7話 「交差する恫喝」 其の二
「そうですね~。その時は、法廷でお会いしましょうか。それに、あなたがたは、邪教の遺物とおっしゃいますがね。これだって、失われた文明と技術の、人類が残した、貴重な遺物であるのには変わりないのですよ。一時の感情で破壊していいような、代物ではないのです! 邪教徒とは、あなたたち文化を解しない野蛮な輩こそ、ふさわしいですな」
ポーラーがまた、その立派な口髭をなでながら諭すようにいう。
「おのれ、いわせておけば!」
ダノンたち僧兵が、手にした武器を振りかぶろうとする。
すると、カチャリと、ポーラーの後方に控えていた部下たちが、一斉にサブマシンガンを構える。
にらみ合うクルツニーデとオールズ教会の面々。
緊張が辺り一面に張り詰め、野次馬たちの感情も好奇から恐怖に変化していった。
「本性を表したな、土教のシャーマン不勢が」
ポーラーが、状況に臆することなく吐き捨てる。
これだけの修羅場でも、堂々としていられるとは相当な度胸を持つ人物のようだ。
「布教開始から、せいぜい三百年に満たないような、胡散臭い新興宗教の分際で、崇高な文化を破壊しようという蛮行。あなた方はあらゆる宗派から、必死に様式や教義を、模倣しまくってはいるようですが。しょせんオールズ教など、田舎親父のはじめた土教。ひとたび、偽りの衣を剥げば、文明とは無縁の、魔女狩りが横行する野蛮なシャーマン集団。語るに足らずとは、まさにあなた方のための言葉ですな」
ポーラーは、ダノンの手にするメイスにまったく臆せず、煽るようにいう。
「で、遺跡を破壊したいというのなら、ひとつ提案ですよ。国際司法に訴えを起こし、クルツニーデの本部と、オールズ教会とで、司法の場で争えばよいでしょう。その裁判の結果で、こちらも少しは検討しましょう。ですが、オールズ教会ごときに、法律を扱える人間が、はたしているのでしょうかね? 魔女裁判を扱うシャーマンは、司直の人間ではないですからね」
そういってポーラーは、ニヤニヤと笑う。
「貴様ぁ!」
「なんでしょう!」
ダノンが一歩踏みだしてくると、それに応えるようにポーラーも前に出る。
鼻先までつき合うような近距離で、ふたりの男がにらみ合う。
「お言葉が、もう尽きたようでしたら、こちらからいわせてもらいます」
にらみつけたまま、言葉を発しないダノンに向けて、ポーラーが低いトーンでいう。
「あなた方は、ご存知などないでしょうが……。クルツニーデの管理する遺跡敷地内は、いわば治外法権。本国スフリックの管轄する領土に、なるのですよ」
ポーラーが、そういって口元を歪める。
ポーラーのいう通り、クルツニーデは通称「北の帝国さま」と呼ばれる、スフリック帝国に本部を置く国際機関なのだ。
グランティル地方の北部には、高く険しい山脈が東西に広がっており、かの国との接触を拒む。
その険しい山脈を越えた先にあるのが、グランティル地方の十倍以上の規模を持つ、超大国神聖スフリック帝国だった。
スフリックに比べたら、ポーラーのいう通り、グランティルのいち地方の泡沫宗派など、吹けば飛ぶような力関係なのだ。
「つまり、ここでことを起こせば……。あなた方を守る法など、何ひとつないということです。そして、オールズなどいう田舎宗教ごとき、その本体ごと、蹂躙する力が我らにはあるということ、お忘れなく。さ、どうされますか? いち神官のあなた程度が、その重大な局面を、作り出してみますか? 信仰に殉じ、歴史に名を残すという偉業は、いちおう達成できますよ。もちろん、とびきりの悪名としてね」
ポーラーの言葉に、ダノンは歯軋りをして悔しそうにする。
若気のいたりで、この遺跡に押しかけたダノンだが、今回は相手が悪すぎたようだった。
今までなら、脅せばどのような不条理も通っていたのだろう。
さすがにダノンの部下も、不安そうな雰囲気になっている。
武器を握る手に、迷いと戸惑いが見て取れる。
「お若いダノン司祭。自分の思い通りにはならない、強大な力も存在するということを、今回は知れましたな。これを経験にして、今日は尻尾を巻いて、撤退したほうがよいでしょう。これ以上、にらみ合っていても、あなたの経歴に瑕こそつけど、功績などには繋がりませんぞ」
