6話 「夜の海を見る」 前編
リアンたちが、宿泊していたホテルに戻ってきた。
テラスに軽い夜食を用意して、全員が夜景を見るため集まっていた。
ヨーベルがうつらうつらとしていたので、リアンが「もう寝る?」と尋ねる。
最初は起きるといっていたヨーベルだが、本当に眠そうだったので、アモスにより強制的にベッドに連行された。
ヨーベルが連行されているのを、リアンたちは苦笑いして眺める。
アモスの姿が見えなくなると同時に、リアンが口を開く。
「アモスだけど、少しおとなしくなったような気がしますね。やっぱりあの件でのこと、勇気出していったのが良かったかな……。あ、なんか自画自賛してるみたいですね、そういうのじゃなくて」
リアンは自分でいって、途端に恥ずかしそうにうろたえる。
そんなリアンを見て、アートンとバークが笑う。
「いや、リアンがあいつの凶暴性を、自制させてるのは事実だよ。この街に来てからも、普通に性格のキツいクソ女ぐらいにまで、おとなしくなったよ。だからこの件に関しては誇っても大丈夫だよ」
バークがこっそりといい、アートンを見る。
「おまえに対する当たりも、幾分かトーンダウンしてる気がするからな」
そうバークにいわれ、アートンが苦笑いする。
「実はけっこう助かってるよ」といって、アートンはソーダ水を飲む。
「で、さっき何をいうつもりだったんだ?」
バークが、アモスが出ていったドアを見ながらアートンに訊く。
「ちょっと、ややこしい話題なので、今必死に頭の中で構築中。でも、けっこうお薦めだと思ってるよ。もし、ダメだっていうなら、遠慮なくいってくれたらいいから」
アートンがそういって、港とは違う方向を眺める。
「あたしは、アートンの提案ってだけで、却下したいところだけどね」
アモスが戻ってきて忌々しそうにいう。
「でも、寛容さを手に入れたあたしは、こんなゴミクズの献策も、聞く耳持つようになったのよ。お礼にリアンくん、チューしてちょうだい」
抱きつこうとしたアモスを、リアンは両手をピーンと張ってガードする。
「くだらないことしてやんなよ。ほら、話し聞こうぜ、座んなって。で、ヨーベルは?」
バークが、アモスのために席を引いてあげる。
「ベッドに入るなり、爆睡よ。ほらよ、これは一応持ってきておいたわよ」
アモスはそういって、手にしていた大きめのかばんを床に置く。
中には、例のオールズ神官の僧衣が入っていた。
「もうないとは思うけど、あのバカのことだから、念のためね」
「ハハハ、それはありがたい配慮だな」
バークが、かばんの中の僧衣を見て笑う。
「靴も持ってきたわ、これでもう二度と勝手な行動しないでしょ。あいつのことだから、下着盗もうが靴隠そうが、思いついたら行動しそうなのが怖いのだけどね」
アモスがかばんの上に、ヨーベルの厚底のブーツをドンと置く。
ブーツが倒れて、テーブルから落ちてしまうが、アモスは気にも留めない。
「で、本題、何なのよ」
アモスがタバコを取りだだし、リアンが火を点けようとしたのを制して尋ねる。
「検問の時の上級士官? あのあと、検問なんかがあったの? あんた下手こいてないでしょうね!」
アモスが自分でタバコに火を点けて、怪訝な顔をしながらアートンに尋ねる。
その時の検問で、特に怪しまれることもなかったことをバークは話す。
アモスは、なんとか納得してくれた。
「印象にないな、なんか厳ついグラサンが、ふたりいたのは覚えているが」
話しを本題に戻し、バークはワインを飲みながら首をかしげる。
「そうか、いや、ならいいよ。実は、そこで見かけた上級士官なんだがな」
アートンが真剣な表情をする。
「実はそいつ、俺の、旧友なんだよ……」
アートンの発言に、全員が不思議そうな顔をする。
特に驚きを狙ったわけでもないのだが、著しく反応が悪くてアートンは、そのあとをつづけるのを少し逡巡する。
「顔見知り? ああ、おまえ、車内でやけに静かだったのも」
バークが、ようやく思いだしたようにいう。
「ああ、そうなんだよ。もし、あそこで見つかったら、何かとヤバかったろ。だから、ちょっと身を潜めていたんだよ。見つからなくて良かったよ」
確かにアートンは、検問の時に突然沈黙して、身じろぎもしなくなっていた。
何か理由があると思っていたが、そういうことだったのかと、バークは合点がいく。
もしそのふたりが出会ったら、いろいろと面倒な展開になっていた可能性が高かったろう。
「旧友って、いつぐらいからの知り合いなんだよ」
アモスが、タバコをくわえたまま訊いてくる。
「どういった関係性で、展開変わってくるが……。おまえ、妙案があるみたいな口ぶりだったな」
バークがアートンに尋ねる。
「あたしらの力になる、可能性があるのか?」
期待を込めたような口調だが、アートンにそれを見せるのが嫌なアモスが、険しい表情のまま尋ねる。
