8話 「違える現実」 前編

 その高台からは公園が見下ろせた。

 そして、公園には多数の人々が集まっている。

「わぁっ! お祭りでしょうか! なんだかプラカードいっぱい持った人がいますよ~。太鼓も持ってます、楽しそうですよ~」

 メガネを掛けてから視力が良くなったヨーベルが、その光景を最初に見つけた。

「お祭り?」

 リアンが、ヨーベルに駆けよってくる。

「ヨーベル、勝手に走んじゃないわよ、危ないっていってるでしょ」

 アモスが、ヨーベルを注意するようなセリフをいう。


「お祭りなら、見に行きたいのです!」

「お祭りってあんた、あれはデモじゃない」

 アモスが公園で集まる人を見て、不快そうに見下ろす。

「サイギンで見たでしょ、あの騒ぐだけで何もできない、クソ無能どもよ」

「ああ~、ヒロトちゃんのやってた感じの、アレですか」

 ヨーベルが何やら、冷笑を浮かべていう。


 しばらくすると、ドンドンドンと太鼓の音が聞こえてくる。

 それに合わせて、シュプレヒコールが響き渡る。

 サイギンで嫌というのほど耳にした、毎度おなじみのリズムと、かけ合いが大合唱される。

 デモ部隊は公園から、さっそくどこかに向かって行進を開始する。

「結局この街でも、似たような連中は出てくるわけか。様式から何から何まで、おんなじってどういうことよ。暇な仕掛け人でも、いるのかしらね。なんか扇動して、人動かしてるような卑怯なヤツ、あたしってば一番嫌いなのよね。見つけだしたら、喉、掻っ切ってやろうかしら」

 そういうや、アモスの袖がリアンに引っ張られる。

 リアンは、無言で訴えるような、悲しそうな目をしている。

 アモスが、はぁとため息ついてから、ニコリと笑いかける。


「ナイフはもう捨てられたので、誰も喉、斬られることもないですよ~。ですよね? アモスちゃん」

 後ろからヨーベルがふたりに向かって、これまたニヤニヤしながらいってくる。

「なんの笑いだよ、不愉快な表情してんじゃないわよ」

 そういってアモスは、ヨーベルの額にチョップをかましておく。

「とりあえず、デモとか今はいいじゃない。あの角を曲がった先が、劇場みたいだよ、急ごう」

 リアンが、前方を指差していってくる。


「この一件が終わったら、せっかくだから港のほう、行ってみましょうか?」

「あら? リアンくんにしては、迂闊な発言ね」

 リアンに、アモスが笑いながらいう。

「えっ、どうして?」

「港は、エンドール軍が大挙して陣取ってるじゃない、そんなとこに、この馬鹿娘連れて行くっての?」

 アモスにいわれ、自分が確かに迂闊な発言をしてしまったことに、リアンは気づく。

「港に行くのですか、船見たいです~」

「行かねぇよ!」

 重みのある理不尽な手刀を喰らうが、ヨーベルはニコニコとしてうれしそうだ。


「劇団ロデオ」というのが、その劇団の名前だった。

 騎手が、暴れ馬にまたがってるロゴマークが目につく。

 劇場自体はそれほど大きくはないが、隣の建物の三階部分に劇団の事務所が入っているらしく、経営は順調に思える。

 壁の掲示板には、公演中のポスターが貼ってある。

「夢の結末」という、タイトルのようだった。

 次の公演を待つ客の姿が、チラホラと見える。

「終わるまで、もう少し時間がかかるね」

 リアンが公演時間を見てから、周囲を見回す。

 劇場の周辺には、雑貨屋や洋服屋など、若い人が好みそうな商店が軒を連ねている。

 ヨーベルが、さっそくそちらに目移りしていて、ぼんやりと店舗を眺めている。


「実際、やっては来たものの。どうやって、親父と接触するの? 劇団所属の脚本家なんて、そう簡単に会えないでしょ。まずは例の手紙みたいなの、事務所に行って見せて、事情を話すなりしてみる?」

