3話 「偶然の邂逅」 後編

 ひときわ目立つ、厳ついふたりのサングラスの軍人は、ふたりとも曹長であるようだ。

 細いレンズのサングラスを掛けたのが、ゴスパン曹長。

 大きなレンズのサングラスを掛けたのが、メンバイル曹長だった。


 ふたりは、検問という名の流れ作業をつまらなさそうに、監督していた。

 退屈すぎる任務のため、どうしても厳つい顔に自然となってしまうのだ。

 本来なら、先陣を切って戦うタイプの戦闘員なのだが、クウィン陥落後からは、どうにもつまらない任務にばかり回されていた。

 そんな武闘派のふたりが心配するのが、血なまぐさい戦闘でこそ輝く、勇猛果敢な部下たちの牙が、この退屈な日常が原因で腑抜けにならないか、ということだった。


 実際、この検問を任されてわずか数日で、目に見えて部下たちの士気が落ちてきているのだ。

 ふたりの曹長はなんとかして、配置換えを急いでもらいたいと思っていた。

 しかし、ちらりと後方のテントを見ると、脱力を感じてしまう。

 上官である人物が、部下相手にティータイムと洒落込んで、甘いお菓子をふるまっているのだ。

 野獣の牙も、抜け落ちて当然といった感じだ。

 しかしあの上官は上官で、後方支援に関しては申し分のない人物なので、強くいいだせないところもあった。


 頼りなさげな印象ながら、数々の戦闘で物資調達や後方支援を、過分なくサポートしてくれる切れ者だったりするのだ。

 でも、どこかやはり釈然としないところが、ふたりの曹長にはあった。

 港方面では、対岸のフォール海軍の戦団が臨めるらしく、せめてそちらに転属してもらいたいと願ってはいたのだが……。

「しかし、あの方とも、この任務で最後だからな……」

「そうだな、口うるさくいうのも空気を読んでおくか」

 ゴスパンとメンバイルはそんなことをいい、挙動がクネクネしてる上官を見つめる。


 検問では、温厚そうな太った運転手のトラックが、何事もなく通過していく。

 次の車は、マイルトロンナンバーのついた中型のバンだった。

 若い運転手と助手席のふたりは、オールズ教会の関係者のようだった。

 そして後部座席には、男二人の姿が見える。

「次の車は、オールズの神官見習いだな」

 メンバイル曹長が、目ざとく見つける。

「うむ、本当だな」と、ゴスパン曹長も答える。

「後ろに乗っているふたりもそうか? なんか気になるバンだな、少し話しをしてみるか」

 いままで部下任せでスルーしていた検問に、ふたりの曹長が向かおうとした。

 すると、そんなふたりに声がかけられる。


「おふたりさん、お茶が入ったよ。差し入れの美味しいクッキーもあるから、どうだい?」

 やけに温和な声がかけられる。

 そちらを振り返ると、柔和な顔をしたメガネの軍人がテーブルの上の、ティーセットを指し示していた。

「そんな怖い顔しないで、もっとリラックスしないと。せっかく、血なまぐさい現場から解放されているんだから、息抜きも必要だよ」

 挙動不審なレベルで上半身をクネクネさせながら、そういってきたのはチル中尉だった。

 ゴスパンとメンバイルの上官に当たる人物だった。


「ここを通るのは普通の市民か、役場に用がある人ぐらいしかいないよ。下手に怖がらせては、融和政策を目指している、軍本部のやり方と食い違うことになるよ。先日、検問が高圧的だったと、クレームがあったばかりじゃないか。君たちふたりは、本職から見ても怖いんだから、自重してくれるとありがたいよ。怒られちゃうのは僕なんだからさ」

 メガネのチル中尉が、ヘラヘラとした笑顔でいってくる。

 軍人とは思えないような、どこかフワフワとした声質で、どこにも威厳らしき空気がない。

「ほら、せっかく用意した銘菓だよ、まずはおふたりがどうぞ。そうしないと、部下の方々も食べられないからね、さ、どうぞどうぞ」

 チル中尉が両手で手招きして、ゴスパンとメンバイルのふたりの曹長を呼ぶ。


 ふたりの曹長は、見習い神官の乗る、気になったバンの検問をしたかったのだが、妙なところで食いついたらしつこい上官に辟易する。

 仕方なくため息をついて、チル中尉のところに歩いていく。

「そんなに怖い顔なさらずに、こんなところでまでにらみをきかせても、疲れるだけでしょう。ささ、甘いものでも食べて、一息ついてください。雨も、完全に上がったようですしね」

