16話 「怪しいふたり」

 アートンとバークが、役場の観光課にきていた。

 ここで、ヒュルツの村出身の観光課の課長と出会う。

 ヒュルツの村の観光アピールのプレゼン資料と、地味に荷物になっていた干し魚を入れた段ボールをようやく渡すことができた。

 観光課の課長は、村の観光地化を熱心にやっている熱い人物で、訪問してきたアートンとバークは別室で厚いもてなしを受ける。

 課長の暑苦しさに若干辟易していたが、アートンとバークは昼休み前になんとか解放された。


 役場から出てくると、また雨が降りそうな天気になっていた。

「しっかし、熱い人だったな」と、バークがため息をつきながらいう。

「あれぐらい情熱がある人が頑張っていれば、村の観光地化も成功間違いない感じだな」

 アートンが同意しつつ、ヒュルツの今後は安泰だろうと思う。

「そういや、リアンたち、傘買ってたよな。俺たちも買っておこうか、また降りだしそうだぜ」

 アートンがそういって、目についた雑貨店を指差す。

「傘は荷物になるからなぁ。でも、まあ安いのでも買っておくか」

 バークが一番安い折りたたみ傘を、二本手に取る。


 アートンは、店の奥で売っている雑貨を見ている。

 真剣な表情で、アートンはティーカップなんかを見ている。

「どうしたんだ? こんなものより、こっちのが良くないか?」

 バークがやってきて、別の棚にあるキャンプ用の、無骨なカップを指差す。

「コーリオの花の捜索に、キャンプが必要な場面もあるしな。そんなのじゃ、かさばるし割れるかもしれないだろ」

「いやいや、これからまたクレッグに会いに行くだろ。土産でも、買っていってやろうかと思ってな」

「ああ、そういうことか」

 バークが、アートンの品定めしているティーカップを見る。

「どれも値段が中途半端な感じだな、贈答品としては微妙じゃないか?」

「う~ん、やっぱりそう思うよな……」

 アートンは、苦笑いしてティーカップを棚に戻す。

「親友だったら、変に気を使わせるのもなんだし、今日は手ぶらでもいいんじゃないか?」

 バークの提案にアートンが同意する。


 雑貨店を出ると、雨が小降りだが降りだしていた。

 アートンとバークはさっそく買った傘を開く。

 同時に、目の前をバンが数台通り過ぎる。

 何事かと思い、行き先を目で追うと、さっきまで訪問していた役場に停車する。

 そして、バンの中から大量のオールズ神官がわらわらと出てくる。

 一番偉そうな僧衣を着た神官が、先頭に立って部下たちを建物に引きつれていく。

 それを見て唖然としたアートンとバークが、神官たちの様子をうかがう。


「どうやら、キタカイにもオールズさんが本格的に乗り込んできたみたいだな。あの紋章は、リグスター主教のマークだ」

 バークがバンのフロント部分に取りつけられた旗を見て、リグスター主教のものだと気づく。

「リグスター? 五主教のひとりか? 俺はあんまり知らないヤツだな」

 アートンが、ゾロゾロと役場に入っていくオールズ神官たちを見て、首をかしげる。

「それほど有害でもなく、可もなく不可もなくって印象の坊さんだよ。印象がそれほど強い主教ではないが、悪い噂も特に聞かない。おそらく、ネーブ主教が抜けた穴を、さっそく狙ってきたんだろうな。あの坊さんは、説法が上手いと評判だから、ネーブみたいな実弾攻撃をするだろうかな? なんにせよ、昨日リアンたちがまた見たっていう、ヤバい僧兵集団よりかはマシだろうよ」

 バークがアートンに説明してくれる。


「そういや、例の僧兵集団って、噂のパルテノ主教の部下って話しは本当かな? パルテノの悪名は俺でも聞き及んでいるぐらいだよ。サイギンでも見かけたらしいが、リアンたちによれば、こっちの街にも来ているんだな。そんな狂人どもに、出会いたくないものだな……」

 アートンが、眉間に皺をよせて不快そうにいう。

「そもそも、パルテノ主教ってヤツは、布教を目的とせずに、信仰を名目にした戦闘行為に特化した破戒僧集団なんだよな。そんな連中が対フォールの最前線に来てるってことは、やはり戦闘するのが目的なんだろうな。マイルトロンでは相当暴れまわったらしいが、ヤツらも海戦にも参加するつもりなのか?」