 アモスがリアンに、柄になく建設的な提案をしてくる。

「そうだよね、お芝居を観にきたのが目的じゃないものね。なんだか、こういう人探しだから、もっと劇的なの勝手に想像してたよ、僕」

「アハハ、何よそれ」とアモスが笑う。

「具体的なビジョンは、なかったんだけどね」

 リアンが、照れくさそうにつられて苦笑う。


「じゃあ事務所に、お邪魔してみようか」

「そうね、で、アシュンの親父、名前なんだっけ?」

「えっと、ドリム・トマルさんだったよ」

 リアンが、上の空のヨーベルの手を引いて、アモスと一緒に事務所へ上がる階段に向かう。

「お父さん、どんな役者さん、なんでしょうね? アシュンちゃんのお爺さんや、叔父さんの容姿から察するに、けっこう骨太なミドルダンディかもですね」

「役者じゃなくて、脚本家でしょ」

 ヨーベルの勘違いを、アモスがチョップを放つと同時に訂正する。


 そして、吸っていたタバコを地面に捨てようとするが、いきなり腕をつかんできたヨーベルがそれを止める。

「ポイ捨て厳禁ですよ、めっ!」

 ヨーベルが、ゴミ捨て禁止の張り紙を指差す。

 反射的に手刀を、ヨーベルは食らう。

「あれ~、お嬢ちゃんたち、どちらさん? この先は、関係者以外入れないよ」

 事務所の階段横の路地で、座り込んでいた中年男性が、声をかけてくる。

 男性は箒を肩にかけ、タバコを吸いながら休息していた。


「ねぇ、この吸い殻、処分してくれる?」

「あいよ、綺麗なおねぇさん。でも、事務所には立ち入り禁止で頼むよ」

 アモスから吸い殻を受取り、足元のちりとりに放り込む中年男性。

 上着に劇団のロゴマークがあるのを、リアンは見つける。

 どうやら、劇場の清掃員らしいが、前歯がない笑顔でアモスの生脚を見つめている。

「僕たち、ある人から頼まれて、こちらの劇団の方に会いにきたんですよ」

 リアンはヒュルツの村のパンフレットを、かばんから取りだす。


「ああ、そうなのかい、その人ってのは、身内の方とかかい? たまに変なファンが来るから、おいそれと人は通せないんだけどねぇ」

 清掃員の男性が立ち上がり、リアンの出してきたパンフレットを見る。

「ん? ヒュルツ?」

 清掃員がそれに気がつくと同時に、向こうから声がかけられる。

「あ~! ドリムのおっちゃん! また掃除サボって、タバコ吸ってたの? ここ全然、片づいてないじゃない!」

 若い劇場女性スタッフが現れ、清掃員の男性に注意する。

「ああ、面目ない、ちょっと疲れちゃってねぇ。これからするよ~」

「今の公演が終わるまでに、綺麗にしといてよ!」

 若い劇場女性スタッフに謝る清掃員。

 その様子を見ながら、アモスとリアンは「えっ?」という顔をしていた。


「いやはや、人使いが荒くてたまらんよ」

 照れ臭そうに、箒を手にした清掃員がいう。

「おっちゃん、あんたドリムっていう名前なの?」

 アモスが尋ねる。

「そうだよ、そんなの気にして、どうしたんだい? っていうか、そのヒュルツってのは懐かしいね、わたしの生まれ故郷さ」

 そういってドリムと名乗る清掃員が、リアンの手にしているパンフレットを指差している。


「あ……、そ、そうなんですか」

 リアンは絶句したようにいう。

 状況を察したような感じになり、リアンがモジモジとしだす。

「誰探してるんだい? なんだったら、事務所に行って呼びだしてもらうけど」

 ドリムという清掃員がいう。

 リアンは目が泳いで、アモスを見つめる。

「おっちゃんってさ、まさかとは思うけど……」

 そこまでいってアモスは言葉を止める。

「いや、なんでもないわ。悪いわね、仕事の邪魔して。あたしら出直してくるわ」

 アモスがそういって、リアンのパンフを手に取る。

「あれ? いいのかい? 言伝ぐらい頼まれるよ」

「いいのいいの、じゃあ、リアンくん行くよ。ほら、ヨーベル! ぼうっとしてない!」

 アモスがヨーベルの手を引く。


 リアンは、清掃員に深く会釈をする。

 その時、清掃員の名札に「ドリム・トマル」の名前が見えたのを確認した。

 挨拶した後、リアンもアモスを追いかける。

「なんだっていうんだ~?」

 残された清掃員が呆然と、立ち去るリアンたちを眺めている。

「ドリムのおっちゃん! 掃除は!」

 また、劇場女性スタッフの叱責が飛んでくる。

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