5話 「噂の司令官」 前編

「いいですね~! 最高だぁ! いいぜ~これっ!」

 男がカメラのシャッターを切りながら絶叫する。

 カメラをのぞきながら身体を上下左右に移動させ、被写体を一心不乱に撮影するカメラマン。

「いいぜ~! これっ! おいっ! 霧吹きかけろ!」

 カメラマンがレンズをのぞいたまま、アシスタントに霧吹きで霧を吹きかけさせる。


 熱狂的なカメラマンとは対照的に、木馬の背に乗ったひとりの軍人は微動たりともしない。

 しかし、この状況に疑問を感じている風でもなく、撮影に慣れた印象だった。

 霧吹きの霧を吹きかけられ、軍人はわずかに表情を崩す。

「おお~! 今の表情いただきました~、いいぜ~!」

 カメラマンがまた絶叫する。

「霧、もっと別角度から!」

 カメラマンの指示がアシスタントに飛ぶ。

 シュコシュコという霧吹きの間抜けな音と、シャッター音が部屋に響き渡る。


 被写体の軍人の周囲には、戦場のセットが組み立てられていた。

 本格的な演劇のセットのような戦場のセット。

 そこを背景に、被写体の軍人は木馬に乗って撮影されていた。

 軍人の名前はマリアナ・パニヤ中将。

 エンドール軍の司令官代理だった。

 年齢はまだ若く三十七歳。

 短めの頭髪を整髪料でピッチリと固めている。

 着ている軍服には、多くの勲章が並び、少し動くだけでジャラリと音がするほどだった。


「今回の写真も期待しているよ。毎回好評だからね、君の撮った写真は」

 パニヤ中将が、恥ずかしげもなく木馬にまたがったままいう。

「ありがとうございます! それはもう! 今回も最高です! 激しい戦場を睥睨する司令官代理! そういうコンセプトでやっています! イメージはクウィン要塞、拮抗する戦闘、自軍の士気を高めるために前線に乗り込んだ司令官代理という絵です! これはいいぜ~! おいっ!」


「明日の新聞に掲載されるんだね、楽しみにしているよ」

 遠くを見つめながらパニヤ中将はいう。

 彼にしたら、こういった撮影はもう慣れたものだった。

 戦意高揚のために、司令部の撮影を演出込みで公表していくというのは、パニヤ中将がやりはじめた行為だった。

 出たがり将軍という陰口もたたかれるが、本質的に目立ちたがり屋のパニヤ中将は、誰がなんといおうと、意に介せずこの行動をやりつづけていた。

 軍にとって、プラスになるということもあまりないのだが、彼の虚栄心は著しく満たされていた。

 そこが彼にとっては重要なのだ。


 専属のカメラマンは故郷の地元紙の新聞記者で、カメラを持つと人が変わったように豹変するピルーアという人物だった。

 パニヤが司令官代理として前線に登用されてから、二人三脚でこの撮影会をやっていた。

「いいぜ~! おいっ! こいつは最高だぜ~!」

 何度も何度もカメラマン、ピルーアの絶叫がスタジオにこだまする。

 その周囲をせわしなくアシスタントが動き回る。

「おいおい、そんな引きのカットはだめだろう。馬が偽物とばれるじゃないか。馬にも乗れないことがバレたら、わたしのこれまで築いてきた信頼が消えちゃうだろう」

 パニヤが慌てて、引き気味で撮影しはじめたピルーアにいう。



「彼が偽物のポンコツだというのは、知る人は知ってることなんだけどな。まさに虚栄心の塊。しかし本人は、そのことを完全に居直っちゃってる。開き直った人間は、ある種無敵モードに突入しているからね」

 そんな情熱的な撮影会を遠巻きに眺めていた、小柄な人物がポツリとつぶやく。

 ニヤニヤとした口元に反して目が笑っていない。

 一見童顔なので若く見えるが、実年齢はけっこういっているようで顔の皺が目立つ。

「まあ、そうおっしゃらずに。彼の存在、戦意高揚には一応役に立っているようですから」

 小柄な人物の隣にいる、筋骨隆々のスーツ姿の男がパニヤを擁護する。

 男の名前はヒュード。

 エンドール王国の内務省の人物だった。


「でもまあ、戦闘以外で目立とうとする彼の極度な虚栄心は、一目置いてもいいかな。恥と思わないところが潔いよね。何にせよ、一芸に秀でるのは、キャラクターとして立つからね。僕らの事業にはそういった濃いキャラが必要だからね。悪党として個性を重視するのは物語の基本だよ」

