67話 「女の正体」 其の三

 エンドールの正規兵が、相変わらずの乱痴気騒ぎを横目に、階段を上がっていた。

 エンドールの兵士は規律が高く、統制も取れていたので、ネーブの機嫌取りのようなことはしていなかった。

 特にこの市庁舎にいる兵士は、士官クラスが多いため、あのような騒ぎにくわわることは絶対にご法度だったのだ。


 表面上は気にもしていない風を装ってはいるが、やはりどこかウザいと感じていたり、羨ましいと思っていたりと、兵士たちの心情は内心複雑だったりした。

 何よりも、軍が特殊コマンド部隊として、特別に編入している傭兵集団が、率先してネーブに擦りよっているのが気に食わない。

 戦場では勇敢で頼りになる連中だが、所詮は傭兵なので、あっさり本性が顕になるのだ。

 あんな連中を、これからも頼りにしていかないといけないかと思うと、ウンザリする正規兵も多いのだ。

 一般兵士に対しての風紀の乱れの原因でもあるし、何よりも正規兵の目の届かないところで、どんな悪さをしているかわからないからだ。

 実はマイルトロン攻略の時から、それらのモラル的な事案は、度々問題視されていたのだ。

 しかし、当時は戦闘最優先だったので、連中のようなゴロツキと変わらない傭兵団の行動まで、チェックしきれていなかったのだ。


 そんなゴロツキ同様の傭兵どもに、不満を口にしていたふたりのエンドール士官。

 階段を登っていると、上からひと目で見分けのつく、容貌魁偉の大男が現れたことに気がつく。

 顔に刻まれた生々しい傷跡、やけに目立つ鞘に収められた大剣。

 そして、衣装越しにも分かる、筋骨隆々の逞しい身体つき。

 全身から発せられる、修羅場をくぐり抜けた歴戦の勇者としての圧倒的なオーラ。

 何かと噂の「サルガ」なる特殊部隊の、ユーフ隊長だった。


「サルガ」も、今回の戦争をきっかけに雇われたコマンド部隊だが、実績が他の傭兵団よりも、飛び抜けていることでも有名だった。

 そして素行の悪そうな連中ではあるが、リーダーである人物がかなりの人格者らしいので、そのメンツを保つため、部下たちも特に問題を起こすようなことはなかった。

 すれ違いざま、人殺しのようなオーラを放つユーフ隊長の気迫に、思わず道を譲ったふたりの士官だが、この人物はリーダーの命令がない限りはおとなしく、決して揉め事を起こさない意外と優良な人材なのだ。


 剣客としての名声も高いユーフ隊長の部隊は、その独特のファッションセンスと活躍ぶりから、フォールのマスコミの取材攻勢の餌食に、なりかけたことがあったほどだった。

 しかし、そういったものを全部断り、エンドールにとって忠実な、影で支える傭兵としての職務を全うしているのだ。

 他の傭兵団と違って当然優遇され、かなりの予算と報酬をもらっているとのことで、嫉妬の対象でもあるらしかった。


 一階に降りたユーフが、何か妙なことをするのでは? という、エンドール士官のかすかな期待も裏切り、ユーフは乱痴気騒ぎを一瞥しただけで、レストランから出ていった。

「サルガに関しては、前のマティージャン閣下からの肝入の大抜擢だからな。きっと自分たちの評判を、彼らも相当意識して動いてるはずだから変な行動はしないだろう。なのでいちおう心強い味方だと思って、贔屓するのも悪くないだろう」

