちょっと! あんた市長の娘なのに、こんな本、集めてるのかよ」
アモスが周りに散らばる、その他のハーネロ期の本を手にとって呆れる。
「い、いいんですか? こんなの持っていて……」
リアンが不安そうに、本を眺めてミアリーに訊く。
「もちろんダメなんですが……。みなさんには、本当のわたしのこと、知ってもらいたくって……。ひょっとして、幻滅しちゃいましたか……」
不安そうに、ミアリーが訊いてくる。
「そんなことないです! 最高の趣味だと思います! わたしもハーネロさんのことは、いろいろ知りたいと思っているのです!」
ヨーベルがミアリーの手を握り、うれしそうにいう。
ヨーベルのスキンシップに、うれしそうなミアリーが頬を紅潮させる。
「うれしい! やっぱり信じて良かった! みなさんなら、この趣味にも寛容だと思っていました」
ミアリーがヨーベルの手をつかんで、ブンブン振り回しながらうれしそうにいう。
「わたしの好きな劇団さんが、ハーネロ関係の演目をされるのです! わたしの、憧れの劇団です! いつか、公演を生で観たいのです」
「そ、そんな素敵な劇団が、あるのですか!」
ヨーベルの言葉に、ミアリーが食らいつく。
「やっぱり、アンダーグランドな劇団なんですか? わたしも、観てみたいです!」
「っていうか、この本とかこっちとか、自費出版の本?」
アモスが、目についた本を手にして眺めてみる。
製本技術が素人ぽく、やけに薄いのだ。
「はい、ハーネロ関連の本は、発禁対象なので、マニアの人が自主出版して、裏で取引をするんです」
「で、あんたはその危ない本を、これだけ集収したってわけなのね。相当なマニアじゃない、なんとなくだけど、どういう境遇の人間か理解しちゃったわ」
アモスが、ビッチリとハーネロ神国についての自説を、長々と語っている読みにくい本を嫌な視線で眺める。
「同じような趣味……。持ってる人なんて、そうそういなくて……」
「でしょうね!」
ミアリーのしょんぼりとした言葉に、アモスが強くいう。
「立場が立場なので、表立ってこういう本の販売会にも、行けなくて……」
「じゃあ、どうやってこのお本、手に入れたんですか?」
ヨーベルがミアリーに尋ねる。
「執事のジェドルンがね、こっそりと買ってきてくれるんです」
「あの執事さんが?」と、リアンがさっき出会った老執事を思いだす。
「理解してくれてるだけで、彼自身は興味を、持ってくれないんですけどね……」
ミアリーは若干、不満そうにいう。
「あと、いちおうわたしのこの趣味に、理解を示してくれてる人もいまして……」
「あら、意外ね、そんなのがいるのね」
アモスが、薄い本をパラパラめくりながらいう。
「そいつとは、どうなっちゃったのよ?」
「それが……、いろいろありまして。今は離れ離れになってしまった感じなんです。お仕事の関係といいますか」
ミアリーがいいにくそうに、ポツリとつぶやき手をソワソワとさせる。
アモスが、その件についてもう少し突いてみようかと思うと、ヨーベルが大声を出す。
「こっちの本は、絵がいっぱいです~! わぁ、これひょっとしたら、魔神ザイクロと魔女メイアのロマンス本ですか~」
ヨーベルが、耽美な男女の描かれた挿絵のある、薄い本を興奮気味に読み込む。
「誰よ、それ」
アモスが、呆れたように訊いてくる。
リアンは、ザイクロとメイアについてはうっすらと知っていたが、黙っててもふたりのマニアが説明してくれるだろうと思って、何もいわないことにした。
ハーネロ神国の主要幹部テンバールの、魔神ザイクロと魔女メイアは、ハーネロ神国の魔神だが、人間味があるということで一部に人気のある魔神なのだ。
ふたりは恋人同士だとも伝えられ、その実像がほとんど伝わっていないことがさいわいして、ロマンスを勝手に想像され、アングラな世界では定番のカップリングだという。
リアンもちらりと、その本を見せてもらうが、内容が完全に官能小説のようなものだった。
「うっひょ~、ドスケベな挿絵だこと! 低俗なマスコミの、下品ネタなんかよりリアンくん使えるんじゃない? 一冊どれか、もらっておけば?」
アモスが赤面するリアンに、ニヤニヤしながらいってくる。
「ああ、それなら、お薦めがありますよ! 男の子向けなら、こういうのとか、こういうのとか」
躊躇なくミアリーは、別の薄い本を持ちだしてくる。
「アハハ、乗りのいいお嬢ちゃんね、恥ずかしがらずに、リアンくん貰っておきなよ。末永く使えるんじゃない?」
