7話 「交差する恫喝」 其の三

「警備のために、兵を配備しますが。この街の遺跡も、いやぁ、多いですな……。しかし、なるべく連携を取るようにしますので、今回のようにオールズ教会が……。いや、パルテノ主教の配下の者が現れたら、すぐに連絡をください。パルテノ主教の横暴に関しては、軍が特別に対策を講じていますので、すぐに対処可能です」

 ステー少将が、クルツニーデの人間と話している。

 ステーは、街にある遺跡の位置の地図を見ながら、部下に話しかける。

 部下が懐から地図を取りだすと、ステーの持つ地図の遺跡の場所を複写していく。


 その様子をポーラーが眺め、部下から水をもらう。

「ご苦労さまでした」

「まったく、青天の霹靂とは、このことだな」

 水を一息に飲みながら、ポーラーがいう。

「噂には聞いていたが、あれが悪名高いパルテノの僧兵集団か。だが、相手が無知なバカで、他愛もなかったな」

「まったくです、連中の理論など支離滅裂。時間の無駄とは、まさにあのことですね」

 部下がポーラーに笑い、空のグラスを受け取る。


「そういえば、久しぶりにあの方が来られていますが、お会いになられますか?」

 部下が、こっそりとポーラーにいう。

「おおっ! 彼女か?」

「はい、今、事務所にいるのですが……」

 部下がいうや、ポーラーは脇目も振らず事務所に駆けだしていく。

 ひとり取り残された部下が、呆然とした表情になる。

「ハハ、鬼のポーラーも、あの女の魔力には骨抜きか」

「まあ、実際いい女であるのには、間違いないか」

「だが、正体不明の女に入れ込んで、大丈夫なのかね……」

 事務所にダッシュしていったポーラーを見て、部下たちが若干不安そうにいう。

 ガチャガチャと、事務所のドアのカギをポーラーは開けようとしている。

 その様子を眺めながら、部下のクルツニーデ職員が話している。

「しかし、あの女、何者なんだ……。在野の遺跡研究家とかいってるが、本業は何をしているのやら」

「舞台女優か、何かなのかねぇ……」


 ドタドタとポーラーは階段を上がる。

 ドアをノックする。

 そして、身だしなみを整えるポーラー。

「どうぞ」という声がする。

 ドアを開けると、部屋にはひとりの女性がいて、デスクで古文書を読んでいた。

「おはようございます、ポーラー博士。カッコイイ勇姿、お見せしてもらいましたわ」

 そういって振り返った女性は、短髪の、肌の黒い黒豹のような女性だった。

 スラリと伸びた足を、振り向きながら組み替える仕草をする女性。


「今日は朝から来てくれたのだね、うれしいよレンロくん」

 ポーラーが、心からの笑顔をたたえていう。

 レンロと呼ばれた女は、クスリと笑うと、パタリと古文書を閉じる。

「あなたにとって今は、いろいろ気が気でない時期ですものね。それは、わたくしも同じですわ」

 レンロはそういって、クスクス悪女のように笑う。

「例の遺跡を巡る、じらしプレイは寛容できますが、わたしの抑えきれない知的欲求も、理解してもらいたい。部下の手前、遺跡の件、手早く仕上げたいんだよ。いつになったら、実行を許可してくれるんだい?」

 ポーラーが、頼み込むようにレンロにいう。


「もう……、焦らないでください。遺跡の件は、すべてあなたの功績という約束は、お守りしますわ。こちらも、準備すべきことが多いのですよ。あなた以外のお方とも、それなりに接点があるのですよ」

 レンロの言葉に、ポーラーは嫉妬に似たような気持ちになる。

「間を取り持つわたくしとしても、方々からせっつかれて、気苦労が意外と耐えないのですわ。せめて、ポーラー博士だけは、寛容なお心で待っていただけたら、うれしいですわ」