「それもそうだな、あいつらぐらいだものな、作戦会議に参加が許可されてる傭兵団たちは」

 そんなことを話しながら、エンドール士官は上階の自分たちの席に向かう。

 ウェイターがやってきて、制帽をさっそく預かり彼らを席へ通す。


 そんな士官の側で、ユーフに食事を邪魔されたキネとツウィンが、話しの続きをしていた。

 食事と酒は、ユーフが勝手にほとんど飲み食いしたため、追加で注文をしようかとメニューを眺めていたふたり。

 どうやら先ほどの士官は、ユーフには気づいたが、すぐ近くにいるキネとツウィンの存在には気づいていないようだった。

 「サルガ」の存在は軍に広く知られているが、その隊員全員の面が、割れているわけではなかったのだ。


 メニューを眺めながら、ツウィンがポツリとつぶやく。

「まあ、俺も個人的には、あの女は気になっているよ」

「お前もかよ……」

 キネが、うんざりしてすかさず突っ込むが……。

「でもまあ、確かに相当上玉だからな。ユーフやおまえの気持ちは、わからないでもないよ……」

 キネは、少し静かになった下の階の様子を眺めてみる。


 ネーブ一味の連中は、すでに今夜のカップルが数組でき上がっているようで、妖艶な雰囲気になっている。

 聖職者から役人、傭兵に至るまで、席に女を侍らせていちゃついているのが見える。

 それを見て、キネはため息をつく。

 例の女神官はというと、まだ酒を呑んでネーブと騒いでいるようだった。やはりネーブの狙いは確実にあの女神官なんだろう。


「そういった下衆い下心も当然あるが、それだけじゃないよ」

 ツウィンが、メニューをめくりながらいう。

「他に、どういう意味があるってんだよ?」

 この期に及んで、いきなり何をいうのかと思ったキネがツウィンに訊く。


「あの神官の女、昼はいなかったんだよ」


 ツウィンの一言で、キネの顔つきが変わる。

「いなかった!? じゃあ、急に現れたってことか?」

 キネが、ツウィンに詰問するように訊く。

「ああ、今日に限ってな……。ネーブのことだから、気まぐれで見染めた女を、引っ張ってきただけなのかもしれないがな……。だが、今までは、そんなことはなかったからな。同行させている、有象無象どもはほぼ同じ面子で、売女どもも決まった店で調達している。数件の高級娼婦館を買収したらしく、その店の女を、曜日ごとに連れだしてる」

 ツウィンがこの数日間で、ネーブを観察してきたことで得た、行動パターンをキネに話した。


「おいっ!」といって、キネがメニューに没頭しているツウィンから、それを奪い取る。

「そんな大事なこと、もっと早くいえよな! 明らかに、怪しいじゃないかよ! あの女の正体は、まったくわからないってことじゃないか! 娼婦にコスプレさせただけというのも、おまえがそういってたから、俺もそうだと思ってたんだぞ。でも、いきなり現れたとなったら、話しは全然違ってくるだろ!」

 キネの強い口調に、ツウィンも流石に事の重要性を察しだし、表情が曇りだす。

「あの僧衣も、最初から着ていたのか? それとも、ネーブが着せたのか? どっちなんだ?」

 キネの質問に答えられないツウィンが、渋い顔をする。

 どのタイミングから僧衣を着ていたのかで、女の正体不明さが、ますます強くなる。

 最初から僧衣を着ていたのなら、神官かもしれないが、あの女はロズリグを持ってない時点で怪しい。

 途中で僧衣を着せたとしたとしたら、なおさらその素性は調べておくべきだろう。


 本当に娼婦なのか? それすら怪しいのだ。


 事態を、ようやく理解したツウィンが顔をしかめて、やらかしたという感じで腕を組む。

 退屈な任務と思い、チェックがなおざりになってしまっていたのだ。

 見かけた時点で、素性を正すべく、行動すべき立場だったのだ。

「あの女、名前わかってるのか?」

 キネの質問に、ツウィンはすんなり答えられない。

 考え込み、ネーブがなにやら連呼していた名前を、ツウィンは思いだそうとする。

「確か……。ミシャ……、なんとかといってたような……」


 苦しそうにそういうツウィンに、キネがため息をついていう。

「名前すらも、わからないのかよ……」

 キネの、見下したような視線が痛いツウィン。


 そんなキネとツウィンのテーブルに、白い僧衣を着た男が近づいてくる。

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