4話 「ネオン街に泊まる」 前編
パローンとネーティブに礼をいい、バンが走り去るのを見送る。
リアンとヨーベルが、バンが見えなくなるまで手を振っている。
結局、役場は土曜日ということで閉まっていた。
仕方なく引き返したバークたちは、リアンたちを回収するために、サーカスの会場の前まで来てショーが終わるのを待っていた。
わざわざ付き合ってくれた、ふたりの神官見習いに感謝して、そこで別れた。
「役場は月曜。明後日まで開かないか。じゃあそれまでは、どこかで宿見つけるしかないな。で、きみらの顔を見るとわかるが、サーカスはお気に召したようだね」
バークが、どこか浮かれているリアンとヨーベルの顔を見ていう。
それだけじゃなく、アモスもどこか上機嫌そうだったりした。
でもそのことを突くと面倒な展開になりそうな気がしたので、バークはアモスの機嫌には触れないでおくことにした。
不愉快で凶暴なままいられるぐらいなら、ニコニコしてくれていたほうがいい。
ヨーベルがいうには、大道芸人にまで落ちぶれたカーガイドの、お粗末なお笑い魔法ショーが面白かったらしい。
未だ昂揚したような気分のヨーベルは、その場でウズウズと足踏みをして興奮を抑えている。
「で、これからどうするつもりだい?」
バークが、密かに上機嫌なアモスに尋ねてみる。
「観光すればいいのよ、観光! この街も、サイギンと同じぐらいの大きさの街じゃない。探せば観光スポット、いくらでも見つかるでしょうよ」
やはりうれしそうなアモスがそういったあと、不敵にニヤリと笑う。
「それにこの街じゃあ、エンドールとフォールの大海戦が、見物できる可能性もあるのよ。そっちも楽しみじゃない! ねぇ! リアンくん!」
アモスに声をかけられ、リアンは困惑したような顔をする。
「だとしたらさぁ!」
アモスは、周囲をキョロキョロする。
そして、遠くにある高台の地域を見つけ、そっちを指差す。
「あっちがいいわ! こっからは遠いけど泊まるなら、カイ内海が一望できそうなあの高台ね! 早く海戦、はっじまらないかしらね~、楽しみだわ~。はじまるまで、この街に滞在するわよ! いいわね!」
アモスの言葉に、バークがヤレヤレという顔をする。
しかしアモスは、アートンが突っかかってこないのが気になる。
いつもなら、何かしらヘロヘロした文句を、いってくるはずなのだ。
それが、ぼうっと心ここにあらずといった感じで、アートンはいっこうに会話に参加してこない。
アモスはタバコを取りだして、ヨーベルに火をいつものように点けさせる。
煙を吐きだしながら、干物の箱の上にかばんを乗せたアートンを、アモスはにらむ。
アートンはかばんの取っ手をいじりながら、ひたすらどこか一点をぼうっと眺めている。
「おい、アートン! やけに元気ないな、口でしてやろうか?」
アモスがアートンに、そんなシモネタを振る。
しかし、アートンはゆっくり振り返る。
「は? なんかいったか。悪い聞いてなかった、なんだって?」
アートンの朴念仁のような反応に、アモスはイラッとする。
素早くリアンがアモスの袖を引っ張って、彼女の怒りを抑制する。
「とにかく、夜になる前に、宿を探しませんか? アモス、お金大丈夫ですか?」
リアンが心配そうに、アモスにいう。
「フフフン! 問題なしよ、リアンくん」
そういって、アモスがポーチから大金を出してくる。
ヒュルツの村で、アシュンの叔父から車を現金で買ったというのに、まだ五十万ゴルドぐらい残っていた。
「まだまだ、あるんですね、すごいですね……」
リアンがそのお金を見て感心したようにいうが、どこか冷めている。
「だから、お金の件は心配しなくて平気よ」
「でも、約束してくれますか。ひどいことして、手にしたお金は要りませんよ。だから、この残りのお金を、これからは大事に使いましょう」
