3話 「偶然の邂逅」 前編

 リアンたちを降ろしたあと、バークたちを乗せた車は市街地に入ってくる。

 目的の役場は郊外にあるようだった。

 しかし、とある場所でいきなり渋滞に捕まる。

「なんだい? こんな閑静なとこで渋滞か?」

 バークが前方をふさぐ車の列を見て、不安そうにいってくる。

「この感じ、検問じゃないかな?」

 運転席のパローンがいう。


「け、検問……、だって?」

 とたんにアートンの顔色が悪くなる。

 彼の異変を察知したバークが、アートンに小声で語りかける。

「大丈夫だよ、ふたりに任せておこう。仮に俺たちの素性を唯してきたとしても、ヒュルツの村の使いってことで、何事もなく通り抜けられるよ。堂々としてりゃ大丈夫だって。挙動不審にならないようにな」

 バークの言葉を聞いて、それもそうだとアートンも思い直す。


 意外と早く車列は進む。

 どうやらあんまり、厳重なチェックはされていない感じだ。

 検問の流れは早く、それほど念入りな検問が実施されている感じではなく、一台一台の車の進むスピードも早い。

 検問を受けている車のほとんどが、免許の確認だけでスルーされている感じだった。

 パローンとネーティブのふたりに任せたら、きっと大丈夫そうだった。


 雑な検問を見て、バークとアートンは安堵の表情になる。

 余裕ができたので待っている間、クウィンのことを別の角度から改めて、ふたりの神官見習いにバークは尋ねた。

 しかし、やはりたいした情報は得られなかった。

 ふたりがいうには陥落した理由は不明で、クウィンの街でも、陥落理由は秘密にされているようだった。

 どうして陥落理由が伝わっていないのか、パローンもネーティブも不思議には思っていたという。

 かなり高レベルな箝口令が、エンドール軍により敷かれているのを察して、アートンとバークは残念がる。

 クウィンの陥落理由を知る時は果たしてくるのか? という疑問にさいなまれる。


 そして新しく得た情報として、今クウィンではエンドールとフォールとで、大規模な合同葬儀が計画されているらしかった。

 両軍合わせて三万人近くが、クウィンでは命を落としたのだ。

 そんな死者を弔う儀式をエンドールと旧フォールの人間とで、行うことが計画されているらしかった。

 しかし、そうすんなりとことは進行しないらしかった。

 オールズ教の主導で行われる葬儀プランに、旧フォールの人間が反発していて、日夜議論が交わされていて、なかなかそのプランが形にならないそうなのだ。

 オールズと対等に渡り合える、フォールの遺族連合という組織は、クウィンで新たに興った新勢力のような存在だという。

 そんな話しをしていると、車の列が進行する。


「本当にそれほど厳重なチェックは、してないんだな……」

 アートンが、コソコソとバークにいう。

「ああ、だから何も問題ないと、思うようにしよう。車の持ち主は、見習いとはいえ、オールズ関係者だしな。心強いことじゃないか」

「目的の役場は、この先の路地を曲がった先だね、用件を済ますまで待っててあげるよ」

 パローンが親切にそういってくれる。

「ありがたいよ。何から何まで申し訳ない」

 バークが、ヒュルツから持ってきた資料の入った封筒を取りだしてくる。


「そうだ、今まさに重大なことに気づいたんだが、いいか?」

「え? なんだい?」と不安そうに、ネーティブに尋ねるバークとアートン。

「すっかり忘れていたが、今日は土曜日だぜ。しかも明日は日曜日。確実に役場は休みだと思うんだよね。渡し物、早くても月曜になると思うんだが、それでも役場まで行くのかい?」

 パローンの言葉に、バークがしまったという顔をする。

 すっかり、曜日という概念を、バークは忘れていた。

 とりあえず役場には向かうが、閉まっていたらそのままリアンたちと、合流しようということになる。


「お、そろそろかもな。おっと、けっこう厳ついのが検問してるなぁ」

 パローンが車を進め、前方に見えるエンドール兵を見て嫌そうな顔をする。

 見ると百九十センチはありそうな、屈強そうな壮年のサングラスを掛けた軍人がふたり、銃を肩にかけて車を止めている。

「うわ、なんか面倒そうな感じのヤツがいるじゃないか」

 アートンが屈強な軍人を見て、不安そうにバークにいう。

「そうやって、ビクつくのは危険だぜ、自然体でいこうや」

 バークがアートンに注意するようにいう。

「問題ないと思おう。アートン、キョドるなよ」

「わかってるよ……」

 そして、検問をしている兵士の一団を眺めた瞬間だった。


 アートンの身体が、固まってしまう。


 しかしその様子に、隣のバークは気づかなかった。

「う、嘘だろ……。なんで、こんなとこで……」

 アートンは思わず、こんなつぶやきを発していた。

 アートンが急いで伏せた視線の先では、テントでお茶会のようなことをしている兵士たちの姿があった。

 検問をしている兵士とは思えないほどの、脳天気な光景だったが、アートンは座席に深く腰掛け顔を伏せる。

 上級士官のひとりが、高価そうなティーポットで部下の兵士たちに、テントでお茶を振る舞っているのが見えた。


「わぁ、ほんとにおっかなそうな軍人が、待ち構えてるな」

 運転席のパローンが、検問をしている屈強なエンドール兵を見て身震いする。

 大男のいかにもな軍人が銃を構え、いかつい顔にサングラスを掛けて、検問を観察している姿が見えたのだ。

 しかも、同じような軍人はもうひとりいる。

 一般兵の中にあって、そのふたりの軍人の体格は頭ひとつ分飛び抜けており、その鋭い眼光は周囲を射殺すようでとても目立つ。


 突然身動きせずに黙り込んだアートンを見て、バークは不安になってくる。

「おい、急にどうしたんだよ? ガッチガチになるなって、自然体自然体。」

「今はだんまりの時だろ。俺は、おとなしくしているよ」

 そっけなくアートンがいい、まるで人が変わったかのように、腕を組んで顔を沈めている。

「どうしたんだよ 急に」と、隣のバークが心配してくる。

 それに対して、アートンは片手を無言で上げるだけだった。


 おとなしくしてるならいいかと思い、バークはアートンを無視することにした。

 いつこちらに質疑の矛先が向かってもいいように、懐から届けるべき書類を出すバーク。

 アートンはずっと伏せたような目線で、検問場のテントにいる、ひとりのエンドール士官を見つめていた。

 そのエンドール士官は、メガネを掛け手にティーポットを持って、部下たちにお茶の用意をしていた。

 立派な上級士官の軍服を着ているが、まるで執事が軍人のコスプレをしたような、違和感のある所作の妙な人物だった。

 そして笑顔を常にたたえ、やけにクネクネしているのも特徴的だった。

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