「さすがにそれは、わからないが……」といい、バークが考え込む。

「いっそのこと、海の藻屑になってくれたらって思うよ……」

 バークが珍しく、若干物騒なことをつぶやいたのを、アートンはドキリとするが、今回は聞かなかったことにした。



 メンバイルが、検問の任務から休憩に向かっていた。

 降ったり止んだりする雨は、今はまた止んでいる。

 途中部下たちと出会い、敬礼で迎えられる。

 今日もそれといった、怪しい人物を見つけるようなこともなかった。

 退屈な任務に飽き飽きしていたメンバイルだが、それもあと少しとのことだった。

 検問の任務が近日中に、フォール警察に移譲されることになったのだ。


 メンバイルたちは湾岸警備の任務に、部隊ごと再編されるらしかった。

 チル中尉は、もう少し部隊長として同任務に就くことになるが、近く後任の上級尉官が異動して引き継ぐらしい。

 上官が誰であろうと、チル中尉よりはマシだろうなぁと、メンバイルはぼんやりと思う。

 だが、あの挙動不審の頼りのない上司がいなくなることに、寂寥感があるのも事実だった。

 メンバイルが、通りの向こうに同僚のゴスパンを見つける。

 ゴスパンは何やら、誰かを監視をしているような感じだった。


「おい、どうしたんだ?」

 メンバイルがやってきて、角から様子をうかがっているゴスパンに声をかける。

「ああ、おまえか……。いやな、またあの男が、来てるんだよ」

 ゴスパンが通りの向こうを指差す。

「あの男?」

 メンバイルもデカい身体を隠すようにして、こっそりとゴスパンのいう方向を見る。

 そこには、チル中尉と談笑している、以前やってきたチルの旧友という男がいた。

「ああ、あの男か……」

「しっかし、くだらない邪推をしてしまうが、あのふたり、ほんと怪しいな」

 メンバイルが苦笑いをしていう。


「チル中尉にはそういう噂もあったが、特に否定もしてなかったからな」

「まあ、そっち方面は、好きにさせればいいだろう。自由恋愛だよ」

 ゴスパンが、ため息をつきながらいう。

「あっちの男は、普通に女にモテそうに思えるのだが、例の世界、ほんとわからんものだな」

 メンバイルが、クネクネしているチルと話している、見た目のいい長身の男を見る。

「おい、今日は、もうひとり増えたぞ」

「何者だ?」

 ゴスパンが驚いていう。

「いい年いったオッサンだな、行商人とかいってたから、部下かなんだろうな」

 メンバイルが、もうひとり現れた、中年の男を見てそうつぶやく。

 ふたりの曹長が見ている男は、当然アートンとバークだった。


 アートンは、今日はチルにバークを紹介していた。

 バークと握手するチル。

 和やかな雰囲気で、挨拶が行われている。

 その様子を見ていたゴスパンとメンバイルが、監視を止める。

「特に、気にするような者でもないだろう」

「そうだな、チル中尉の交友関係に、いちいち口出しする必要もないな」

 ふたりの曹長が休憩を取るために、テントに向かう。


「じゃあ、村に実際に行かないと、何もわからないってことか」

 バークが、腕を組んで考え込む。

「申し訳ないです、村の情報はわからないままでして。コーリオの花も、簡単に見つかるかどうかも、わからないんですよ。わからないづくしのまま、依頼をして本当にすみません。もし、危険なようなら、無理はなさらなくても大丈夫ですよ」

 チルが、申し訳なさそうにいう。

「僕も、もうじき除隊するからね。自分の足で、バスカルの村には向かう予定さ。きみたちと一緒に、村には向かいたいところだけど、まだ先になりそうだからね」

 チルの言葉に、アートンとバークが驚く。


「除隊?」

「軍を辞めるのかい?」

 ふたりが同時にチルに尋ねる。

「そうなんだよ」と、チルが照れ臭そうにいう。

「でも安心していいよ、例の件は、きちんと協力できるよ。信頼できる人間を紹介してあげるから、マイルトロンの件は安心してていいよ」

 チルが、安心させるようにいってくる。

「僕なんかより、はるかに頼りになるヤツだし、心強いはずさ。エリミートっていう男でね、僕と似て後方支援が強みの人物だよ」

 チルの言葉に、アートンとバークはとりあえず安堵する。


「あとね、近いうちに、ここから港の警備に回されるかもしれないんだ。ひょっとしたら、君たちが村から帰ってくる頃には、そっちに移動してるかもしれないよ」

 チルの言葉に、アートンとバークは若干の不安を覚える。

「もしそうなっていたら、港の軍本部に尋ねてきておくれ。それで大丈夫だと思うから」

 チルはさらりとそういうが、軍本部に向かわなければならないことに対する、不安が重くのしかかる。

 しかしそのことは、バークは表情に出さないようにする。

 アートンは考え込んで、不安そうに人差し指をガブリと噛む。


「じゃ、じゃあ、俺たちは明日出発するよ。いい結果出せるようになるべく努力してみるから、おまえも、例の件ほんと面倒だけど頼むな」

 気を取り直し、アートンがチルに別れを告げる。

「うん、今日はせっかく来てくれたのに、いい情報、何も渡せなくてすまなかったよ。バークさんも、今日はわざわざありがとう。絶対に、力になれるようにお約束しますので、ご安心ください。なので、面倒な依頼ですが、どうぞよろしくお願いします」

 バークがそういって、チルと握手をする。

 チルの純粋そうな瞳を見て、こいつは信頼できる男だなとバークは思った。

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