15話 「狙われた剣客」 其の三
「ちょっと待ってくれ、誤解だ。この状況が状況で、信じられないだろうが、ふたりに暴行をくわえようとか思っていない」
キルスクの剣士の代表者らしき男が、慌てていう。
「武装して集団で追い回して、いまさらそんな弁明が通用すると思うなよ! すぐ後ろは警察だ! 事情を説明してもいいし、いっそここで殺し合いしてもいいぞ、どっちが希望だ!」
リンナとガルエンは、アモスの凶相に絶句している。
リアンは必死にアモスをなだめているが、アモスの激昂は未だ消えない。
「え~とだな、そもそも、因縁を吹っかけてきたのはそっちだよなぁ?」
ガルエンがアモスの気迫に気圧され、やや弱気なトーンでおうかがいを立てるようにいう。
「こっちはそんな気サラサラなかったのに、勝手に向こうから突っかかってきたんだぜ。で、こっちとしては、降りかかった火の粉、ちょっと払った程度だろ。それがキルスクとアットワーヌとの抗争に、なったのは理解するけどさぁ。そもそもこっちは被害者じゃん、そこんとこ理解してほしいね~」
ガルエンがヤレヤレという感じでいう。
「他流試合を所望するとか、そちらさん勝手に盛り上がってるけどさ。ほんといい迷惑だよ」
ガルエンの言葉に、アモスが事情をだいたい理解する。
どうやらキルスクの剣士は、面子を潰されたということで、キルスクとアットワーヌとで公式他流試合をご所望のようだった。
追いかけ回したことを、素直に詫びたキルスクの剣士たち。
立会人をきちんと立て、交流試合として勝負して欲しいとのことだった。
「女を追い回すようなヤツらがいったところで、信用おけねぇな! キルスクの剣士は、路地裏に連れ込んで脅迫するような連中ですよ~!」
アモスがそういって、バカにしたように大声を出す。
「何が交流試合だ! 都合のいいこと勝手に進めてるんじゃねぇよ! こいつら気に食わないわ、こんな連中相手にする必要ないわよ。警察に事情を話して、大事にしてやればいいんじゃね? せいぜい、自分たちの卑怯で愚劣な行いを、一生後悔しやがれ!」
アモスが凶相を示したまままくし立てる。
「いくわよ! 何が面子よ、薄汚い犯罪者集団どもめ。キルスクの名も地に堕ちたもんだなぁ」
アモスがそういって、キルスクの剣士たちの間を通り抜けようとする。
「えっと、いいかしら……」
すると、いきなりリンナが弱々しい声を出す。
「そちらのお嬢さんがいわれたように、今回の件はすべてなかったことにするつもりです。それにわたし、アットワーヌの剣術を習っているのも、強さを求めてるわけじゃないの。恥ずかしいけど、大事な人を守りたいって思いから……」
そういってリンナは、おもむろに上着を脱ぐ。
薄い肌着になり、肩や腕が露わになる。
しかし、目を引いたのは、その若い肌を覆う多数の傷跡だった。
それを見てその場の全員が絶句する。
「この傷は昔、仕事でヘマした時のものなのよね。で、それ以降、わたしはアットワーヌの剣術を志したの。強さを求めるのじゃなく、誰かを守るために。昨日の一件は、こっちもやり過ぎたと思っています。なので、今回の件は、このわたしの過去の弱さをお見せするってことで、手打ちにしてくださらないかしら」
リンナはそういうと、再び上着を着る。
「おいっ! てめぇら、女にそこまでさせておいて、まだ何か文句があるってのかぁ。なんなら、このことマスコミにぶちまけまくって、この国からキルスクの剣術を根絶させてやってもいいぞ! この街の道場、せいぜい火の不始末には気をつけるんだなぁ」
アモスの凶悪な言葉に、リアンが慌てて口をふさぐように手で覆う。
「う~ん……。なんだか喧嘩は疲れるだけです。ここはもう何もなかったと思って、別れるのが吉だと思います~」
ヨーベルが手を挙げて、そう宣言する。
「身内の女性を辱められて、こっちとしては気が気ではないんだけどさぁ。ここはリンナちゃんの思いを尊重しよう。どうするんだよ、あんたら、まだ何か文句あるのか? あるっていうんだったら、こっちだってそちらのお嬢さん同様、覚悟を決めさせてもらうぜ」
そういってガルエンが、腰にあるホルスターの銃に手を掛ける。
「わ、わかった。申し訳なかった! 今回の件は、キルスクの剣士として全面的に謝罪させていただく。こちらが我々の道場です、もし、そちらがよろしければ改めて謝罪をしたいので、訪問してください」