 チル中尉に、強引に席に着かされるふたりの曹長。

「おやおや肩凝ってるね~、按摩を呼びましょうか? もちろん、おふたりの自費になるけどね、ハハハ」


「あれ? あの車に乗ってるのはオールズ関係者かな?」

 チルが、今検問されているバンを見つけていう。

「そのようです、気になったので、直接検問しようとしたのですが……」

「それは良かった、オールズ教会の人に不興を買うようなことしては、大事だったよ」

 チル中尉の言葉に、ゴスパンとメンバイルは嫌な顔をしてしまう。

 バンの検問はあっさりと終わり、チルたちの横を通っていく。

「怖がらせなくて良かったよ、ハハハ」

 チルが、バンが通り過ぎるのを見届ける。


「あと、この本はありがとう、とてもうれしかったよ」

 チル中尉が、テーブルの上にある、古めかしい植物の図鑑を指差す。

「うちの部下が、古書店で見つけたようです、中尉のお気に召すかと思ったそうで」

「どうやら、チョイスは良かったようですな」

 厳つい顔をわずかに崩してゴスパンがいう。

「ああ、本当にありがたいよ!」

 本を抱きかかえ、乙女のようにチル中尉はよろこぶ。

「これは百年前に書かれた、とある在野の学者さんのスケッチブックだよ。フォールでは、無名なのかな? 知る人ぞ知るって感じの、植物学者さんの観察記録だよ、とても貴重な逸品だよ! できたらお礼がしたいよ、代金高かったでしょ、払うよ」

 チル中尉は、興奮気味に図鑑を手にして、キャッキャとしている。

 軍人とは思えないような相変わらずに挙動に、ふたりの軍曹も眉をしかめざるを得ない。


 このチル中尉だが、特殊な事情で士官学校を卒業した、いちおうエリートだった。

 しかし、優秀な成績で軍学校を出たというだけの、軍人とは無縁の性格をした人物だったのだ。

 後方支援方面で才覚を現し、クウィン攻城戦で何故だか前線指揮に駆りだされ、荒くれぞろいの部隊の上官に収まったのだ。

 エリート士官にありがちな、一日で逃げだすタイプと思ったら、最後まで前線で指揮を取り続けたのだ。

 クウィンの激戦を無事生き延びた彼は、妙な母性すら感じさせる。

 その献身的な援護は、今や部隊には、なくてはならない存在になっていたのだ。

 出世欲や功名心とは無縁の人物で、部下を全面的に信頼し家族のように接する彼に、荒くれだらけの部隊も、彼には敬意を持って接するようになっていた。

 最初は存在を疎ましく思っていた、ゴスパンとメンバイルもいつしか彼を慕うようになっていた。


 親子ほど歳の離れた年齢差のチルとふたりの曹長だが、この戦争を通じて、まるで家族のような一団にまで、絆ができ上がっていたのだ。

 この部隊が活躍できたのも、寛容なチル中尉がいたからこそだった。

「そういえば、あの車は来たかい? とてもじゃないけど、やってくるとは思えないんだよね」

 チルがゴソゴソと書類を漁る。

「あの車、といいますと?」

 ゴスパンが尋ねる。

「これだよ」といって、チルが一枚の書類を見せてくる。

「ああ……、これですか」

「来てませんね、っていうかこんな目立つ車、一発で発見されますでしょう」

 ゴスパンとメンバイルが見た書類にあったのは、最新鋭のデザインをした、超高級のガッパー車のパンフレットだった。

 この車こそ、実はゲンブたちが乗っていた、例のガッパー車だったのだ。


「だよね~」といってチルが笑う。

「だいたい、軍本部はこんな車探して、どうしたいというんだろうね? 理由もいわず、探せってだけだしね。しかし良さそうな車だね。まさか勇敢な怪盗でも現れて、颯爽と盗んでいったのかな?」

 チルが腕を組んで、自分の妄想にニヤニヤしながら考え込む。

「こんなのに乗ってても目立ちますし、換金なんてしようものなら、速攻足がつくでしょうな。何を考えて盗んだのやら。そもそも、軍本部がこの車を探す理由が、不透明なのが不気味ですね。まるで事情が、わからずじまいです」

 カップのお茶を飲みながら、メンバイルがいう。

「案外、軍本部のことだから、重要な機密があるかもしれないね。まあ、そんな面倒なことに関わるの、僕は御免被りたいけどね」

 そういってチルは笑う。

「ほらほら、お菓子もどうぞ。おふた方が手をつけないと、部下たちが腹をすかせたままですからね」


 アートンとバークを乗せたバンは、検問をすんなり抜けることができた。

 検問が行われた場所は、はるか遠くになっていく。

 そんな検問を、これまで無言でふさぎ込んでいたアートンが、顔を後ろに向けて眺めるように見る。

 そして、アートンは大きくため息をつく。

 その様子を、バークが見ていた。

「……すまないな」と、アートンがいきなり謝る。

「さっきの件、あとですぐに話すよ、ちょっと待ってくれるかい?」

 そういうアートンの顔は、緊張から解放されて安堵からか、かなり笑顔になっていた。

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