18話 「海上遺跡」 前編
「ティチュウジョ遺跡研究資料館」というのが、その建物だった。
リアンたちが入り口で、濡れた傘を傘立てに預ける。
傘立ての簡易な鍵を手首にかけると、ヨーベルが「ブレスレットみたいです」とよろこんでいる。
傘を振って水気を切っているアモスのことを、警備員が怪訝な顔で見てくる。
リアンが素早くそのことに気づくと、警備員に頭を下げてアモスに小声で注意する。
細かいわねぇといったアモスが、訝しんでいる警備員に尋ねる。
「当然、館内禁煙なんでしょ?」
「字が読めるなら、守って頂けるとありがたいですね」
禁煙の看板を指差して、これみよがしにモップを持ってきて、地面の濡れている箇所を拭き掃除する警備員。
リアンはアモスを引っ張って、先に館内に入っていったヨーベルを慌てて追いかける。
「ヨーベル、ちょっと待ってって! 館内走るの厳禁だよ!」
リアンが、先行するヨーベルに声をかける。
「リアンくん、館内は静かによ」
アモスが、ニヤリとしながらリアンにいってくる。
カイ内海近辺の、大きくて精巧な模型がその大広間にあった。
そのカイ内海の中心に、まるでひとつの街のような大きさの建造物の模型が、ドスンと存在していた。
「これがティチュウジョ遺跡ですか~」
ヨーベルの頬が紅潮して、巨大な建造物の模型を眺めている。
興奮気味のヨーベルは模型の周囲を歩き回り、遺跡の全景を眺め回す。
館内には他にも来客がいたが、ヨーベルの真剣さを、コソコソと噂しているようでもあった。
リアンはヨーベルが変なことをしたり、いったりしないように、くっついてガードしていた。
珍しくアモスも、おとなしく展示物を観察していた。
謎の巨大遺跡というモノが放つ壮大な謎とロマンに、アモスでも多少興味を惹かれるものがあったようだった。
模型の周囲には、ティチュウジョ遺跡に関する文献や内部の予想図が展示されていた。
ハーネロ期の遺物でも、この遺跡に関してはいっさいが謎に包まれているのだ。
そもそもなんのために存在していたのかも不明で、ハーネロ側も何を用途にして使っていたのかが、いっさいわからないのだ。
そして、この遺跡はハーネロ期に造られたものではなく、もっと古い時代のものらしかった。
超古代文明、通称ノベルドマークと呼ばれる時代の遺跡というらしい。
そんな遺跡を、どうやってハーネロ神国は復活させたのか、というのも謎のひとつになっていた。
「全長およそ八百メートル、海に浮かぶ巨大なビル群でもあり、夜でも煌々と光り輝くその異様な海上の遺跡を、当時の人々は不夜城と呼んだ」
遺跡の説明とともに、当時の様子をスケッチしたいくつものイラストが、大事に展示されていた。
チラシの裏紙や、安い紙で書かれた粗末なスケッチだが、当時の遺跡の姿を残す貴重な資料として、厳重に展示されていた。
「クルツニーデの人たちがこれ、必死に集収したんだろうね」
リアンがスケッチを眺めながら、統一感のない材質に描かれた、様々なタッチのティチュウジョ遺跡のスケッチを眺める。
「小さな子どもの落書きも、一級品の資料なのね。ウフフ、なんか笑える」
アモスが、当時の幼児が描いたであろう、稚拙な絵を見つけてクククと笑う。
そんな絵でも、遺跡の存在感はよく表現できていて、どこか迫力すらあった。
「こんな大きなモノが、今も海中に没していると思うと、もうたまんないです~」
ヨーベルが興奮してクネクネしている。
「わたし素潜り得意なんですよ、潜って見ることできないでしょうかね~」
ヨーベルが興奮気味に、どこかでいったようなことを再び口にする。
「どうして沈んじゃったんだろうね?」
「根本が崩れて崩壊でもしたんじゃないの?」
リアンの疑問に、アモスが素っ気なく答える。
「ハーネロ神国の崩壊とほぼ同時に、遺跡は海に没したらしいです。滅亡を悟ったハーネロさんの人たちが、自爆スイッチを押したのかもです」
「うわぁ、あんたらしい発想ね」と、アモスが半笑いでヨーベルにいう。
「それほどでも~」と、何故かまんざらでもないヨーベルのしたり顔。
「根本的にこの遺跡の用途も不明だけど、そもそも、こんな巨大なものを超古代文明の人たちは、どうやって海上に建てられたんだろうね? ハーネロ神国は失われた技術を復活させたみたいだけど、それもどうやったんでしょうね? 」
リアンが改めて遺跡の巨大な模型を眺めながらいう。
「ハーネロの技術は、後世に残すべきものが多くあった、当時のフォール軍は復讐心の結果、早計な愚行を犯した。ハールアムたちに対するジェノサイドは、決して風化させるべきではない! だってさ。思いっきり現王朝批判と恨み節ね。この遺跡の研究してた人間の言葉らしいけど、こんなの残してて、ここよく平気ね。普通なら取り壊しモノじゃないの」
アモスが研究員の残した言葉を読んで、少し感心したように笑う。
「ポーラーさんって人が、この遺跡の研究の第一人者みたいだね」
リアンが肖像画として描かれた八十歳ぐらいの、威厳のある老人の人物画を見る。
「エグリフ・ポーラー」という人物らしく、現在もまだ生存しているようだった。
「年齢はもう八十歳を越えてるってのに、まだ研究をつづけてるんだね。すごい執念と情熱ですね……。本気で情熱を持って行動する人ってのは、どんなジャンルでもやっぱり尊敬できますね」
リアンが感心したようにいう。
「クルツニーデは嫌いよ。でも、この爺さんは、元々地元の在野の遺跡研究家だったみたいね。周囲からキチガイ扱いされながらも、黙々と研究をつづけていたそうね。国からの逮捕歴もすごいじゃない、なかなか気骨のある爺さんね。こういうヤツは、さすがのあたしでも評価しちゃうわよ」
ポーラー老人の生い立ちのパネルを読んだアモスが珍しく、クルツニーデの関係者を褒める。
「この建物の館長さんでもあるんですね~。サイン欲しいかもです」
ヨーベルがうれしそうにいう。
「中、ほんとになんだったんだろうね? ハーネロンを生産するような工場だったのかな?」
リアンが、ハーネロン製造機関としての可能性を示したパネルを眺める。
「でも、そういう用途の施設は、他にたくさんあったっていうじゃない。わざわざ、海上でやるようなモノでもないんじゃないの」
アモスがけっこうノリノリで、いつもならくだらないと一蹴するような話題に乗ってきてくれる。
「そうなんです~。ハーネロンの製造工場みたいなのは、実際他にいっぱいあったみたいなんですよね~。だとすればこの遺跡はなんのためにあったのか、ますます謎が深まりますね!」
ヨーベルが瞳を、キラキラさせながら興味津々でいう。
この施設はクルツニーデの管轄する建物なので、ある種治外法権だった。
なので、普段なら禁止されているようなハーネロ神国の話題も、比較的自由にできるようだった。
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