リアンから、目をしっかり見据えられていわれ、さすがのアモスも困惑したようになる。
その様子を見ていたバークが、頼もしげにリアンを眺める。
リアンにかかると、アモスもタジタジになっているのだ。
どうやら、ゲンブたち三人組との一件が、アモスに対して強出るべきところでは、一気に押し切るぐらいでやるべきだ、という感情をリアンに芽生えさせたのだろう。
非常に頼もしいと思うバークだったが、このことはあまり表には出さないようにしようとも思う。
アモスの専横には、リアンが最良の良薬、これはもう間違いないだろう。
自分やアートンが口にするよりも、リアンの良心を信じて任せるのが一番と思えたのだ。
「今夜泊まる宿ですが、もう決めましたか~!」
ヨーベルがそういってくる。
「これから探しに向かうって話しでしょ」
アモスが、ヨーベルに煙を吹きかける。
「じゃあですね~! わたくし、あっち希望します!」
そういって、ヨーベルが指を差したのは、ピンクのネオンが眩しいいかにもな風俗街だった。
「あんたは、ほんと、そういう雰囲気好きなのね」
アモスが呆れたようにヨーベルにいう。
「桃色がキラキラして、とっても賑やかそうで綺麗です~」
リアンたちはいかにもな、歓楽街に足を踏み入れた。
サイギンの街の初日に見たのと同じような、風俗店と飲み屋が立ち並ぶ、にぎやかな地域だった。
店先には、強引な客引きも多かった。
サイギンよりもやけにしつこく、たまらずにリアンたちは、すぐ脇の静かめな通りに逃げ込んだ。
客引きのウザさよりも、アモスの目つきが目に見えて凶悪になってきたので、緊急避難したという感じだった。
それでもヨーベルは、キラキラ目を輝かせて楽しそうにしている。
このあたりの彼女の嗜好が、バークやアートンには未だによくわからない。
いかがわしい桃色の街が好きなのか、にぎやかな喧騒に惹かれるのだろうか?
リアンたちは人通りが少なめの、酔客が路上で酔いつぶれているのが散見できる路地に来た。
ひとつ横の路地に行っただけで、さっきまでの喧騒が嘘のように静かだった。
その通りを歩いていると、ひときわ目につく一件の大きめな宿が目についた。
やはりそういう用途の宿らしいが、宿泊も可能とあったので、今夜はそこで一泊することになった。
アモスが所望していた、高台の宿は明日以降に向かうことで納得してもらった。
特に何事もなく、リアンたちは目的の部屋に通された。
一番いい部屋を頼むとアモスがいい、屋上にテラスのある部屋に通されたのだ。
三万フォールゴルド近い値段を要求されたが、アモスが何もいわなかったので、金のことについては黙っていることにした。
「アートンその箱臭いわ! 玄関に置いておいてよね! っていうかもう処分しなさいよ! 邪魔なだけよ!」
アモスが、荷物になっている干物の入った段ボールを指差す。
「渡すように託されたんだ。放りだすわけにはいかないだろ」
アートンが困惑したようにいう。
「まあまあ、アモス。テラスが向こうにありますよ、行ってみましょうよ」
助け船を出すように、リアンがアモスをその場から引っ張ってくれる。
リアンたちはさっそく、屋上のテラスに出てくる。
そこからは、内海が一望できるという絶好のロケーションだった。
遠くに見える夜の港には、灯りを点けた船が多く停泊しており、対岸のミナミカイ方面では、さらに多くの船舶の照明が煌々と輝いている。
あれが、フォールが誇る不敗の海軍なのだろう。
しばらく海軍が蠢く、キタ内海を黙って見つめていたリアンたち。
下馬評では、クウィン要塞戦並の大きな規模の、大海戦がこのカイ内海で発生するだろうと予想されている。
フォールの側も海戦にすべてを賭けているらしく、エンドールが大規模な軍事行動を起こしてくるまで待ち、それを完膚なきまでに叩き潰す算段なのだろう。