アモスが、ミアリーの紹介してきた薄い本をリアンに渡そうとする。
「ぼ、僕は、遠慮しておきますよ……」
赤面するリアンを、「可愛い!」とミアリーとヨーベルが異口同音でいう。
「そう、この子は可愛い子なのよ。いちおう、はじめての相手は、あたしってことになってるから、そこは横取り許さないからね」
アモスがケラケラ笑いながら、困惑しているリアンをからかう。
「ひゃぁぁ~! こっちは、男の人同士です~。なんですか、これは~」
ヨーベルが、新しい薄い本を見つけて、興奮したように叫ぶ。
その本は、やはり耽美な絵柄で描かれた、男同士が愛し合っている薄い本だった。
「これは、エンドールでトゥーライザとかいって伝わってる、英雄さんのお本ですわ。とっても貴重な本で、エンドールから特別に取り寄せたんです! 架空の英雄さんだと思うんですけど、ネズバっていう英雄さんを主人公にした、物語を描かれる作家さんなんですよ! 本当に貴重品なんです、わたしの宝物なんですよ」
ミアリーが恥ずかしがることもなく、耽美な絵の本を広げ、見せびらかすように自慢する。
「トゥーライザのネズバかぁ。確かに、そいつは存在がフィクションとされているわね、けっこうレアキャラだしね。やけにニッチなキャラを、起用したものね」
アモスが、男なのに若い女性のような容姿に描かれ、金髪隻眼の吟遊詩人で弓の名手という、属性てんこ盛りのネズバ像を見て口元を歪める。
「ネズバさんは、存在が完全に謎という点でも、この界隈では人気なんですよ。このネズバシリーズの作者さんは、この分野の第一人者で、とっても人気のある作家さんなんです。作者の正体が不明で、現在はもう本を作られていないとの噂もあって、わたしとしてはガッカリです」
しょんぼりとミアリーがいう。
そして、そうだ! とミアリーは、ベッドから本棚に手を伸ばす。
その途端、ミアリーはベッドから落下する。
床で倒れたミアリーの白いワンピースがめくれ上がり、下着が丸見えになってしまい、リアンが高速で目を逸らす。
アモスが大笑いし、ミアリーを起こしてあげる。
「パンツ見せて、リアンくんを誘惑したって最初に頂くのは、わたしだからね。ほら、しっかりしな」
「す、すみません~、アハハ……」
照れ臭そうに赤面するミアリーが、手に一冊の本を持っていた。
「あれ? ミアリーちゃんの、これと同じですね」
ヨーベルが手にしているネズバの薄い本と、ミアリーが持っている本は同じだった。
「同じ本が、二冊あるんですよ。そっちはちょっとヨレヨレだから、こっちの綺麗なほう。お近づきの印に、貰っていただければと思いまして。ご迷惑ではなければ、いいんですけど」
ミアリーの言葉に「おおおお~」と驚いて、ヨーベルは手にした薄い本を見る。
「こんな発禁本持ってたら、手荷物検査された時に、大問題よ」
あのアモスが若干困った顔をして、ミアリーにいう。
「いえいえ! これはハーネロ神国とは無関係の、トゥーライザとかいう人たちの、お話しなので問題ないですよ」
ミアリーが、鼻息荒くいってくる。
はじめに出会った、気弱で可憐な印象とはかけ離れたような感じになっている、ミアリーという少女。
「ありがたく、いただきますです」
ヨーベルが躊躇することなく、本を自分のかばんに入れる。
「はい、どうぞ、ご遠慮なく!」
ミアリーがニコニコしていうと、リアンに向き直る。
何事かと思い、リアンは緊張する。
「もしリアンくんも、欲しい本あるなら、遠慮せずいってください。ハーネロ関連以外なら、特に持っていても、問題ないと思いますよ」
なんのてらいもなく、ミアリーがいってきて、リアンは耳まで真っ赤にする。
「アハハ、せっかくだからもらっておきなよ。うちのバカ男ふたりと、共用で使えるようなの、もらっておきな。ほら、これなんかドエロい感じで、お薦めかもよ」
アモスが適当に見つけた、卑猥な挿絵が描かれた薄い本を見せつけてくる。
「あれ? まだお仲間の人が、いるのですか?」
ミアリーが、アモスに首をかしげて訊いてくる。
「木偶の坊が、二匹いるわよ。雑用担当の、面白味のない男ふたりよ。正直リストラ候補なんだけどね!」
アモスが相変わらずの毒舌で、アートンとバークの存在を教える。
「やっぱり、役者さんなんですか?」
「イケメン役者さんと、団長さんです~」
ミアリーの問いかけに、ヨーベルがまた勝手に嘘設定を引きずって答える。
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