4話 「ネオン街に泊まる」 後編
「あっ! そうでした!」
ここでヨーベルが急に思いだす。
そして、部屋に置いてある荷物を漁りだす。
「それはダメ!」
全員の突っ込みが、一斉にヨーベルに向けられる。
ヨーベルが持ってきたのは、例のオールズ神官の僧衣だったのだ。
みんなから反対されて、ヨーベルは泣きそうな顔になる。
「ち、違うのですよ~。こ、こっちなのです~」
そういってヨーベルが、ゴソゴソと僧衣の内側を探る。
そして、そこから出てきたのは百万フォールゴルドはあるような札束だった。
「あんたっ! どこから、そんなの手に入れたのよ!」
アモスが飛んできて、札束をヨーベルから引ったくる。
「実はネーブ主教さまが、くださったのですよ。なかなか、いいだせなくて……。ほら、あの三人組の人とか、いましたでしょ?」
ヨーベルが、モジモジしながらいう。
「ヒュルツの村ではどうして?」と、リアンが尋ねる。
「だってほら、海が綺麗だったから、すっかり忘れていまして~。このかばんも、ずっと放置してましたでしょ? だから存在を、思いだせなかったのですよ、ごめんなさいね」
ヨーベルは謝罪するが、これだけの金額があれば、しばらく旅費には困らない。
バークたちはむしろ思いだしてくれて、ありがとうという気持ちだった。
「これでアモスも、悪さしてお金持ってこなくても大丈夫だね」
「リアンくん、悪いこと、っていうのはもう確定してるのね」
「ち、違うんですか?」
おそるおそるリアンが、アモスに訊く。
「悪さっていうなら、ヨーベルも悪さじゃない。悪徳坊主から、金巻き上げてきたわけだしね。あたしが悪で、ヨーベルは許されるっていう理由、教えてもらいたいわ」
因縁をつけるようなアモスの言葉だが、それほど本気でいってるようではない感じだった。
リアンを困惑させてこの状況を、相変わらず楽しんでいるといった感じだった。
「でよお……」という、アモスの目つきが険しくなる。
「合流してから気になってたが、アートン。……おまえ、なんか企んでないか?」
「な、なんでだよ、急に……」と、アートンが露骨に慌てる。
「いつもなら、突っかかってくる場面にも、ぼんやりしてるわ! 生理か?」
アモスがにらむような感じで、アートンにいう。
「そういうことに、しておいてくれよ! あと、ちょっと気になるのがあるのは事実だよ。ちゃんと後で話すよ。だからその前に、夕食でも摂らないか?」
アートンが、話しを逸らすようにいう。
リアンたちは、近くのホテルのレストランに来ていた。
路地をもうひとつ先に行った大通りに、けっこう立派な建物群の通りがあったのだ。
その中で、ひときわ大きなホテルがあり、そこの最上階部分が立派なレストランになっていた。
アモスはそこへ、料金の確認すらせずに入店した。
リアンたちはレストランで、海鮮料理のフルコースを食べていた。
このレストランも、窓の外からカイ内海が見える。
食事を堪能しながら、リアンたちは夜の港を眺めている。
夜も更けているというのに、遠くに見える海上のフォール船団は、まだ訓練を見せつけていた。
海軍は編隊を組んで、練度の高さを見せつけるように、せわしなく動いていた。
リアンたちの一団に会話はあまりなかったが、不思議と居心地は悪くない。
無理に明るい会話をしていなくとも、このパーティーは、もう一個のファミリーとして完成されているようだった。
いくつかの危機を乗り越えてきた苦難の道が、各人の絆を強く結びつけたのだろう。
海戦について、レストランのお客の話しを盗み聞く限り、フォール有利といった声が大半だった。
エンドールに勝ち目があるのかしら? なんて声も、ここでは聞こえてくる。
エンドールに聞かれたらマズそうな話題も、ここではまだ規制されることなく口にされている。
忘れがちだが、このキタカイもサイギン同様、エンドールの支配下になっているのだ。
リアンたちがサイギンに来た時は、街は占領から二週間ほど時間が経っていた。
しかしこのキタカイは、無血開城からまだ数日しか経っていないのだから、無理もないかもしれない。
市民も自分たちの街が、占領下にあるという自覚がまだないのだろう。
また、エンドール軍がサイギン同様、住民への融和政策を押し進めている、というのも大きな理由だろう。
市に駐屯するエンドール軍は、キタカイの港にほぼ集結しているという。
市の行政や警察、司法といったものは、そのまま引き継がせているという。
唯一、サイギンと違うことがあることがあった。
それが、ネーブ主教による土地の買収工作が、現時点でいっさいないというだった。
しかし時間が経てば、ネーブと似たような連中が現れ、利権を巡って札束が乱舞することにもなるだろう。
ネーブの死で大きな一時的混乱があると思うのだろうが、まだ目に見えて、それといった変化が見られていないなとバークは話す。
