7話 「交差する恫喝」 其の一

 翌朝。


「ヨーベル、もう行こうって。アモスもさぁ、僕、もう揉め事は見たくないよ」

 リアンが右手でヨーベル、左手でアモスの腕を必死に引っ張っていた。

 ふたりはリアンの言葉を無視して、前方を注視して微動たりしない。

 ヨーベルの顔は紅潮し、アモスはニヤニヤと怪しげな微笑を浮かべている。

 リアンの周囲には、騒然とした人々が、固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。

「ついに、来やがったな……」

「あれが噂の、オールズ教会か……」

「よりによって、クルツニーデとやり合おうってのか」

「どんだけ、狂信者どもなんだよ……」

 集まった周囲の野次馬たちがコソコソと、そんなことを話し合っている。


 リアンは、その人々のささやきを耳にしながら、身じろぎもしないふたりの手を、諦めに似た気持ちで離す。

 アモスが凶悪な笑顔が見つめる先には、以前サイギンで見かけた僧兵集団がいた。

 僧兵たちは今回も手に物騒な凶器を持ち、高圧的な態度で黒いスーツを着た、紳士たちを恫喝するように接していた。

 十人以上の完全武装の僧兵を前に、黒スーツ側はひとりの責任者らしき立派な口髭の人物が、たったひとりで対峙している。

 それを遠巻きに眺めている、仲間の黒スーツ集団がいるが、臆すことなく僧兵たちをにらみつけている。


「あの人たちはサイギンで見た、怖い僧兵さんたちだよね……」

 リアンが、ゴクリと生唾を飲み込みながらいう。

「ウフフ、感動の再会ね。今回はどんな憎悪に満ちたドラマを、見せてくれるのかしら、楽しみだわ」

 アモスが期待を込めた表情で、僧兵たちが行うであろう横暴を、楽しそうに待ち構えている。

 そして、うれしそうにタバコを一本くわえる。

「おいっ! 火は?」

 ぼうっと、一点を見つめたままのヨーベルの側頭部に、アモスはチョップをかます。

「おお~、これは失敬です」

 ヨーベルはそういい、すぐにアモスのタバコに火を点ける。

「あんたも、胡散臭い建物にご執心ね。思った通りの反応よ。そうでなくちゃね」

 そういって、アモスは笑いながら煙を吐きだす。


「魔の巣ですよ~! 魔の巣! あれです! すごいです~!」

 ヨーベルが興奮して、僧兵と黒スーツの騒動とは別の場所を指差す。

 その先には、黒いタールで塗装されたような、歪んだデザインの古めかしい集合住宅があった。

 ヨーベルが激しく食いつく、ハーネロ期の遺跡がそこにあった。

 かつてこの街にあった、下級ハールアムたちの住居として、使われていた建造物らしかった。

 住居としては、完全に廃墟で、人が住めたような代物ではないボロボロの建物だった。

 しかし、当時の下級ハールアムたちの生活を知る、貴重な歴史的建造物ということで、クルツニーデの保護に置かれているのだ。

 ヨーベルのいった「魔の巣」というのは、一般的に知られているハールアムたちの住居の総称だった。


 そんな「魔の巣」を眺めながらリアンは、こんなボロアパートに住んで、ハールアムの一員としてハーネロ神国に出勤していたのかと、つまらないことを考えてしまう。

「魔の巣」の大半は、経年劣化で半壊しているが、一部はまだ残り補強され、その禍々しい姿を残している。

 街の景観の悪化に影響があるとして、撤去を求められていた経緯もあるらしい。

 しかし、歴史的遺物を保存するクルツニーデが、撤去を許可せず、この地を完全に専有してしまっているのだ。

 街にしたら、さっさと撤去しておくべきだった、という後悔に満ちていただろう。

 一等地を大きく占領するこのゴミ屋敷が、実は市側としては、邪魔で仕方なかったりするのだ。


 今回、そんな「魔の巣」に、どこからともなくバンが乗りつけ、オールズの僧兵たちが現れたというのだ。

 そして口々に、ハーネロ期の遺物を今すぐ壊せと、罵ってきたのだという。

 街の人々にしたら、景観を悪くする「魔の巣」を撤去してくれるのなら、オールズを応援したい気持ちもあっただろう。

 しかし、それを口にする異様な装備の、僧兵たちによる狂信的な騒ぎ方は、それはそれで恐怖を感じるのだ。

 特に反感もなかったエンドールによる支配だが、ここにきて悪名高いオールズ教会の存在を前にして、不安が募りだしてきた市民たち。

 キタカイにはネーブの死去により、まだオールズ教会が、本格的に乗りだしてきていなかった。

 なのでオールズ教会の存在が、どんなものか市民も知らない状態だったのだ。

 そんな中、はじめて目にしたオールズ信者が、物騒な獲物を持った完全武装の僧兵なのだから、市民たちの動揺は計り知れない。


 リアンは、もう一度ヨーベルとアモスの手をつかんで引っ張るが、ふたりとも動いてくれない。

 サイギンでの出来事があるから、僧兵たちが強硬手段も辞さない構えなのは、リアンも理解している。

 このままだと、本当に大騒動になりそうなので、リアンは一刻も早く、この場から離れたかった。

 好き好んで揉め事を楽しめるのは、アモスぐらいだろう。

 アシュンのお父さんへの言伝を渡しに行くという、心温まる展開になると思っていたら、朝からハードな展開に遭遇してしまう不運を、リアンは嘆く。


「あの独特の歪なドアは、いつも思うのですが、開けにくそうですよね? リアンくんも、そう思いませんか? あのドアを、頑張って開けられる人が、ハールアムの資格があるのですね、アハハ」

