6話 「夜の海を見る」 後編
「えっと……。よく考えたら、アートンさんは別に、追われるような人じゃないんですよね?」
「そ、そうだな……」と、思いっきり目を逸らして、リアンの言葉にアートンは嘘をつく。
「だったら、アートンさんだけが、僕らのことを内緒にして、接触だけしてみるのは、何も問題なくないんじゃないですか? 具体的なことは内緒にして、お話しだけでも聞いてもらうとか。もしそれで、上手くお話しが進むようなら、ラッキーかも知れないし。もし、面倒なことになったら、そのままお友達には悪いけどスルーする感じで。そもそも、アートンさんはサイギンでの件でも、何も面が割れてないと思うし、接触は問題ないでしょうから。久しぶりだなぁって感じで、偶然を装って接触だけでもしてみる、ってのはダメでしょうか?」
リアンが真剣に考えて、自分の意見を口にしてみた。
「あらら、なるほどね~。そういや、ヨーベルのバカの一件以来、あたしら全体を個として、この一団捉えてたわね。アートンなんか、特に印象もないモブキャラだったわよね。あんたがひとりで、ふらっと、そのなんとかってヤツと出会って会話するぐらい、特に問題なんかなさそうね。リアンくん、いい着眼点だったわよ」
そういってアモスが、リアンを褒める。
リアンが照れくさそうに笑う。
「おい、モブキャラ、じゃあ、おまえに仕事を与えてやるよ」
アモスの言葉に、アートンが露骨に嫌な顔をする。
「明日、偶然を装って、そのダチってヤツに会ってこい。で、バークは、こいつがヘマしないか監視してな。ついでに、あんた目線で、そのダチってヤツの人間性も観察してきな」
「なんだか癪ないわれようだが、俺が提案した案だしな……。いいよ、そのやり方でやらしてもらうよ」
不満たっぷりな口ぶりで、アートンがいう。
「バークは、いいのか? 明日、みんなと観光するとか盛り上がってたが」
アートンの言葉に、残念そうな表情になったリアンがバークを見る。
「いいよ、せっかくのチャンスかもしれないしな。おまえのいう、旧友ってのがどんなヤツなのかも気になるし、お目付け役仰せ仕りますよ。いちおう、なんか不安要素が少しでもあれば、この話しはなしってことでいいか?」
バークがアートンに訊く。
「もちろんさ、面倒事に発展しそうな場合は、その場で撤収するさ。でも、あいつなら、きっと大丈夫だと思うんだよな」
椅子に深くもたれかけ、アートンはそうつぶやく。
「その、安易な希望的観測を前提にしてやるのなら、止めてくんない! そんなのに、あたしらの運命を、委ねるわけにはいかないわ!」
アモスに指を差され、アートンがハッとしたような表情になる。
「ああ、そうだな、すまない。慎重に行動するよ、約束する」
アートンが素直にアモスに謝る。
アモスにしては珍しい、一団のためを思うような叱咤だし、それに対するアートンの反応もまともだった。
なんだかこのふたりの関係性も、初期のような険悪さが消えてきたなと、バークは安心する。
これで明日の予定は決まったようだった。
リアンにしたら、五人で街を観光しつつ、アシュンのお父さんに届け物をしたかったのだが、今回は仕方ないと諦めた。
ひょっとしたら、アートンがこれからの旅にとって、最良のカードを用意してくれるかもしれないのだ。
それに期待しつつ、バーク同様リアンも、アモスとアートンの関係性の変化に、よろこびを感じていた。
「じゃあ、そっちはあんたらに任せるとするわ。せいぜい、ヘマだけはしないようにね。バークは、しっかりアートン監視しておくのよ。何かやらかしそうだったら、こいつも落としちゃえ」
アモスが、首を締めるようなアクションをして、バークにニヤニヤ笑いながらいう。
「落とすってなんだよ……」と、アートンが嫌そうにいう。
「言葉の意味のままだよ。ガッカリさせるなよモブキャラ!」
アートンに向かって、アモスは思いっきりタバコの煙を吐きかける。
「じゃあ僕たちは、アシュンのお父さんに、あの届け物を渡しに行ってきます。また僕らだけ、楽しむような感じになっちゃって、すみません」
リアンが、アートンとバークに謝る。
「いいってことよ、気にすることないよ。俺たちの仕事は、君たちを無事に、エンドールに送り届けることさ。その目標があるから、俺もこうやって頑張れているのさ」
そうバークが、リアンに笑いかける。
リアンたちはしばらく、他愛のない会話をしている。
街でさっそく買った、キタカイの地図や新聞雑誌などを眺めている。
自分たちが今いる場所は、街の東部に当たるようで、街の中心地はもっと西にある場所だった。
海岸線沿いに存在する軍港では、大きな船渠が多数あるようだった。
報道では、キタカイ無血解放と同時に、この街の軍艦はすべて、フォール軍の残存勢力がミナミカイに移送したらしかった。
「船が一隻もなしで、エンドールはどうやって、フォールと戦うんでしょう?」
リアンが素朴な疑問を口にする。
「記事があるね」
バークが新聞を出してくる。
「何よっ! また、この出たがり将軍かよ! ポーズまでつけて、しかもどこかのセットで撮影してるのかよ。ほんと見栄っ張りなのね、このパニヤってヤツ」
アモスが記事に乗っている、偉人のように撮影された、まだ若いどこか舞台役者のような将軍を指差す。
「で、この目立ちたがり屋の作戦は? 街に残ってる、漁船や商船に爆弾でも乗っけて特攻か?」
