17話 「ストプトンの受難」

 ストプトンは、帳簿の管理を薄暗い部屋でやっていた。

 記述をするたびに、自然と舌打ちが漏れてしまう。

 鉄仮面と呼ばれていたほどのストプトンだったが、強引にキタカイにつれてこられてからというもの、感情表現が多くなってきていた。

 主に不満と怒りの感情が、噴出しやすくなっていた。

 主であったネーブ主教の殺害後、ストプトンは同僚から要らぬ誤解や詮索を受けまくった。


 有能な新参者として、ストプトンはネーブからは重用されていた。

 しかしネーブの死後、彼を疎ましく思っていた同僚たちから不遇の扱いを受けてしまう。

 しかも、ネーブの死で得をする人間として、様々な悪評を流されて尋問のようなことを受ける日々がつづいたのだ。

 当然警察関係者からも、重要参考人として何度も取り調べを受け、精神的な負担も多大だった。

 そんな不遇な時期を過ごしていたストプトンの元に、僧兵団の上司のクルマダが突然やってきたのだ。

 クルマダは理由も特に説明せず、ストプトンを半ば強引にサイギンからキタカイにつれてきたのだ。

 飼い殺し状態になり、去就について悩んでいたストプトンは、仕方なくクルマダの誘いに乗ったのだ。


 しかし、やってきてストプトンは後悔しかなかった。

 得意の事務手続きを任され、忙殺されるのは、やり甲斐があって問題なかった。

 だが、よりによってクルマダが異動を決めた先が、悪名高いパルテノ主教だったのだ。

 パルテノ主教は、マイルトロンで信仰の名の基に、大量の殺戮を行った悪逆非道の破戒僧だった。

 五主教のひとりとして数えられる人物だが、その人選には謎や疑問が多い。

 狂信者集団と呼ばれる、ガミル聖堂騎士団の指揮官として、最前線で指揮をして戦闘行為にも参加するバリバリの武闘派だった。


 元々はオールズ教会では異端とされ、かつては破門までされていた宗派の人物なのだ。

 五主教としても勢力は最弱最小だったのだが、マイルトロンでの戦闘行為で、虐げられていた若い領民たちを信徒として編成。

 いつの間にか武闘派狂信者集団として、その勢力が無視できなくなっていた人物だった。

 彼らの部下の僧兵部隊が、極度に好戦的で強引なのも、マイルトロンでの悪行をそのまま引きずっているからでもあった。


 戦闘行為で略奪した財宝の管理が、ストプトンの任務だった。

 その膨大な略奪品の多さに、ストプトンはパルテノどもの悪行ぶりに吐き気を催したくもなる。

 しかし、今は我慢をして黙々と業務に没頭していた。

 どうしてそんなパルテノの元に、嫌々ながらも就くのか。

 ストプトンのその理由は、「好奇心」だった。

 悪逆の破戒僧として悪名の高いパルテノ主教という人物が、どれほどの男なのか、一度確認してみたかったのだ。

 だが、キタカイに来てからというもの、まだ一度も目的のパルテノ主教とは会えていなかった。

 そもそも、何をしにキタカイに来ているのかも不明なのだ。

 その辺りをクルマダに訊いても、彼も知らされていないという。


 今はダノンとかいう、自分より若い、どこか薄気味悪い男の下にストプトンは就いていた。

 端正な顔をした若者だが、その視線に凶気と怪しい光を宿し、人間としては信用できない男だった。

 そんなダノンからは比較的重用され、ストプトンは財産の管理を任すという重要な任務を授かった。

「いつまでこんな任務を、つづければいいんだろうかな」

 ストプトンは目頭を押さえ、疲れを取る。

 つい気を抜いてしまうと、同じような愚痴が口をついて出てしまう。


 怪物パルテノの正体を一度でも確認したら、自分の気も済み、次の行動に移る転機にもなると思っていた。

 では、次の行動というのは何か?