 自分のことを自分で悪党というこの男、ロイ・ロイステムスという名の、やはり内務省絡みの人物だった。


「デジャネルくんは、本格的にフォール侵攻に舵を切りだした、いい傾向だよ。以前までの後ろ向きな厭戦ムードも消え去ったんだろうね。それもこれもクウィンが落ちたからだろうね。一線級の功績を挙げたことになってるパニヤくんらしいよ。普通なら自分の功績だとは、なかなかいいだせないよ。恥ずかしくってね。表向き名将を演じてくれるというなら、それはそれで、こちらもやりやすいからね。改めて彼の見栄っ張りに感謝だよ」

 ロイはそういい、用意されたコーヒーをすする。


「その件ですがロイどの。先日までクウィンの陥落を、しつこくかぎまわっていたマスコミですが……」

 ロイの頭二つ分ほどある長身のヒュードが、身をかがめて小声でいってくる。

「フフフ、それなら安心だよ。もうすでに対処済みさ。僕らのフォール入りの記念すべき第一ミッションとして完了させたよ」

 ロイが不適な笑いを浮かべていう。

 身長が百六十センチもないような小男のロイだが、その表情はニヤけながらも悪寒を感じさせるすごみがあった。

「この話題に触れようとすると、よからぬ事態に巻き込まれる、わかりやすい禁忌として伝われば、後は勝手にマスコミ連中が自制してくれるものさ」

 ロイは、パニヤの撮影を眺めながらニヤリと笑う。


 パニヤは木馬から降りようとしていた。

 どうやら今日の撮影会はこれで終了のようだった。

 パニヤの撮影会が終わると、ロイとヒュードがパニヤの元に歩きだす。

「はいはい、カメラマンさんご苦労様。今日も躍動感のある撮影ありがとね。早速だけどパニヤさんに用事があるんだ、今日はここでお開きだよ。一分一秒でも早く、未来の勇士さまを現像しておくれ」

 ロイがカメラを持つピルーアにいう。

 いきなり初対面の小男にいわれ、少し嫌な顔をするが、一緒にいるヒュードが怖いのでピルーアはすぐさま撤収の準備にとりかかる。

「ロイさま、フォールの地までご足労です。お会いするのはお久しぶりです」

 パニヤが木馬から降りると、ロイにうやうやしく敬礼をしていう。

 エンドール軍の最高司令官が下手に出て、ロイという人物に対応する。


「用件は伝えたとおりさ。もっとオープンに、陰謀めいたお話しできる場所に行こうか。ここのディナーの無料券があるから、終わったらあとで食事もするよ。本当は今すぐ食べたいんだけど、楽しい作戦会議のほうが優先だろうからね」

 ロイが早口でペラペラ喋りながら、部屋から出ていこうとする。

 その後をヒュードとパニヤが追う。


 ロイたち三人が、同じホテルの別の階にやってきた。

 部屋に入ると、そこには大きな円卓が用意されていた。

 円卓の上にはカイ内海を中心にした戦場地図が置かれている。

 ミナミカイ方面には、フォール海軍の海軍の模型がびっちりとひしめき合うように置かれている。

 一方エンドール側は、一隻も船の模型がない。

 さらに部屋には、ピアノの演奏が響いていた。

 奥のグランドピアノに、それを弾く女性と、付き添っている男の姿が見える。

 このふたりも内務省絡みの人物だった。

 ふたりはパニヤたちには目もくれず、自分たちの音楽の世界に浸っているようだった。


「我が軍の船団は、現在マイルトロンのマリーバレル港からこちらに向かっています。到着は約一週間後を予定しているそうです」

 パニヤが撮影用に着ていた、勲章だらけの軍服をハンガーにかけながらいう。

 ピアノの優しい旋律が響いている。

「元あったエンドールの船団にマリーバレルで見つけた、マイルトロンの艦隊をくわえたものがそうです」

 パニヤが、円卓に丸められていた図面を広げる。

「そして! これがお伝えしていた、その地で鹵獲した軍艦になります!」


 図面には巨大な戦艦の姿があった。

 パニヤは大きさを比較できるように、別の艦の図面も広げる。

「うわお、ほんとに大きいね。普通のより、三倍以上大きいんじゃないか? 大きいことはいいことだよ」

 ロイが広げられた戦艦の図面を見て、正直に感嘆する。


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ヒュードという人物はサイギンの章で登場した人物になります。

19話 「反エンドール集会」 後編 ここです!

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