68話 「旧友との密談」 其の二

「ところで、僧衣の話しに戻るが……」

 キネが手摺の隙間から、まだ女神官の姿があるのを確認して尋ねてくる。

「仮にあの女が神職でもなく、考えなしで雇われた馬鹿女だったとしてもだ。その背後には、僧衣を調達できる組織が、確実に存在するわけだよな」

 キネの質問に、ストプトンがこくりとうなずく。

「あの女、相当体格がいいしな。……そんな目で見るな、事実そうだろ。あの体型の女の僧衣を用意するとなると、けっこう準備が必要だ。特注品ということで、調達現場もけっこうあっさりと、足がつくんじゃないか?」

 キネの言葉に、ストプトンは納得したようにうなずく。

「だろうな、なら、やはりヘーザーという神官の身元は、早い目に洗ったほうがいいな」

「その件で心配なんだがよ……」

キネがストプトンに尋ねる。

「なんだ?」

「おまえ、教会で知り合い、みたいなのいるのか?」

 ストプトンとキネの間の空気が、一瞬凍ったようになる。


「……次に、出てくる疑問だ」

 ストプトンが、勝手に話題を変えてくる。

「僧衣よりも、入手が簡単なロズリグをあの女は、何故か持っていない。自分が、神官であることを怪しまれたくない、なりすましだとしたらだ。僧衣以上に入手が簡単な、ロズリグを調達するはずだ。こういってはなんだが、ロズリグのレプリカなら、そこいらの鍛冶屋なら簡単に作れる。難易度の高い僧衣を持っているという一件が、やはり不自然すぎるんだ」

 後ろのエンドール士官のテーブルに、料理が運ばれてきたので、キネとストプトンは自然と黙る。

 目ざとくキネのワインの減りを見て、ウェイターが追加オーダーを尋ねてきたが、キネは今回は断っておいた。


「ロズリグも、ヘーザーという神官から、もらうとか話していた」

 ウェイターが離れていくと、ストプトンが口を開く。

「ほう、単に忘れたとか、あの女の馬鹿っぷりから、それも考えたが。きちんと、もらう予定があったのか」

 キネは開いたメモに、また記入しはじめる。

「なおさら、ヘーザーって神官の存在が、重要になってくるな」

「でもな……」と、ストプトンが弱々しくつぶやく。

「そのヘーザーというのも、あの女が勝手にでまかせで、口走った戯れ言の可能性もあるんだよ。ミシャリ・デスティラなんて、偽名ぽい名前を咄嗟に出してくるぐらいだ」

 ストプトンは少し混乱してきたように、テーブルをイライラと叩く。


「その辺りも含めて、調査はおまえに任せるんだよ、難しいかもしれないが、ヘーザーなる人物の調査結果、なるべく早く頼んだぞ。俺もこの街に、あとどれぐらい滞在できるか、わからないからな。次の対キタカイ戦が、どういった戦局になるか不透明だからな。でだ、おまえが俺に接触してきたのは、懐かしさに浸るわけじゃなく。当然、あの女の背後関係を含めた調査を、俺に依頼したいってことだろ」

 キネがストプトンに訊く。


「うむ、まったくもって、その通りさ。俺も、存在すらしてるのか不明の、ヘーザーなんてヤツを探すことになる……。かなり面倒な作業かもしれないし、ヘタしたら教会の暗部に、思いっきり踏み込む可能性もあったりする。リスクの多い依頼かも知れないが、キネ、やってくれるか?」

 ストプトンが腕組みをしてキネに尋ねる。

「勘違いすんなよ。これはおまえの依頼だからってわけじゃなく、こんな面白そうな案件、全貌を知りたいっていう、俺の本能みたいなものだよ。頼まれるまでもなく、やっておくつもりだ。ちょうど暇もできて、次の戦闘開始まで退屈な任務で、飼い殺しの身だからな。やりがいのある調査だぜ。あの女は、俺の調査意欲を刺激する」

 手帳を見ながら興奮気味に語るキネを、ストプトンは無表情で眺めるが、内心はかなりよろこんでした。


「そういってもらえるとありがたいし、さすがだ、頼ってよかったよ。そうだ、ひとつ情報の手がかりになるかしらないが、あの女。ネーブ主教に会うために、手土産として花を一輪持っていた」

「花?」と、眉をしかめるキネ。

「そうだ、この建物の入り口前に、小さな花屋があるだろ」

「ああ、そういえばそんな店あったな」

「あの女、あそこでその花を調達したらしい」

「ほうっ! なら店の人間に聞けば、女の情報も出てきそうだな」

 キネが、うれしそうにメモ帳に記していく。


「そういうことだ。それにあの近辺を、あの女神官の衣装でうろついてたとしたら、当然目撃情報も多いはずだ。仲間が市庁舎まで連れてきた可能性もあるが、何かしらの情報は入手できるはずだ」

 ストプトンがいい、案外女の素性は、あっさりつかめるのではと思いだしてきた。

 現に、今もその女はネーブ主教のそばに、べったり張りついているのだ。

 明日の朝一にでも、身柄を抑えれば、正体も簡単に判明する可能性もあるのだ。


「ところでミルド。今回の報酬としてだな……」

「珍しくそういうの要求してくるのか、まあいいさ、可能な限り都合するよ」

「バカ、違うよ」と、キネはストプトンの考えを一蹴する。

「俺が欲しい報酬は、オールズ教会のまだ誰も知らないような、ドロドロの暗部の情報だよ。オールズの、この戦役前からの上層部のゴタゴタは、知りたくてもなかなか調査の取っかかりが、なかったからな」