そう優しくいうポーラーだが、ふいに深呼吸する。
「だから、さっさと帰れ! ここは、貴様らの来るような場所ではない! 文化を解せぬ土教の輩は、薄汚い髭親父のこもる巣に戻れ!」
ポーラーの一喝に、ダノンたちが怒りの表情を見せるが、完全に気圧されている。
「帰らないというのなら、こちらも強硬手段を取らせてもらうまでだぞ! 我らとて舐められたまま、だんまりを決め込むほど、従順な組織ではないのだからな」
ポーラーがそういうと、後ろに控えていた銃を構えた黒スーツたちが、一歩前に足を踏みだす。
冷や汗を流すダノン司祭たち。
すると、後方で激しいクラクションが鳴り響く。
それと同時に、集まっていた群衆が、慌てふためいて道を空ける。
群衆を押しのけて、数台の軍用車が敷地内に乱入してくる。
「おいおい、エンドールのバカども。勝手に敷地内に入ってくるんじゃないよ……」
ポーラーが忌々しそうに、乱入してきた軍用車につぶやく。
軍用車はポーラーたちの前に止まり、ドアを開けて中からエンドールの軍人がゾロゾロと出てくる。
その中にひとりいた将官を、ダノンが見つける。
「ステー少将か……」
「やぁ、今回はダノン司祭ですか。パルテノ主教は、ご一緒ではないのですかな?」
ステー少将が、ダノンに語りかけてくる。
「ふん! また貴公か、毎度毎度忙しいことだな。パルテノ主教は、もうこの街にはおらんわ。要件はなんだ」
そういって、メイスをステーに向ける無礼なダノン。
「また、わかりきったことを」
ステーがハハハと高笑う。
「これはこれは、エンドールの少将閣下ですか。ダノン司祭、運が良かったですな。仲裁という体で、今回の失態、幕引きができますな。クルツニーデの一役員程度に、神聖なオールズ神官が追い払われたとあっては、沽券に関わってたでしょうな。せっかくのチャンスですよ、これを機に何か笑える捨て台詞でも残して、さっさと消えてくれませんか。あとのことは、こちらの少将閣下と、お話しさせてもらいますので」
ポーラーがダノンにいいながら、懐から名刺を出してくる。
ステーは、ポーラーから名刺をもらい敬礼をする。
「なによ~、またエンドール軍の仲裁かよ。せっかく面白いことに、なるかと思ったのによ」
アモスがつまらなさそうに、「魔の巣」の敷地内で話し合っている、黒服とエンドール軍人をにらむ。
「何事もなくて、良かったじゃない」
リアンは、ほっとひと安心している。
「オールズの神官さんたち、帰っちゃいますね~。あの人たち、いつも軍人さんに、追い払われてる感じですね~」
そういってヨーベルが、クスクス笑う。
ダノンを含めた僧兵たちは、乗ってきたバンに乗り込んでいく。
「そ、そうだ、エンドールの軍人に、ヨーベルが見つかるの、マズいかもしれないよ。ここから離れたほうがいいよ」
リアンが、思いだしたようにいい、ヨーベルの手を引く。
「このバカ、髪型も変わってるんだし、見つかるとも思えないわよ。心配性なのねぇ、リアンくんは」
アモスがいうが、リアンはヨーベルの手を引いて、集まっていた人混みの中に分け入っていく。
「ああん! ちょっと、待ちなさいよぉ」
アモスが慌てて追いかける。
「どんなことがあるかわからないよ、僕、みんなと一緒にエンドールに帰りたいんだ。だから、少しでもリスクのあることは、避けるようにしようよ」
リアンが、ヨーベルの手を引きながら、アモスにいう。
「はいはい、了解よ」
リアンたちは、クルツニーデとオールズ教会の騒動の現場から離れ、その先にあるという、アシュンの父親が所属するという劇団に向かう。
リアンたちの進行に逆らうように、騒動に興味のある野次馬たちが「魔の巣」方面に、何事かと歩いていっている。
「嫌なことは忘れて、アシュンの言伝届けなきゃ!」
気分を入れ替えるようにリアンはいい、カバンから例のヒュルツの村のパンフレットを取りだす。
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