5話 「噂の司令官」 後編

「この戦艦は、マイルトロンのクルツニーデが秘密裏に開発していた、最新鋭の艦になります。全長だけでなく装甲も通常の三倍、大砲も最新鋭の砲を多数搭載しています。もし我らとの戦闘で運用されていれば、この度の戦争に多少なりとも影響があったかもしれませんが、マイルトロンの石頭どもは、これを運用する方法を知らなかったようです。哀れ、宝の持ち腐れでしたね」

 パニヤが図面の戦艦を指差しながら、マイルトロンを嘲るようにいう。

「この大きさのが三隻いるんですな。もし本当に戦闘に運用されていたら、マイルトロン戦も我が軍は苦境に立たされていたかもしれませんな。マイルトロン軍の無能、さまさまですな」

 ヒュードが腕組みしながら、図面の戦艦を眺めながらいう。


「でだっ! 見栄っ張り。今後の展開を確認すると、この巨大戦艦を主軸にして、フォールに当たるってことでいいんだね」

「その通りでございます」とパニヤが、素直にロイにうなずく。

「いくら戦上手のフォール海軍とはいえ、この規模の戦艦を要した船団との戦いなど想定外でしょう。規格外の戦艦を前に、右往左往するフォール海軍の姿が目に浮かびませんか? この戦艦たちがあれば、余裕をこいて海戦に臨んでいたフォールのドヤ顔を、完膚なきまで叩きつぶせるというものです。大艦巨砲主義万歳といったところです!」

 パニヤがニヤリと笑いながら、戦艦の図面をなでるようにさする。


「それは面白そうな展開だね。キタカイ新報の不条理四コマ漫画よりも笑えるよ。フォールが狼狽するさまを、この目で観察してやりたいね」

 ロイは、ニヤけた表情を見せながら邪悪に笑う。

 白髪交じりの頭髪に、どこか童顔さを残すロイという人物。

 年齢不詳の男だが、不敵に笑うとその童顔とのギャップもあい待って、性悪ぶりが引き立つ。


「なるほど、この船団なら確かに勝てそうですね。懸案事項だった此度の海戦、なんとかなりそうですな」

 ヒュードが、顎に伸びてきた髭をジョリジョリとさすりながらいう。

「そうだね、せっかくフォールまで乗り込んできたのに、海戦で足止め食ったら僕も困っていたところだよ。どうでもいい異国の海を、指をくわえて落涙しつつ眺めるだけさ。対フォールだけじゃなく、この後、めでたくも独立を果たしたリット公国にも、こんにちはと挨拶をしなきゃいけない身だからね」

 ロイが手帳を広げて、パラパラとめくる。


「リット公国に関しては、明日簡単にまとめた概要をお渡ししますので、それをご覧ください。正直、眼前のフォール海軍との戦とは比べものにならない、些事だとは思いますが」

「おっと、油断禁物だよ。リット公国、レーナーの巫女なる怪しげな呪術師を擁しているというじゃないか。このタイミングで独立するということは、何かしら、僕らを楽しませてくれる考えと、自信があるとみるべきじゃないかい?」

 楽観視するヒュードに、ロイは警戒を投げかける。


「レーナーの巫女ですか……。確かにそういうのがいるようですね。一応部下を使って現在調査しております。怪しげな術を使う祈祷師なのは事実ですからな」

 ヒュードが、念入りに伸びかけの顎髭をなでながら考え込む。

「レーナーの巫女、わたし少し気になって調べましたわ」

 すると急に、ピアノを弾いていた女性が話しに参加してくる。

 女性は黒く長い髪が美しい、三十代ほどの女性だった。

 美しさに反して、どこか不健康そうな感じの女性。

「僕らも、ここに来てからいろいろ調べてみたんですよ。あまりにも怪しい存在だったのでね」

 ピアノの演奏に付き添っていた、やや小柄な男性も話しかけてくる。


「どういう連中なんだい? 僕らとどっちが妖しい? 怪しさなら、僕も負けてはいないと自負してるんだけどね」

 と、ロイが興味深そうに訊いてくる。

「いい勝負かもしれませんね。とにかく彼らは怪しげな木をご神体にした、宗教のような集団だそうですよ。不思議な木の力で傷を癒やしたり、心を静めたりと、普通じゃない治療をすることで有名な存在だったそうです。新興宗教として去年あたりぐらいから、有名になりだした存在らしいですね」

 女性の付き添いの男性がそう教えてくれる。

 男の名前はフッカーという。


「レーナーの巫女の力、かつてハーネロ戦役にいた魔神ザイクロと、同じような力を持つというの。それで気になっていろいろ調査したんです」

 ピアノの椅子に座りながら、美しい髪の女性はいう。

「アラルくん、今ザイクロっていった? ほんとにザイクロ?」

 ロイが気になって、アラルという名の女性に再確認をする

「ええ、いきなり荒唐無稽な事をいったのは自覚していますわ。でも魔神ザイクロの魔術と、同じような力を持つというのは間違いないみたいなんです。わたしも最初は疑っていたんですけど……」