現在も、エンドール側の海軍の準備が整うまで、大規模な訓練を連日行い決戦に備えているらしい。
バークが買ってきた新聞を読むと、ほとんどの紙面で海戦の予想が記事にされていた。
「エンドールは、どうやってあの海軍に、勝つ予定なんでしょうね? そもそもエンドール軍、船持ってるんでしょうか?」
リアンが素朴な疑問を口にする。
「ウフフ、そんなの気にしなくても平気よ。この街にいれば、全部目にすることができるんだからさ」
アモスがリアンにうれしそうにいう。
そしてまたタバコを一本取りだすが、ヨーベルはネオン街に夢中でアモスに気づいていない。
チョップを食らったヨーベルが、アモスのタバコに慌てて火を点ける。
「いちおう今夜はここに停まっておくけど、明日街を散策して、海戦が一番楽しめるような宿探すわよ」
アモスが街で見つけた案内パンフを取りだし、港方面でいい宿がないかを探しだす。
「観光も、兼ねてるのよぅ! そうだ! あんたらこの街では、どうする気よ?」
アモスが煙を吐きだしながら、バークとアートンを見る。
「どうする気とは?」と、バークが不思議そうにいう。
「本来、サイギンでは、一週間働く予定だったじゃない。それが三日もかからず、ぶっちかましたじゃない」
アモスが口元を歪め、半笑いの表情でいってくる。
「残りの四日、こっちで働くとかしないのか? それに、旅の旅費は俺たちが、きちんと稼ぐとかいってたじゃない。あれ、もう止めたの?」
アモスはどこか挑発的に尋ねてくる。
「まさかとは思うけどさ? あれだけ怪しんでた、あたしの持ってくる大金を、すでに当てにしてるとか? それならそれでも、別にあたしはいいのよぅ?」
アモスに厭味ったらしくいわれ、バークとアートンが困惑の表情をする。
アモスのいう通り、多少なりとも出所不明とはいえ、彼女が持ってくる金に、かなり助けられているのは事実だったのだ。
「でもさぁ、リアンくんが悪いことするお金、要らないっていうじゃん。そうなったら、あんたらこの街でも、働き口探したほうがいいんじゃない? なんだったら、またあたしがお金、都合してあげてもいいのよぅ?」
またどこか煽るような、アモスの口調だった。
アモスのいう通りなのだが、バークとアートンはこの女に屈するのがなんだか癪だった。
「もしなんだったら、わたしが向こうのお店で、働いてみましょうか! 実は少し興味あるのです! あのキラキラしたお店では、どういったことするのでしょう! マッサージをするらしいですが、肩とか腰とかエィ! ってたたけばいいんでしょうか?」
このヨーベルの提案は、速攻で却下された。
しょんぼりしているヨーベルを、リアンがなぐさめる。
「俺が、なんとかするよ。一応金になる技術持ってるし、けっこうマシな給料くれる仕事、探せばきっと見つけられると思うよ」
ここでアートンが、そういってくれる。
そしてアートンは、バークを見る。
「バークは、サイギンでもいったが、情報収集とか帰路の検証とか、そっち方面をお願いしていいか? 稼ぐのは、俺ひとりでなんとかするから、バークは安全な帰り道を調べておくれよ。とっても重要な任務だしさ、おまえにしか頼れない」
「そういってもらえると、ありがたいよ。体力の低下が、自分でも想像していた以上に、ひどかったからなぁ……」
バークは照れくさそうに眉を下げて、面目ないといった感じで笑う。
「あの、僕たちも、何かできることがあればしますよ」
リアンが挙手してそういった。
「でもリアンくん、何できるの?」
アモスの容赦ない一言に、リアンが少したじろぐ。
実際、リアンにできるようなことなどなかったし、年齢制限で仕事も限られてくるだろう。
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