20話 「彼女の嗜好」 其の一

 リアンたちは、ミアリーの屋敷に招かれていた。

 広いリビングには、晴れ空が戻った陽の光が注ぎ込まれる。

 リアンたちは、大きなダイニングテーブルに並んで座り、お手伝いさんが出してくれたお茶を前にする。

 想像していた以上のおもてなしだった。


 部屋には絵画が並び、芸術品が飾られている。

 使われていない暖炉の上には、この屋敷の主人なのか、髭面の立派な紳士の肖像画がかかっていた。

 ヨーベルは椅子に座ってからも、ソワソワと部屋中を身体を動かして眺め回していた。

 ミアリーという少女が上座に座り、気恥ずかしそうだった印象から、一転してニコニコとうれしそうな表情で座っていた。


「みなさま、甘いお菓子などいかがでしょうか? ちょうど焼き立てなのですが、お口に合えば」

 いかにもな執事といった風貌の、黒服の老紳士が現れていう。

 同時に使用人がキャスターを押して、タルトのようなケーキが四つ運ばれてくる。

「あら、ありがたいわね、もらっておくわ。せっかくのご馳走、いただかないと失礼になるものね」

 アモスがそういって、タバコを出そうとしたのをリアンが制止する。

「アモス、こんな立派なお部屋ではタバコは控えようよ」

 リアンがアモスをたしなめるようにいう。

 ちょっと不満そうな顔をしたアモスだが、黙ってタバコを胸ポケットにしまう。


「ハハハ、お気遣いなく。おタバコまったく問題ありませんよ」

 執事が笑いながらアモスにいってくれる。

 そして、高価そうなライターを出してきて火を点けようとしてくれる。

「あら、気前がほんといいわね。ありがたいわぁ」

 アモスがタバコを取りだして、一本くわえる。

 執事がそれに火を点ける。

 やけに様になる絵を、ヨーベルがなんだか羨ましそうに眺めていた。


「お父様やそのお客様がヘビースモーカーなんです。このお部屋は喫煙気になさらないで大丈夫ですよ」

 ミアリーがうれしそうに笑いながらいう。

 やけに上機嫌なミアリーは、終始笑顔でニコニコだった。

「ずいぶん人が変わったみたいに元気になったじゃない。さっきとは別人みたいね」

 アモスがタバコを吸いながらミアリーにいう。

「本当ですね、すっかり元気になられて良かったです。お見かけした時は、大丈夫かと思いましたよ」

 リアンが、紅茶をすすりながらミアリーにいう。


「こんな可愛らしい男の子まで、心配させちゃうようなことしちゃったのね。本当にごめんなさいね」

 ミアリーがリアンに謝るが、それでも彼女の笑顔は消えない。

「ケーキ美味しいです! この紅茶もすごくいい香りです!」

 ヨーベルがお菓子とお茶をよばれながら、ミアリーに負けずも劣らずニコニコしていう。

「もし、おかわりが必要でしたら、どうぞご遠慮なく」

 執事が優しくヨーベルに語りかける。

 ヨーベルはフォークを下品に口にくわえたまま、う~んとうなる。

「いただきたいのは山々ですが~……」


「この娘は気を抜くとすぐ、クソデブになるのよ。そこは一個で我慢させておいてあげて」

 アモスがいきなりそんなことをいい、ヨーベルが困ったように苦笑う。

 ミアリーはさすがにここは笑わず、まぁと手で口を押さえている。

「ところで、すっごい豪邸だけどさぁ。事業家か何かなの? 家族さんは?」

 アモスが直球でミアリーに尋ねる。

「あれがわたしの、お父さまなんですが……」

 ミアリーが暖炉の上の肖像画を指差す。

「ご存知ないということは、ひょっとして旅のお方ですか?」

 ミアリーがうれしそうに尋ねてくる。


「あの親父さんが?」

 アモスがいい、リアンも改めて肖像画を見つめる。

 立派な人物そうだが、リアンたちはさすがにわからない。

「わたしたちは、旅をしている劇団員なのですよ~。サイギンのほうからやってきたのですよ~」

 ここでヨーベルが、また例の劇団設定を勝手に口にする。

 驚くリアンと、ヤレヤレという顔をするアモス。


「ええええっ! 劇団員! 旅をされているのですか?」

 ミアリーが目を丸くして、ヨーベルの照れ臭そうな顔を見る。

「ほう、これは驚きましたね。なるほどサイギンから、来られたのですか」

 執事が口髭をなでながら、特に疑うような感じもなくいう。

 実際、この三人は見た目はいいので、劇団設定はかなり、信憑性が高く見えるようなのは毎回の展開だった。

「旅の方ならご存知ないでしょうね、お嬢さま、お話ししてもよろしいでしょうか?」

 執事がミアリーに尋ねる。

「えっと、どうしよう……」と、ミアリーが困ったような顔になってしまう。


「この旅のお方々は、気さくな人々なご様子、お父さまのことお話ししても、特に問題ないかと思われますよ」

 執事が、リアンたちを見渡してミアリーにいう。

「あら、気になるいい方ね。でもまあ、あんたの親父さんが誰であれ、別にどうでもいいわよ。あたしらは、あんたと知り合いになって、今日招かれたんだからね。親父の地位で、関係性が変化するようなことはないわよ」