この辺りの情報を広く集収しないとな、とバークはいう。
「ネーブのことなんて、もうどうでもいいじゃない」
バークの言葉に、アモスが面倒そうにいう。
「オールズなんてのに変に突っ込んで、藪蛇突いたら面倒なだけよ。だいたい、この街が今後どうなろうだとか、興味ある人間いないわよ」
アモスはタバコの煙を大きく吐きだす。
「別にエンドールは、悪政敷くわけでもないんだしさ。っていうか、これ前、どっかでいったわよね。この国の人間が、きちんと適応して生きていくわよ。なんで、そんなしょうもないところ気にするのよ、あんたは?」
アモスの言葉に、バークが「うむむ」とうなる。
「俺もアモスに同意かも……」
酒の飲めないアートンが、ソーダ水を一口飲みながら、やや申し訳なさそうにいう。
「街のことは、街の人間に任せておけばいいと思うぞ。おまえは教会関係者だから、教会のパワーゲームが気になるかもしれないけど……。そういうのは、俺たちには無縁だし、気にするほどのことでもないと思うんだよなぁ。できれば、帰路の安全確認や、道中の情勢を調べてくれるほうがありがたいよ。それにほら、俺たちネーブとは、厄介な形で関わってしまった身だしさ。できれば、教会にはもう関わりたくないよ」
バークが、アートンの言葉を真剣に聞く。
「そういうことよ、あたしもこの無能と同意見ね、不本意だけどさ」
アモスが、タバコを吹かしながらいう。
「例の件で責任感じてるなら、この旅終わらせてから、あんたひとりで自首するなりして、真相告白してちょうだい。あんたの贖罪や自責の念に、いちいち付き合わされる身にもなって欲しいわね」
「そ、そうだな、すまないな。俺の中で、やっぱりまだ引っかかってたんだろうな。悪い、気を削ぐようなこといっちまって。俺は気になることがあると、とことん集中するタイプだから、そうやってハッキリいってくれると目が覚めるよ」
バークがそういい、変なところで引っかかる性格を詫びる。
「今は、みんなでちゃんとエンドールに帰れることを、考えましょう~」
ヨーベルが明るく締めてくれる。
「わたしも、できるだけみなさんのために、頑張って協力しますから~」
「あんたは、絶対余計なことすんな!」
ヨーベルの決意の発言を、アモスがピシャリと注意する。
「そういえば、明日は日曜かぁ。ほんと、ある時期から、曜日の感覚がなくなっちゃいましたね。あさって僕も役場について行きましょうか? 頼まれていた荷物届けるんですよね」
リアンが口元をナプキンで拭いながらいう。
「そういう雑用は、俺たちがやっておくよ。職探しなんかも、探すの兼ねてね」
バークが、リアンを安心させるようにいう。
「働くのは俺だけでいいから、おまえは情報収集頼むよ」
アートンがバークにいう。
「だからリアンくんたちは、そうだな。アモス、おまえの大好きな、観光でもしてればいいと思うよ。そういや、アシュンの親父さんへのお届け物も、あったっけか。明日、さっそく渡しに行くのかい?」
アートンがリアンに尋ねる。
リアンはかばんから、アシュンの託したパンフレットを取りだす。
「そうですね、せっかくだから、これを渡すのはみんなでいきませんか? 五人でゆっくりしたいですよ。よく考えたら、サイギンでは、ほとんどご一緒の時間取れませんでしたし」
「アモスもいいよね?」と、リアンがアモスに訊く。
「な~んで、あたしに、おうかがい立てるのよぅ。どうすんのよ? 来るの? 来ないの?」
アモスが不満そうに、アートンとバークに尋ねる。
「俺は、情報集収でもしようと思ってたが、せっかくだし行ってみようかな」
バークが珍しく、観光に付き合ってくれるという。
リアンとヨーベルがうれしそうな顔をする。
このメンバーで、一番苦労をしてくれているであろう、バークが来てくれることで、ねぎらいをすることができるとリアンは思ったのだ。
年長者を敬うという道徳心が、リアンの中でうれしさとともに湧き上がる。
「すまない、俺なんだが……」
ところが、アートンが申し訳なさそうにいってくる。
「はぁ! あんた、せっかく盛り上がってるのに、何するっていうのよ! 自分だけ、別行動したいってか! 何する気だ! 風俗行く気か!」
今まで静かだったのに、アモスが突然大声を出す。
周囲のお客が、リアンたちのテーブルに注目してくる。
席を立ち上がったアモスの袖を、リアンが引っ張って座らせる。
「理由は、後でちゃんと話すよ。ただな、ちょっと面倒な話しでもあるんだ。ここは人が多いから、部屋に戻ってからでいいかい? ちょっとした考えが、あるんだよ」
アートンが、そうアモスに謝るようにいう。
「もしかすると、アートンさんもわたしみたく、いい妙案思いつきましたか~」
そうのたまうヨーベルの頭に、アモスが手刀を食らわせる。
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