 そういって、レンロはまた見せつけるように足を組み替える。


 僧兵相手には、冷徹な表情で対応したポーラーだが、レンロの前では従順な犬のようになってしまう。

 彼にとっては、とある遺跡を巡るキーパーソンとしてレンロを見ると同時に、純粋に女性として惚れているのもあったのだ。

 謎の女性レンロは、とある企業の営業職をするかたわら、在野で遺跡の研究をしている才女だった。

 その正体は、実はニカ研に属する「シルヴァベヒール」という秘密組織の一員なのだが、ここではそのことは当然秘密にしていた。


 父親から二代に渡り、カイ内海の海中に没したティチュウジョ遺跡を、ポーラーは専門に研究していた。

 そんな時、突然、在野の研究家を名乗るレンロが現れたのだ。

 レンロは、ポーラーの見たことない古文書を持参して、ティチュウジョ遺跡の研究にくわわったのだ。

 レンロは独自のネットワークを持っているらしく、それについてはポーラーでも把握できていなかった。

 自身の詳細を明かさず、クルツニーデの支部長でもあるポーラーを、ダシのひとつとして使うことに、最初はポーラーも憤った。

 しかしいつしか、レンロの魔性の魅力に取り憑かれたポーラーは、彼女に振り回されるようにまでなっていたのだ。

 そしてそれを、楽しんでいる自分自身がいることも、ポーラーは自覚していた。


「遺跡は再び、姿を見せますわ。それは間違いありません。ですが、それには必要な時間がありますの。そのための用意も、わたくし水面下でしないといけませんしね。ポーラー博士は、その時を心待ちにしてさえいれば、研究者として名声を得ることができますわ。お父様とご一緒にね」

 レンロはそういってポーラーに近づくと、ふわりと抱きつき、胸に顔を埋ずめる。

 ガバリとポーラーが、強く抱きついてくるのをレンロは感じる。

 そして、ニヤリと笑い、部屋にある遺跡の絵を見る。


 ティチュウジョ遺跡。


 かつてハーネロ期に、カイ内海のど真ん中に位置した海上遺跡だった。

 その正体は一切不明で、ハーネロ神国滅亡とともに、自沈して海中に没した幻の巨大遺跡だった。

 レンロはポーラーに抱きつかれながら、ぼんやりと窓の外の光景を見ていた。

 動き回るクルツニーデの職員たちが、敷地内に侵入してきた車を外に誘導していた。

 なかなか面白い見物だったが、エンドール軍による仲裁という、つまらないオチになったのがレンロには残念だった。

 今、軍用車が帰路につき、若干荒らされた敷地内を職員が整備している。


 ポーラーの手が、レンロの身体をなで回してくるが、好きにさせておく。

 デスクに押し倒され、逆さに見える清掃中の風景の中に、黒と白のデザインのSTAFFジャンバーを着た職員の姿が見える。

 ポーラーの熱い感触を感じながら、そういえば、あのスタジャンの出処を探れとも、いわれていたことをレンロは思いだす。

 ジャルダン刑務所で遭遇した、謎の女が着ていたらしいが、それといった捜査結果もまだ出ていないようだった。

 あのスタジャン自体は、クルツニーデの末端の職員が着る、大量生産される支給品にしかすぎないのだ。


 特A級の、指名手配が出ている謎の女が着ていたらしく、仲間内で草の根で捜索が行われているのだが……。

 クルツニーデに関わる女とされてはいるが、適当に拝借したのを着ていただけの可能性も、捨てきれていないのだ。

 なにせジャルダンの遺跡に関しては、すでにクルツニーデの保護下を離れて、放置されていたというのだ。

 そんな場所に、クルツニーデの人間がいつまでも居着いているのはおかしかった。

 なら、いったい女の正体は何者なのか?

 ますます謎の女の存在感が、引き立つ結果になっており、捜索は難航していたのだ。

 そんな謎の女のことを考えながら、レンロは身体を触りまくってくるポーラーのことを適当にあしらう。


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ここで第一章で登場してきたシルヴァベヒールのメンバーが登場してきます。

彼らは、こういう形でこれから本編に登場してきます。

どんなキャラだったかは、第一章を再度お読み頂けるとありがたいです。

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