 キネが、今までになく声を潜め目を細めて話してくる。


「……そんなに情報抱え込んでも、おまえひとりで処理できる情報量とは思えないぞ。教会上層部は、権謀術数渦巻く魔窟のような場所だ……。部外者が、興味本位で突いても、危険なだけで得るモノなど何もないぞ?」

「それは愚問だってのを、忘れすぎてるぞ」

 キネが、キッパリとストプトンにいう。

「……そういえば、そうだな」

 ストプトンが、また口元にうっすら笑顔を見せる。


「バフロイ大主教体制成立前後の、陰謀渦巻く教会に、俺は興味津々なんだよ。オーツバー大主教の失踪、その後の主教間での陰謀合戦に、バフロイ大主教擁立後の教会人事等々、興味が尽きないんだよ。ダイアリなんかより、分厚い本が一冊書けそうじゃないか」

 キネの野心的な言葉に、ストプトンはため息を漏らす。

「興味本位で踏みこんで、身を滅ぼすなよ……。旧友としての、本気の忠告だぞ」

「わかってるよ、だが俺たちはこの戦後、きっと……、あれだ……」

 そこまでいって、キネが口を閉ざす。

 キネは、わざとらしい咳払いをして言葉を濁す。

 おそらく、キネ本人だけでなく、「サルガ」全体に関わる内容に触れるから誤魔化したのだろうとストプトンは察した。

 ストプトンも、元「サルガ」である。

 その「サルガ」が、一度解散させられた理由を思いだしたのだ。

 きっと今回もまた、理不尽な解散請求を受けるだけでなく、身柄の拘束といいった強硬手段まで執られる可能性もゼロではないのだ。


(当然といえば当然か……。親父さんが何も考えずに、こうしてまた表舞台に出てくるわけないものな。きっとこの戦争の終結と同時に、なんらかのアクションを起こす気でいるんだろうな……)


 ストプトンは、「サルガ」のリーダーの思考を予想して、納得する。

 そして、テーブルの隅に置かれている新聞の下に、ストプトンは一冊の雑誌を見つける。

 新聞をどけると、何やらネーブ主教を特集した、妙なオカルトチックな雑誌だった。

「オールズ教会の怪物! ネーブ主教の正体とは!?」

 そんなキャッチコピーが書かれている。

 実はヨーベルが、興味深く読み込んでいたのと同じ雑誌だったりするのだが、当然ふたりは知る由もない。


「ここまで教会のこと、気になるんだったらさ。その出版社、辞めなきゃ良かったんじゃないのか?」

 若干冗談交じりでストプトンが、テーブルの上にあるオカルトチックな雑誌を指差す。

 キネが「サルガ」を去った後に、一度その妙なオカルト出版社に記者として働いていたのだ。


「ああ、あそこは教会や、エンドールのタブーに切り込むのが売りだったろ? で、記者になったが、やっぱ物足りなくてな。タブーに切り込むといっても、取材もせずに自分たちの考えた陰謀論を、さもリアリティたっぷりの捏造記事にするだけの、クソ雑誌だ。現場に取材に出る度胸もないような腰抜け、死に損ないのオカルトマニアの巣窟でな」

 キネが雑誌を手にして、恨みを込めたように表紙をポンポンとたたく。

「だが、妄想狂のオカルトマニアには、受けはいいんだろうな。まさかフォールに、輸入されてるとは思わなかったほどだぜ」

「そういうのが好きなのは、世界中にお友達がいるからな、マニア間の流通経路が、意外としっかり確立してるんだろう」

 ストプトンが、オカルトチックな紙面をパラパラめくりながら鼻で笑う。


「だろうな……。フォールの雑誌と比べて、下品さが足りないのが物足りないぐらいだ」

 キネがそういってクスクス笑う。

「なぁ、もう一度いうが……。今の教会上層部は、部外者が興味本位でつついても、危険なだけで、得るモノなど何もないぞ。貴族、王族たちも手が追えなくて、自分たちから身を引いたほどだ」

 ストプトンが声を潜めてキネにいう。

「エンドールの王族貴族など、元より旧マイルトロン王国のボンクラどもと、同じように暗愚なのは周知の事実だろ」

「……立場上、何もいえない言葉だな」

 キネの不敬なセリフに、ストプトンは言葉を濁す。

「要は俺の個人的な、探究心ってことだよ! 臭い立つ教会内部の、深くて暗い深淵に、興味津々なんだよ。この探究心は、もう俺の本能、みたいなもんだよ」

 キネが、胸を張ってそう宣言する。


「だったら、そこの記者をつづけていたら、良かったんじゃないのかよ……」

 ストプトンの言葉に、キネはため息をつく。

「さっきいったろ。取材もしない、耄碌ジジイばっかりの編集と。自分たちの妄想を垂れ流すだけの、オカルトオタクしかいないって。教会に対して、突撃取材をするような気概を持つようなヤツなんて、ひとりもいなかったんだよ。この街で反エンドールやら、反権力なんかを叫んでるような輩とおんなじだ。設立期間が長く、権威と存在感は得た組織だが、実際は死に損ないの老害が牛耳ってる、無力な村社会なんだよ。退屈すぎて死にかけてた時に、今回の戦争をきっかけに再結集だ。俺にとっては、まさに生きる希望を得た気分なんだよ」

 キネは目を輝かせて、ストプトンに語る。


「下手な希望で、身を滅ぼすなよ……。それに、俺だって調査できる範囲は、限られてるからな。事実、かなり警戒されてて、あまり目立った行動ができないしな。ネーブ主教についたのも、彼の人脈の広さと、その猛烈な行動力に何かしら突破口があるかと思ったからだ」

 ストプトンがそういうと、目を閉じて深呼吸する。

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