アモスが嫌悪感露わにいうが、そんなことはするわけがなかった。
記事によると、現在エンドール海軍が、キタカイに向かっているらしかった。
しかも、マイルトロンで鹵獲した軍艦まで合わせて、大船団を指揮するとのことだった。
「海軍と陸軍が、今回ばかりは協力して、当たるみたいだな。指揮権巡って、軍上層部で揉めそうだが、そんなことしてられない状況だろうな」
アートンが、自分が元軍属であることを隠しているのを忘れて、ついそんなことをいってしまう。
しかし、リアンとアモスは特に怪しむ様子もない。
エンドールの海軍と陸軍が犬猿の仲なのは、エンドール国民ならほとんど知っている事実だったからだ。
「フォールはなんなの? 敵が戦力を整えるまで待って、それからフルボッコにする気なのね。なかなかいい趣味してるじゃない。海戦なら、絶対負けないって自信があるのね。アハハ、こりゃクウィン以来の、面白い戦いになりそうね」
アモスが記事を読みながら笑う。
「このレニエ海軍中将って人が、フォールの指揮官さんなんですね……。なんだか、歴戦の提督さんみたいですね。対イスラ王国戦で、何度も海戦を戦った、歴戦の勇者って書かれてますね。寄せ集めのエンドールに、勝ち目なんてあるんですかね?」
不安そうなリアンが、記事にあるレニエ提督の肖像画を見る。
キタカイの記事は、すでにエンドール配下になったかのように、フォール軍の弱点を記事にしたりしてエンドールよりになっている。
「リアンく~ん。エンドールがどうなろうが、フォールがどうなろうが、知ったこっちゃないでしょ。そんなのまで気に病んでたら、精神壊すわよ。熱い海戦がはじまったら、あたしたちはこの街で、楽しく観戦してればいいのよ」
アモスの言葉に、リアンは困惑の表情を浮かべる。
「でもさ、大規模な戦闘になれば、またたくさんの悲劇が生まれちゃうし……。僕になんかに、どうすることもできないってのも、わかってはいるんですけど……」
「そうっ! どうすることもできないの! だから、この時代に生まれた不幸を呪うんじゃなく、逆に面白い乱世に生まれたことを、よろこぶのよ!」
アモスが、弱気なリアンの肩を叩く。
「おまえなぁ、もう少し言葉のかけようがあるだろう……」
ここで久しぶりに、アートンがアモスに苦言を呈す。
「うっさい、モブキャラ! とにかくこの街の滞在期間は、海戦が終わるまでだからね!」
アモスがそう宣言すると、バークが嫌そうな顔をする。
「そんなのいつになるか、わからないじゃないか。それまで、ここに留まってるのか?」
バークが疑り深そうにいう。
「そうよ、別にリアンくん、急いで帰りたくもないみたいだし。せっかくの歴史的海戦、見てからでもいいでしょ?」
またアモスが、リアンの内心を知ってか知らずか、正解を引き当ててしまう。
海戦は見たいとは思わないが、実はやはり本心から、帰りたくないと思っていたりするリアン。
しかし、そのことは当然口にはしない。
そんなリアンが、記事にまたいやらしい内容を見つけて赤面する。
「おほほ~! こっちの街も、ドスケベ記事山盛りかよ! フォールってのは、ほんとマスコミが下品極まりなくて、オカズに困らないな! せっかくだから、あたしがどっかいい店で、稼いできてやろうか?」
アモスが、風俗関連の記事を見せびらかすようにしていう。
「おまえは、そういう店で、上手くやっていけるとは思えないよ。意外と、礼儀と作法を重んじる業界なんだから」
「あっら~、クソモブさん、なんか聞き捨てならないセリフ吐いたようなんだけど気のせいかしら~。それに、けっこうそういう業界にも、お詳しいようで」
アートンにすごむアモスだが、以前のような凶悪性がないので、バークとリアンもどこか安心していられる。
リアンの頼みで、例の凶悪なナイフを処分してくれたというのも、安心できる要因だったろう。
「ん? あら?」
ここでアモスが、ひとつの記事を目にする。
「なかなか、情熱的なニュースじゃない、これ!」
アモスが、ひとつの記事を見つける。
「良家令嬢、離れ離れになったミナミカイの婚約者に逢いに、海を渡ろうとする、だってさ! アハハ、このお嬢さま、銃で船長を脅してカイ内海を航海しようとしたんだって。なかなか面白いことする、お嬢ちゃんじゃない」
アモスが、記事を面白おかしく読む。
身元は明かされていないが、とある令嬢が、許嫁のいるミナミカイに渡航しようとしたらしい騒動を、面白おかしく記事にしていた。
戦争により離れ離れになる恋人の悲劇も、この国のマスコミの手にかかると、大衆を楽しませる娯楽記事になるようだった。
結局、令嬢は説得により投降、怪我人もひとりも出ずに、事件は終息したらしかった。
事件を起こした令嬢は、情緒不安定により起訴されることなく、保護観察処分となったらしかった。
「このお嬢さんの相手の男性は、フォール軍の軍人なんですね……」
リアンは低俗な記事を読みながら、ひとり悲しい気分になってくる。
「あら、リアンくん一大事」
地図を見ていたアモスが突然いう。
「例のアシュンの親父がいるっていう劇団の近くに、でっかいクルツニーデの管理する、遺跡があるみたいよ。こりゃ、ヨーベルのバカ、食らいつくわよ」
アモスの言葉に、リアンは苦笑いする。
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