「ヤツの名前は、クレッグ・チル。階級は多分尉官だったと思う。ちらっとしか確認できなかったが、確かだろう。学生時代からの知り合いだった男だよ」
アートンが旧友のことについて話す。
「見間違いってことは、ないんだろうな?」
アモスが不安そうに尋ねてくる。
「ああ、そりゃないよ。あの感じは、あいつ以外考えられない。見間違いなんて、絶対にないよ。あんな挙動不審な上級士官、きっとエンドール軍探しても、あいつしかいないだろうぜ」
アモスの問いにアートンが断言する。
「検問の時にティータイムなんてやらかして、いい加減で手抜きなヤツさ。妙なヤツがいたとか、思わなかったか?」
「う~ん……。印象に残ってないな、やっぱり」
バークが考え込むが思いだせない。
「じゃあ、その件はもういいよ。とりあえず本題をいうとな。そのクレッグに頼んで、エンドールまでの帰路の都合を、なんとかお願いしてみようって考えなんだよ」
アートンが、自分の考えを披露する。
「ってかよぉ。なんでおまえは、エンドールの軍人なんかと接点があるんだよ」
アモスが素朴な疑問を訊いてくる。
バーク以外には、自分はジャルダンの刑吏ということになっているアートンが、慎重に言葉を選ぶ。
正直、別にもう身分を正直に告白してもいいのだろうが、やはり説明が面倒だと思ったので、アートンは嘘をそのまま通すことにした。
「あいつとは、子供の頃からいろいろ縁があったんだよ。家庭の事情で、何を考えたのか軍学校に入ったヤツでな。戦闘とか無縁の平和的なヤツだったんだが、事務的なことが得意だったみたいで、一応エリートコースに乗っかったみたいなんだよ」
アートンの説明に、リアンが不思議そうな顔をする。
「戦闘が強いとか、銃器の扱いが得意とかじゃなくても、軍隊でやっていけるものなんですか?」
「事務型ってのは、それはそれで重宝がられるものさ。軍だけじゃなくて、どんな組織でもね」
アートンの言葉に、以前ズネミン号でスイト副船長から聞いた、番頭役の重要性をリアンは思いだした。
なるほどと、深く納得するリアンが何度かかみしめるようにうなずく。
「クレッグとは、妙にウマが合ってな、とにかく説明は難しいが、ヤツとの関係性は問題ないよ。俺が会いにいったとしても、疑いもするだろうが、確実に話しを興味深く聞いてくれるはずさ。好奇心旺盛、これはヤツの特徴といってもいいからな。しかも、リアンやヨーベルのことなんかも話せば、なんとかしてやりたいと思ってくれるはずだよ。何かと親身になってくれる性格でな、人間性は保証するよ」
アートンが力説する。
それでも、バークとアモスは考え込んでいる。
リアンもいい考えだとも思ったが、どこか不安があって、上手く言葉が見つからなかったのだ。
おそらくだが、三人に共通した思いが、「都合が良すぎる」ことに対する漠然とした不安だったのだろう。
アートンもその空気を察して、どうしたものか困りだしていた。
「は、反論とか気になるとこが、あれば聞くよ。それに、反対が多いようなら、俺もこの案に固執する気はないしさ。信用できる旧友とはいえ、エンドール軍に直接接触するわけだしな。その危険性を、危惧する気持ちはわかるよ……」
アートンはそういうものの、いっていて、徐々に自分の案が不安になってきていた。
なにせ、自分で今いった通り、エンドール軍に直接接触するというプランなのだ。
ネーブ主教になんとかしてもらおうと思って、勝手な行動をしたヨーベルと、よく考えるとなんら大差ないような気がしてきたのだ。
沈黙に耐えきれなくなったアートンが、ソーダ水を飲んで少しむせる。
「勝手に行動しなかっただけ、ヨーベルよりはマシね。ハッキリいうわ、危険すぎるわよ! バカじゃないの?」
アモスの言葉に、アートンはううう、とうなってしまう。
「俺も、アモスの考えに同意だよ……。協力を、取りつけられるのはありがたいが、やはり危険だというのと。今の俺たちなら、協力を仰がなくても、なんとかやっていける経済力もあるしなぁ……。それにフォール国内では、いろいろあったとはいえ、比較的安全に行動できると思える。これがもし、道中に何が起きるかわからないマイルトロン領を通る時に、協力してもらえるとなると非常に助かるが……。やはり直接軍に接触するとなると……」
バークが腕を組み、申し訳なさそうにアートンにいう。
「まあ、確かに魅力的ではあるわよね。後方支援担当の軍人の支援があるんだとしたら、それはそれでありがたいわよ。マイルトロンの行路に、絶対役に立つでしょうしね」
アモスもバーク同様腕を組み、タバコをくわえたまま眉をしかめて考える。
「リアンくんは、何かダメ出しない? この無能バカに、ガツンといってやりな!」
アモスが、リアンに話題を振ってくる。
そしてリアンは考え込む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます