68話 「旧友との密談」 其の一

「ミシャリ・デスティラ……。そう名乗り、ネーブ主教にも、そう呼ばせているはずだ」

 後方から突然声がしたので、キネとツウィンが振り返る。

 そこに立っていたのは白い僧兵服を着込んだ、かつて同じ「サルガ」に所属していたストプトンだった。

 彼が部隊を去り、オールズ教会に入信後、約十年近くぶりの再会だった。

 先程ユーフが、「あいつはどこにいる?」と、探していた男でもある。


「あの女の件で、俺からも重要な話しがある」

 ストプトンが、キネとツウィンのテーブルにやってくる。

「おおっ! ストプトン、久しいな! 噂じゃネーブの側にいるって聞いてたが、全然見ないから、どうしたんだと思ってたぞ!」

 ネーブの警護をして、その存在は知っていたのに、全然見かけなかったツウィンが驚いたようにいう。

 しかしストプトンは、ツウィンにポツリと「裏方だったからな」とつぶやいただけだった。

 数年ぶりの再会を、よろこぶような表情をストプトンはいっさい見せない。

 彼の鉄仮面という異名は、伊達ではないのだ。


 ツウィンは、ストプトンの鉄仮面ぶりを当然知っているが、明らかに自分が邪魔だという空気を感じた。

 だがストプトンは、キネとは子供の頃からの親友なのだ。

 疎外感を察したツウィンが激昂する。

「なんだよ、俺は邪魔者ってかぁ?」

 席を立ち上がり、ツウィンがストプトンにいう。


「すまんな……。詳しい話しは、後でキネから聞いてくれ」

 ストプトンが、そう冷たくいい放つ。

「ぼくミルドは、仲良しのキネくんじゃなきゃ、ヤダ~ってか? はいはい、どうぞどうぞ、勝手にしろよ!」

 そういってツウィンは、席を立ってテーブルから離れる。

「悪いな……」

 聞こえてなさそうな小さな声で、ストプトンが怒り心頭で席を外れるツウィンの背中につぶやく。

 ストプトンの謝罪の言葉は当然聞こえたが、ツウィンはそれを無視して、ドカドカと足音を立てて出ていく。

 その様子を他の来客が、眉をしかめて眺めている。


 ツウィンの姿が、完全に見えなくなるまで待つと、ストプトンが席に着く。

 キネは、相変わらず変わっていないな、と思いながら彼の一連の行動を見ていた。

 キネとも約十年ぶりの再会なのだが、ストプトンがいっさいそういった感情を出さないので、それに合わせていた。

「おまえたちの活躍は、マイルトロンでも、よく耳にしていたよ。隊員も、ひとりも欠けることなく、全員無事とのことも聞いてるよ。さすがとしか、いいようがないな」

 ストプトンがまずキネにそういい、再会のよろこびを語る。


「おいおい、らしくないな。そんなおべんちゃら使われても、うれしくないぞ。おまえらしく、ハッキリと要件から入れよ」

 例の女のことを知っているようなので、キネは余計な話しなどせず、すぐに本題に入って欲しかったようだ。

 そんなキネの言葉と、メモを取りだした姿を見てストプトンが、珍しく口元を緩ませる。

「女の件、さっそく知りたい。知ってること、全部教えてくれるんだろ?」

 メモを開き、ストプトンが話しだす前からキネは催促をする。

「おまえはあの女の、何を知っている? 名前、なんていった? ミシャ……?」

 キネは勢い良くメモに速記文字を書き込み、つづきを催促するように、鉛筆でメモ帳をトントンとたたく。

 せっかちなキネらしい、餌を前にした雛鳥のような行動だった。

 彼の情報収集にかける情熱はある種異様ともいえ、「サルガ」でもその行動力は段違いだったのだ。


「ミシャリ・デスティラだ……」

 ストプトンがその名前を二回いい、最後にもう一回ゆっくりとキネにいう。

 キネはすぐさまメモ帳に筆記しだす。

 ミミズが這ったような線がメモに記される。

 すぐにその文字を、キネは読みやすい綺麗な文字にして書き直す。

「ミシャリ・デスティラね……」

 キネはその名前が妙に気になり、再度口にしてつぶやく。

 速記文字ではなく、デスティラと普通の文字で書き込んだほうの名前を、何度も鉛筆でなぞる。


「デスティラか……。どこかで聞いた名前だな……」

 キネはその名前を繰り返し、どこで知った名前かを思いだそうとする。

 そんなキネの様子を見ていると、ウェイターがやってきたので、水だけをもらうストプトン。

「ミシャリという名だが、これは偽名だ」

 水を一口飲んだストプトンが、サラリとキネにいう。

 ストプトンの冷静すぎる言葉に、キネは驚いて思考を停止する。

「偽名だと? なぜわかる……」

 キネは尋ねる。

 ストプトンが理由もなく、そんな断言をするわけがない。

 絶対理由があるはずだと思い、彼の言葉のつづきを催促する。

 感情表現に乏しいストプトンなので、キネの知りたいことを、溜めて引っ張るというようなこともせず淡々と話しだす。

「その名前と、もうひとつの名前を、使い分けていたからだ。ひょっとしたら、偽名ではなく本名なのかもしれんが、今はそんなのどうでもいい。問題はどうして、ふたつの名前を使ったのかということだ」


「もうひとつの名前……」

 キネがつぶやき、メモにその名前をストプトンが話しだすまで待つ。

「ヨーベル・ローフェ。それが、もうひとつの名前だ。俺にも、彼女の真意がまったくわからん。ただ……」

 ここでストプトンが考える。

 キネは今度は速記で書かずに、最初から丁寧に名前を記した。

「ヨーベル・ローフェね、なんだかこっちのほうが本名ぽいな。でだ、どうしてそんなことを知っている?」

 キネが、考え込んでいるストプトンに尋ねる。

 ストプトンの言葉を待つと決めたはずだが、あまりにも興味深い展開になってきたので、キネが積極的に催促しだす。

 好奇心の塊のような男であるキネは、一度「サルガ」が解散した後、その潜入捜索能力を活かすために、記者に転職した経緯があったのだ。

 速記という技術を習得したのも、その時代だった。


「……彼女が、フロントでそう名乗ったそうだ」

「フロントで?」

 ストプトンの言葉にキネは驚く。

「ああ、台帳にも記載され、彼女の姿を何人もの人間が見ている。あれだけ目立つ、容姿だからな……」

 ストプトンが、やはり解せないといった感じでいう。

「ちょっといいか? あの女、昼には姿を見かけなかったと、ツウィンがいっていた。今の話しからすると、あの女が現れたのは、このホテルにネーブが帰ってくる前ってことか?」

 キネが気になり、メモに文字を走らせる。

「俺が一番最初に、対応したからな。いや、最初はフロントの人間か。彼曰く、一時間ほど、ずっとフロント横の噴水前でウロウロして待っていたそうだ。しかも、最初からあの僧衣を着ていた。フロントで待ちぼうけを食らう女神官、エントランスにいた人間なら、誰もが目撃してただろうよ」

 ストプトンがもう一口水を飲み、自分でも女の目的が何なのかを考える。


「……名前の件も不可解だが、人目を気にせずに、衆目に現れるわけか。そもそも、名前を使い分ける理由が不明だっていうが、全然使い分けられてないじゃないかよ!」

 キネは、メモに記したミシャリ・デスティラと、ヨーベル・ローフェの名前を見比べて考える。

 そして、座っていた椅子から立ち上がり、手摺越しに階下の女神官を見つける。

 まだネーブと一緒に酒を飲み、じゃれているように騒いでいる。


「このミシャリっていうのが、いかにも源氏名ぽいから、ヨーベルってのが本名かもな。でだ、あの女の本命だが……。もちろんネーブ主教だ」

 ストプトンの言葉と同時に、彼の眉間に皺がよる。

「あの仲良し振りを見ると、けっこうお気に入りの嬢な感じだが……。ツウィンがいうには、今まで見かけたことのない娼婦ともいっていたしな。別の場所で、出会った素人女を気に入ったのか? で、女神官の衣装を着せて、待機させていた」

