18話 「海上遺跡」 後編
休憩室にやってきたリアンたちが、熱いハーネロ議論を繰り広げている数人のマニアを発見して苦笑する。
売店でアイスクリームを売っているらしく、それを食べながらハーネロ談義に花を咲かしているようだった。
「まあ、あたしらも同類と思われてるかもね」
アモスが喫煙スペースを見つけ、さっそく一服する。
「そんなに期待してたわけじゃなかったけど、正直少し面白かったわ」
アモスが煙を吐きだしながら、笑顔でいってくる。
「本当だね、あんな大きなのが海に沈んでいると思うと、怖くもあるよね。現実感がないけど、実際に存在してたと思うと……」
リアンがぶるりと軽く震える。
「ウフフ、海での現実味のないことなら、あたしらもう経験済みじゃない。ズネミン号での一件、もう忘れちゃったの? あれも相当とんでもない一件じゃない」
アモスが笑いながらリアンにいってくる。
「う……、そ、そういえばそうですね……」
「あんなすごい体験忘れるとは、リアンくん忘れっぽいですね~」
ヨーベルが、笑いながらリアンの頬を突いてくる。
「あんなのに比べたら、さっきの遺跡なんてどうってこともないわね。現実味のなさでいうなら、向こうも相当だったじゃない。実際襲われて、腹の中だったかもしれないんだしね」
「あ、あまり思いだしたくない出来事かも……」
怖がらせるようにいってくるアモスに、リアンが身を縮めていう。
「ティチュウジョ遺跡については、彼らの新しい考察を盛り込んだ、新作の発表が待たれます」
ヨーベルが、いきなりそんなことをいう。
「あんた何いってんのよ?」
アモスがヨーベルに、タバコの煙を吐きかける。
「こちらの話しなのです~。あっ! 見てください!」
そういうとヨーベルは、窓に向かってダッシュする。
窓に張りつき、向こうに見える建物を指差す。
「うわぁ、何あれ、生け贄台か何かかよ」
アモスがその建物を見て、感想を漏らす。
建物は、階段状の黒い建造物で、その頂上付近に見せしめ台のようなモノが存在していた。
おどろおどろしい鉄柵と樹木で覆われた敷地に、独特のハーネロ様式のヘドロで塗装された建物が存在していた。
雨に濡れて、黒光りしたその階段状の建造物は、周囲にこれまた異様な雰囲気を放っている。
それを眺めるヨーベルの視線が、光り輝く。
興奮したヨーベルの呼吸で、メガネのレンズが曇る。
「エーリックの生け贄台ってあるね……」
ガイドブックを見て、その建物の用途を知って引き気味のリアンがいう。
ハーネロ神国の幹部、テンバールのエーリックが、捕らえた敵将をあの壇上で処刑したという。
そしてその後、死体を自分の術で操り、自身の眷属へ変貌させるという。
エーリックは、倒した敵や処刑した敵を死後味方として操るという、かなりおぞましい手法を好む魔神だというのは広く伝わっている。
また、現在建物内部は破壊尽くされているようだが、虚ろの軍団の生産儀式を執り行う祭儀場もあったという。
そこで生みだされた、魔力を込められた悪意の武器防具は、ハールアムたちの主要な武器となってもいたという。
噂では、エーリックの生みだした魔法武器の数々は、いくつか現存していて、裏社会で高値で取引もされているらしかった。
「これってあれよね、アーレハイリーンだとか、ハーネロ倒した連中が、確保して聖武器として使いまわしてるともいわれてるわね。サイギンのあの胡散臭いジジイが持っていたのも、聖剣とかいわれてるけどさ。実際のところは、エーリックの魔法武器ってオチなんでしょうね。年取らない剣だなんて、良からぬ力が込められているに決まってるわ」
アモスが、サイギンで出会った、ヘムロニグスという老剣士のことを思いだしていう。
あの老剣士は、確かにそういう剣を、これみよがしに所持していた。
「あの~、関係ない話題で申し訳ないけど」
こんな時でもリアンが挙手して、また発言する。
リアンはヨーベルを指差す。
ヨーベルが不思議そうな顔をする。
「どうしました?」
曇ったメガネのまま、ヨーベルがリアンに尋ねる。
「湿気で、せっかくの髪の毛が、ボサボサだよ。髪切り落としてから、一切手入れしてなかったよね? そういうわけで、散髪行きません?」
リアンにそういわれ、ヨーベルが髪をいじる。
「ほんとね、中途半端に短くなってガタガタの毛先が、湿気でとんでもないことになってるわね」
アモスがヨーベルの髪をぐるりと眺める。
リアンたちが美容院から出てきた。
ヨーベルの髪がさらにショートになり、内巻きのショートボブになっていた。
「いい感じにしてもらったね」
リアンがヨーベルに笑いかける。
散髪の最中に雨も上がり、曇り空に青空がのぞいていた。
ヨーベルの印象も気分も、天気同様一新できたような気分だった。
「これでますます、サイギンでバカやらかした金髪ロン毛のバカ女神官って印象は消えたわね。身体がクソデカいのが、まだ気になるけどね」
アモスがさっそくタバコを一本取りだす。
それにヨーベルが火を点けて、困ったような顔をする。
「大きいのは、どうしようもできないのです~。昔からコンプレックスなのですよ」
しょんぼりとしてヨーベルがいう。
そこでまた、リアンが挙手して何かをいおうとする。
「あの、そのことなんだけどさ……」
そういって、リアンは今度はヨーベルの足元を指差す。
雨上がりの濡れた地面の上で、ヨーベルのブーツが光沢を放つ。
「前から思っていたんですけど……。身長がコンプレックスなら、そんな厚底のブーツ履かなければいいんじゃないかな? もっと歩きやすい軽いタイプの靴にしたら? 今の段階で、身長五センチぐらい大きくなってるよね?」
リアンが、もっともなことを、いまさらいう。
ヨーベルが、リアンの肩をガバリと持つ。
「その発想は、ありませんでした。リアンくんは、やっぱり天才ですか」
ヨーベルにそう真顔でいわれ、リアンは困惑する。
アモスがヨーベルの頭に、チョップを一発かます。
「アハハ、じゃあ話しは早いわね。次はあんたの靴、新調しにいくわよ。向こうのほう、良さ気なショップが並んでるわね。胡散臭い遺跡巡りから、やっと解放されるわ」
アモスが大きく伸びをする。
リアンたちは、クルツニーデの管理する遺跡から商店街方面に歩いていく。
雨はすっかり上がり、完全に青空が姿を現してた。
リアンは三人分の傘を抱え、アモスとヨーベルの軽い足取りを追いかける。
地面の水溜りが、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
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