 ストプトンの中では、一応の答えは存在していた。

 かつて所属していたライ・ロー率いる特殊部隊「サルガ」に戻るというものだった。

 ネーブの死後、旧友のキネやライ・ローが尋ねてきてくれて、隊への復帰を勧めてくれたのだ。

 しかし、当時ネーブ主教殺しの一件で尋問に忙殺されていたストプトンは、その機会を逸してしまったのだ。

 今回クルマダの誘いに乗ってしまったことで、「サルガ」の連中とも離れ離れになってしまった。


「今は、雌伏の時だろうな……。焦ったところで、どうしようもない。せめてパルテノがどこにいて何をしようとしてるのか、それだけでも確認したい」

 そういったストプトンが、窓の外から人の気配を感じる。

 窓から見下ろすと、ダノン司祭とその配下たちだった。

 ダノンは部下に命じてバンの整備をさせている。

 そして地図をのぞきこんで、進路を検討しているようだった。

 ダノンは地図を持っている部下に、やたら密着していた。

 見ていて気分のいいものじゃないと、ストプトンは感じた。


「先日クルツニーデに返り討ちにあったと聞いたが、本当に狂犬なんだな。連中に勝ち目などあるわけないだろう。ダノンのヤツ、必死に実績を求めているようだが、喧嘩を売る相手が悪すぎるだろ。あんなヤツにつき従っても、悲惨な未来しか見えんな」

 ストプトンはデスクに戻ると、大きくため息をする。

 鏡に映った自分の疲れきった顔を見て、何故だか自嘲的な笑顔になってしまう。

「フハハ、逃げたいな……」ポツリの本心が漏れてしまう。


 すると、ダンダンと、乱暴なノックの音がする。

 途端、不快な顔になるストプトン。

 反応を待たずに、ドアを開けてきたのは上司のクルマダだった。

 クルマダの顔を見るなり、不平不満の内心とは裏腹に、表情はいつもの無表情な鉄仮面にストプトンは戻る。

「何事でしょうか?」

「出発の用意をしろ、今夜街を出る」

 ストプトンの質問に、クルマダは素っ気なくいい放つ。

 理由を訊いいたところで、答えるはずもないのを知っているストプトンは無言で一礼する。


「パルテノさまと、ようやく合流する。フフフ、ようやくだ。で、ほら、土産だ」

 珍しくクルマダは上機嫌で、ストプトンに要件以外を口にする。

 そして、ポイとタバコの束を放り投げてくる。

 それを受け取るストプトンが、無表情でクルマダを見る。

「せっかくの土産だというのに、どこまでも無愛想なヤツだな。これからダノン司祭の元で、ともに成り上がっていく仲間への餞別だというのにな。少しは、そのつまらない性格を治すように、努力でもしたらどうなんだよ」

 クルマダからそんな言葉をかけられ、ストプトンの眉がわずかに動く。


「孤高をいつまでも、気取ってるんじゃないぞ。飲み会も拒否ったようだし、何が目的で、貴様は生きてるんだ。クソつまらん! もう少し人生を楽しむように、努力ぐらいしろよな」

「ほらよ」といって、クルマダはライターをひとつ投げつけてくる。

 ストプトンの言葉も待たず、クルマダはドアを締めて出ていく。

「……最悪だ」

 ストプトンは、手にしたタバコとライターを眺め、不快を露わにして顔を歪めて吐き捨てた。

 くだらない馴れ合いを求めてきたクルマダを、心の底から軽蔑する。


 仲間内との協調性を求めるのは、悪いことではないだろうが、人には向き不向きがある。

 ネーブ主教の配下の時は能力を買われ、同じ僧兵仲間のクルマダ一味とは、ほぼ接点を持たなくてもやっていけたストプトン。

 しかし、新しい環境になったことで、ストプトンが一番苦手とする、コミュニケーション能力を求められるようになったのだ。

 ストプトンにとっては、はっきりいって悪夢のような展開だった。


 ワンカートンのタバコを握りつぶし、ストプトンは床に投げ捨て、足で踏み抜く。

 ここまで感情表現を露わにしたのは、ストプトンにしたら、はじめてといっていっていいほどだった。

 そして、手に残ったライターを見る。

 トランプと、ダイスとバニーガールが描かれた、安っぽい代物だった。

 そして、ライターには「勝利の白黒うさぎ亭」と宿の名前が刻印されていた。

 クルマダたちがこの街に来て以降、ずっと入り浸っているカジノつきホテルだった。

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