 アモスがタバコを吹かしながら、椅子にふんぞり返っていってのける。


「キタカイ市長の、娘さんですか~」

 リアンが、ミアリーの正体を聞いて驚く。


「ミアリー・クレシェドと申します、改めましてよろしくです。ご招待に快く応じてくださいまして、本当にありがとうございます」

「えっと……」と、ミアリーがまた不安そうな顔になる。

「市長の娘ってことで、引いちゃったりしてないでしょうか……」

 ミアリーが、オロオロとした仕草で尋ねてくる。

「別に問題ないですよ」

 リアンがいい、ヨーベルもサムアップしてミアリーを安心させる。

「市長の娘だろうが、あんたはあんたでしょ、気にする必要はないわよ。でもまあ、その立場のせいで、いろいろ面倒があったのも想像できるわ。少なくとも、あたしらにしたら、植木を切り刻む危ないお嬢ちゃんって感じね。危なっかしい感じが、あたしの興味をそそるしね! ヨーベル同様、心に深い闇を持ってそうよね、ウフフ」

 アモスの言葉に、リアンの顔が引きつってしまう。


「わぁ! わたしのことを、そこまでわかってくださるなんて、うれしいですわ!」

 アモスの言葉に、ミアリーは落ち込むどころか、逆に頬を紅潮させて破顔する。

「そんな風にいってくれる人、わたし初めてです。いっつもわたしのこと、遠巻きに眺める人ばっかりで……」

 ミアリーが、泣きそうな声でいう。

 リアンは、ミアリーの予想外の反応に驚く。

「わたしは、お人形なんかじゃないんです。もしよければ、わたしのこと、もっと知ってもらいたいです! みなさんを、わたしのお部屋にご招待しても、いいですか?」

 ミアリーが椅子から立ち上がり、決意を込めたように宣言をする。

「別に、部屋行くぐらいで、そんな気張らなくてもいいじゃない」

 アモスが呆然とした表情で、ミアリーにいう。


「うわっ! きったね! なんだこりゃ!」

 アモスが、ミアリーの部屋を見た途端の、第一声がこれだった。

 ミアリーは、照れ臭そうに笑っている。

 部屋には所狭しと本が乱雑に散らかり、壁にどこかおどろおどろしい絵が貼ってあった。

 女性の部屋にはあることが少ない、銃や刀剣が部屋の隅で飾られている。

 汚らしい書架には、怪しい石ころやビーカーが陳列され、オカルト趣味全開だった。

「な、なんですか……、これは」

「倉庫ですか~?」

 リアンが驚き、ヨーベルが感想を述べる。


「えへへ、わたしのお部屋です……。最近、お掃除もしてなかったから……」

 口元を両手で抑えて、クスクス笑いながらミアリーがいう。

「掃除とか、そういうレベルの問題じゃないだろ」

 アモスは躊躇なく、隣にいたミアリーの頭に手刀をたたき下ろす。

 またびっくりするリアンだが、ミアリーはニコニコしている。

 どうやらミアリーは、構ってもらえるのがうれしい、ヨーベルと同じような性質の女性なようだった。


「さ、遠慮せずに、入ってください」

「入ってくださいって、あんた……。足の踏み場も、ないじゃない」

 乱雑に散らかった部屋を、アモスがうんざりしたような表情で眺める。

「部屋の奥のベッドが、比較的落ち着けると思います。そこまでご案内しますので、同じように追いかけてください。移動には、コツがあるんですよ」

 そういってミアリーがピョンと、床の隙間に足をかける。

「床に踏み場ありますので、そこを上手く通ってください」

 唖然とするリアンたちを放って、ミアリーはピョンピョンと、ベッドまで飛び石を渡るように向かっていく。


 途中ヨーベルが、本の山に引っかかり本の雪崩に流されたが、なんとか全員ベッドまで到達できた。

 リアンは照れ臭そうに、モジモジとベッドの隅っこで、所在なさ気にしている。

 それを、アモスがニヤニヤ眺める。

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