「魔神ザイクロとは、また厄介なヤツが出てきましたね。われわれの侵攻作戦に、支障が出なければいいのですが。確かハーネロ神国の、テンバールのひとりでしたよね」

 アラルの言葉を受けて、パニヤが困惑したように考え込む。

 ハーネロ神国の大幹部の悪魔を、一般的にテンバールとよぶ。


「さすが、ハーネロ神国の影響を大きく受けているフォールだね。魔神ザイクロと関係のありそうな存在が、しれっと登場してくるとか。今後の物語、面白いことになってきそうだね」

 ロイがニヤニヤと、どこかうれしそうに表情を崩した。

「あの、ひとつ気になったんですけど、さっきいわれた、クルツニーデってなんでしたっけ? どこか記憶にはあるのですが、よく思いだせなくて……。どこかで耳にはしたんですが」

 ここでアラルが、急に訊いてくる。


「クルツニーデは、遺跡を調査保存する団体ですよ。本体は北のスフリック帝国にある、巨大多国籍学術団体ですね」

 フッカーがアラルに教える。

「へぇ……。でも、どうして遺跡を保護する団体が、戦艦なんて作っているの? その戦艦、クルツニーデというのが開発したんですよね?」

 アラルが、本当にわからないといった感じで訊いてくる。

「クルツニーデは“ ミアド ”という独自の技術を持っているのは知っているよね? 近年その技術を用いた、新分野への開拓も始めたんだよ。にっくき商売敵のニカ研に対抗して、独自の技術開発を進めているって話しだよ。その新技術で造られたのが、その巨大戦艦らしいよ。デカくて堅くて黒くて、みんな大好きロマンあふれた、大きな超弩級戦艦さ」

 ロイが、どこか心ここにあらずといった雰囲気のアラルに、そう教えてあげる。



「ミアド」というのは、わかりやすく説明すると、ニカ研が開発したニカイドシステムのクルツニーデ版のようなものだった。

 ニカイド同様その原理は謎とされ、クルツニーデ改心の新テクノロジーだった。

 ニカイド同様、門外不出の技術として、クルツニーデが秘密裏に開発した技術だった。

 その性能は、若干ニカイドよりは落ちるとはいえ、ニカイドの代替品として広く知られていた。



「そのミアド技術の集大成がこの戦艦ってことだね。これがすべてなのか、それともまだまだ隠し球を用意しているのか。いずれにせよ、クルツニーデと蜜月だったマイルトロンが、先の戦争でこういった新兵器を導入してくれなくて助かったね。あの国は未だに、宗教画の胡散臭い坊主どものように、中世で思考が停止していたからね」

 ロイがニコリと笑っていう。

 崩した笑顔はやはりどこか凶悪さを秘めている。

「それと、全然話しが変わってくるけどさ。この街の市長の娘さんが、なんかとてもユニークなお嬢様って聞いたんだけど? ほら、これ」

 ロイが懐から新聞記事を出してくる。


「愛しの婚約者を求めてシージャック! カイ内海を渡ろうとした令嬢を保護。愛の逃避行は失敗に終わる!」


 ロイが見せてきた記事には、そんな文言が並んでいた。

「なんですか、これは?」

 パニヤが記事を見て訊いてくる。

「泣かせる話しじゃないですか。戦争で離れ離れになった恋人が、運命を信じて愛する人に逢いに、危険な船出をしようとしたってんだから。後日譚はどうなったんだろうね。ゲスいキタカイ新報あたりなら、その後の展開も記事にしてくれると思ったのに、どこにも出てないんだよね。こういう面白そうな行動する人は、一発で大ファンさ。僕一度、会ってみたいんだけど? サインも欲しいなぁ」

 ロイが興味津々といった風でいう。


「ああ~、確かその方は、クレシェド市長のご令嬢ですね。いいでしょう、わたしが話しをつけておきますよ。後日食事会などを開いて、その時お会いできるようにセッティングしておきましょう」

「おおっ! 頼むよヒュードくん。ふうん、まさかの市長のご令嬢なんだね。ずいぶん思い切ったことをされるね」

 ロイがうれしそうにヒュードの肩をたたく。

 ロイという人物は、こういった荒唐無稽な行動を起こす人間に惹かれるようだった。

「面白そうなご令嬢と出会うっと。僕の面白人間リストに、またひとり追加だよ。パニヤ君も、いちおうこのリストに入っているよ。光栄なことだろ? ヒュードくんは、あと少しってところかな、もう少しパンチの効いた個性が欲しいところだね」

 ロイは自身の手帳にメモを取る。

 ヒュードは、それを困惑したように眺める。

 彼自身個性の薄さは、どことなく自覚していただけに、いわれて少し傷ついたりもする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る