 ヨーベルが、「魔の巣」に立てつけられている、歪んだドアを指差して笑う。

 どうしてこの状況で笑えるのか、ヨーベルのよくわからない神経に、リアンは疑問を持つ。

「そんなのはいいから、アシュンのメッセージ届けに行こうよ」

 無駄だとは思いつつも、リアンはヨーベルに頼み込む。

「あれ? そういえば、あの人たちは何してるんでしょう? あらら、オールズの僧兵さんですね。でもどこかで、見たことある人たちですね~」

「魔の巣」に食いついていたヨーベルは、いまさらこんなことをいう。

 リアンは、激しく脱力してしまう。



「ふむ、なるほど、そちらのいい分はわかりました。では回答しましょう」

 僧兵の相手をひとりでしていた、口髭の紳士が軽く咳をする。

「その汚らしい姿を、今すぐ消してもらいたいですな。田舎臭い土着のシャーマン不勢が、目障りですよ。ここはあなたらが、足を踏み入れていいような場所ではないのですからね。人類の遺産ともいえる、神聖な場所なんですよ。理解したら、汚らしいあのバンに乗って、土教の主教さまに、こてんぱんにされ追い払われたと泣きつきにお帰りください」

 黒いスーツの口髭の男が、敷地の中に乗りつけてきた大型のバンを指差して吐き捨てる。

 黒スーツのいきなりの暴言に、顔つきが変わる僧兵たち。

 さっきまではこのクルツニーデの紳士、黙っていい分を聞いていたのだが、口を開いた途端カウンターを放ってきたのだった。


「貴様! 無礼な!」

「我々を誰だと心得る!」

 僧兵たちが、また騒ぎだす。

「一斉に喋るの、止めにしてくれませんかね? 集団で騒ぎ立て、押し通そうとしたいのかもしれませんがね。そんな野蛮な脅しに、臆するような我々ではないのですよ。見くびらないで、もらいたいものですな」

 口髭をなでながら男がそういうと、彼の後ろにいた部下たちがうっすらと笑い声を上げる。

「もっと文化的に、対話ができないものですかね。まあ、オールズなる土教に、そんな文明的な交渉を、求めようもないのでしょうが」

 黒スーツが半笑いでそういって、僧兵たちをさらに激昂させる。


「いい度胸だ、貴様名前は覚えたぞ」

 僧兵が、黒スーツをにらみつける。

 この僧兵は一団のリーダーらしいが、まだ若くやけに耽美な顔立ちをしている。

 しかし、目に宿る凶気は狂信者そのもので、手にしたメイスや僧衣にも、返り血がベッタリとこびりついていた。

「覚えて頂いても、迷惑ですねダノン司祭さま。こちらとしては、あなたがた土教の輩と一切関わり合いになど、なりたくありませんのでね。今すぐ、忘れて貰いたいものですね」

 黒スーツが、ダノン司祭という男にしれっという。


 ダノン司祭は歯軋りをして目を剥いて、目の前のポーラーと名乗った、この地区のクルツニーデの責任者をにらむ。

「ポーラー、この度の狼藉と無礼! 必ずや、その身で持って、償わせてやるからな」

「ハハハ、そっくりそのまま、その言葉お返ししますよ、ダノン司祭」

 ポーラーと呼ばれた黒スーツは、怒り心頭のダノンにいう。

 極度な信仰心を基に、高圧的な態度を取れば、すべて思い通りになると思っているまだ若いダノン司祭。

 そんな直情的なバカを、からかってやりたいという心境が、ポーラーにはあったのだ。


「邪教の遺物を崇め祀るとは、貴様ら必ず地獄に落ちるからな」

 ダノンの口にした「地獄」という言葉。

 目の前の男の知的レベルの低さに、ポーラーはため息すらつきたくなる。

「この邪教徒どもめ!」

 さらにポーラーを、失笑させるような言葉をダノンは投げかけてくる。

「あのですね……。崇めているわけではないと、いってるでしょう。保存しているんですよ。違いと意味を理解してから、また来てくれませんか? 朝から疲れますよ、まったく」

 ポーラーが、面倒くさそうにいう。

「必ず、この忌々しいボロ屋敷を、破壊してやるからな! ポーラー! 貴様もその時は、ただで済むとは思うな!」

 ダノンが、そんな捨てセリフのようなことをいう。


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ポーラーさんは、今後活躍するクルツニーデの大物さんに当たる人物です。

覚えておいてくださると、作者としてはありがたいです。

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