 キネが階下の女神官を眺めながら、そうストプトンに自説を披露する。

「その推理では、穴が多いな」

 ストプトンがキッパリと答える。


「まずは、いろいろ可能性を考えるんだよ、穴が多いのは理解してるよ。そうだな、出会いのきっかけ、それが知りたいな。それを知ることで、なんであの女が僧衣を持っているかが、判明するかもしれない。僧衣なんて、簡単に手に入らないだろ?」

 キネが、女神官の特徴をメモしながら、ストプトンに尋ねる。

「当たり前だ。女性用となると、なおさら入手困難だ」

 ストプトンがそういうと、あることを思いだす。


(そういえば、ヘーザー神官がどうとかも、いっていたな。そいつが何者かを調べてみれば、手がかりになるかもな)


「なんだ、気になることがあるなら、いっておけよ。俺が、ちゃんと調査しといてやるよ」

「いや、これは教会人事で調べれば、すぐにでも判明することだ」

 キネの押しつけがましい好意に、ストプトンは断りを入れる。

「バカ、久しぶりすぎて、俺の性格まで忘れたのか? 気になることは、全部知りたいんだよ。ほら、いえって」

 キネの催促に、さすがのストプトンも少し口元が緩くなる。

 そういえばキネという男の、知的好奇心の旺盛ぶりは、群を抜いているのだ。

「サルガ」での主な任務も敵地への潜入調査で、その後記者に転身したのも、その強すぎる知的好奇心を満たすためだったという。


 キネは、ストプトンからヘーザーという神官が、あの女が本物の神職だとしたら、何かしら接点のある人物だという情報を得る。

「ヘーザー神官ね、なるほどね。フルネームは、わかんないのか?」」

「ヘーザーとだけだ」

「なるほど、確かに、そっちならおまえが調査したほうが早いかもな」

 しかし、メモにもう書き込んだキネが、メモをストプトンに見せる。

 すると、ストプトンが喉の奥で笑いを我慢したような音を出す。

「な、なんだよ、その絵は……」

 笑いをこらえ、ストプトンはまた水をゆっくり飲む。


「記者時代に、法廷画の親父から絵を習ったんだよ。けっこう似てるだろ」

 そういってキネは、メモに落書きしたヨーベルの似顔絵を、また見せてくる。

 幼児が描いたような稚拙な絵だが、金髪で胸がデカく、黒い僧衣に胸にトリオ製の懐中時計、高いヒールブーツと、よく特徴を捉えていた。

 身長が百八十近い大女と書かれ、その横には大きく「すごく頭が悪そう」と書き殴られていた。

 ヨーベル・ローフェの名前をメモの下のほうに書き、ミシャリ・デスティラの名前は上部に書いてあった。

 そして今聞いた、ヘーザー神官と知り合い、ストプトンの調査待ちと、別ページに速記で書き込んだキネ。

「見ろ、こんな気になる女だってのに、余白が多い! この調査程度じゃ、俺の中では白紙同然で、満たされやしない! いろいろ判明したら、絶対教えろよ」

 キネがメモ帳を胸ポケットにしまうと、ストプトンに何か食べ物か飲み物を頼むか尋ねるが、彼はそれを断る。


「……しかし、おまえがまったく、変わってなくて安心したよ。ここに、おまえらが全員集結していると知った時は、接触を悩んだが、少し不安も晴れた。何人か会いたくないのには会ってしまったが、まあ構わんさ、以前と変わらずバカぞろいでいいことだ」

 ここでストプトンが微笑をする。

「会いたくない連中のが多いくせに、何いってんだよ」

 キネが笑って、グラスのワインを一口飲む。

「それは仕方ないだろ、好き嫌いや得手不得手は、誰にだってある」

「ユーフが消えるまで、スタンバっていたとしたら、悪いことしたな」

 キネの言葉にストプトンが苦笑する。

 どうやら図星だったようだ。

 しかし、鉄仮面ストプトンも旧友のキネを前にすると、さすがに感情表現が少し豊かになってくる。

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