そういってキルスクの剣士たちの代表者が名刺を懐から出してきて、一番近くにいたガルエンにうやうやしく渡す。
「できうる限りの謝罪を、させていただきたい」
リーダーらしきキルスクの剣士が、その場で拝礼の姿勢を取る。
それに合わせて、他のキルスクの剣士たちも彼に習う。
「わ~い、なんだか一件落着ですか? 良かったですね~。アハハ、じゃあ、帰りましょう~」
ヨーベルが相変わらず、緊張感が一切ないトーンでいう。
拝礼の姿勢で、頭を下げつづけるキルスクの剣士たちの間を抜け、リンナたちは路地を抜けようとする。
リアンは、アモスが怖いことをしないか注意しつつ、彼女の腕を引っ張ったまんま、一緒になって並んで歩く。
こうして、とんだ修羅場になるかと思われた騒動からは開放された。
リアンたちは結局警察にはよらず、近くの公園にやってきた。
リンナは揉め事に発展させる気はないようで、もう終わったこととして済ますようだった。
その件にアモスが未練たらたらだったが、リアンが必死になだめて諭す。
「帝人商会?」
アモスがリンナから名刺をもらう。
「ええ、ちょっとした規模の行商かな。今はここにいないけど、さっきの騒動の原因を起こした仲間たちとやってる感じ。わたしたちは、主にクルツニーデ関連と取引してたりするの」
リンナが教えてくれる。クルツニーデと聞いて、途端にアモスの目つきが険しくなる。
「クルツニーデといいますと、もしや遺跡関連のお仕事なのですか!」
ヨーベルが急激にテンションが上がったように食いつく。
「扱うのはそういう関連よ、アハハお嬢さん、急にどうしちゃったの? 目がキラキラしていますよ」
「遺跡関連のお仕事お手伝いするには、どうすればいいのでしょうか?」
いきなりのヨーベルの輝く目つきに、リンナとガルエンが面食らう。
そのヨーベルにアモスが手刀をたたき落とす。
「この娘ちょっと遺跡やらハーネロやら、厄介なのに興味ある娘なのよね。あんま真剣に考えなくていいわよ、スルーしといて。あんたたちがエンドールから来たのも、クルツニーデとの仕事絡みなの?」
アモスがリンナに尋ねる。
「うん、そんな感じかな。わたしたち本来、エンドールが本拠地なんだけど、リーダーが今回いきなりフォールに行くっていってね。強引につれてこられて、いい迷惑だわ」
リンナがベンチに腰掛けて、疲れたようにいう。
「ねぇ、ところで話し変わるけどさぁ……。クルツニーデと仕事してるなら、ヘーザーっていう女知らない? 一応エンドール地区の責任者って話しなんだけどさ。あなたたち知らない?」
アモスが腰掛けているリンナに尋ねつつ、ガルエンの反応もうかがう。
その言葉にリアンとヨーベルが反応する。
「ヘーザー?」
「アモス、その人って、ジャルダンの神官さんじゃないの?」
ヨーベルとリアンが、驚いたようにアモスに尋ねる。
「そうでもあるし、クルツニーデでもあるのよ。でも今はそんなの後回し。ねぇ、ヘーザーよ。女なら誰でもよさそうなあんたなら、知らないか? けっこうないい女だったわ」
アモスが、ガルエンにも尋ねてみる。
アモスにいわれて考え込むが、ガルエンにも心当たりがない。
仲間のリンナも知らないようだった。
アモスは「じゃあいいわ」と、そっけなく諦める。
アモスの突然の質問に、不安そうにリアンが彼女の顔を見る。
何故だかアモスは声をかけづらい空気を出していて、無言でタバコを取りだしてくわえる。
そしてヨーベルの火も無言で断ると、自分で火を点ける。
その後リアンたちは、リンナとガルエンと別れる。
タバコを吸いながら、リンナからもらった名刺をアモスは無言で見つめている。
リアンはヘーザー神官のことを突然尋ねたアモスに、事情を訊きたかった。
しかし、急に雰囲気が変わったアモスに、リアンはなんだか怖くて質問できなかった。
「じゃあ、そろそろいくわよ。なんかまた曇ってきたわね、忌々しい。遺跡博物館ってこっちよね。せめて、雨が降ってくる前に行きましょう」
アモスはリアンたちに振り返ることなく、背中を向けたままいう。
アモスのタバコの煙が、曇天模様に溶けて消える。
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