68話 「旧友との密談」 其の三

「それは初耳だな、面白い情報だ。そういう理由でネーブを選んだのか。確かにあの男は行動力だけは段違いだからな」

 キネが今ストプトンが話してくれた、ネーブなる俗物の権化の部下に収まった理由を、はじめて理解した。

 実は「サルガ」内でも、ストプトンがよりによってネーブなんていう、一番相性の悪そうな男の部下になったのかというのは、噂になっていたのだ。

 ストプトンのことだから、きっと何かしら理由があるとはいわれていたが、こういう理由だったんだなとキネは思った。

 しかし……、とキネは思って心配してしまう。

 かねてから思っていた忠告をキネがしようとしたら、先にストプトンが口を開く。


「実はおまえには、もうひとつ頼みたいことがあるんだよ」

 そんなことを、いきなりいうストプトン。

 自己主張を、ほとんどすることがなかったストプトンにしては珍しいと思い、キネは何なのか興味を持つ。

「教会に行ってから、ガメつくなったか? まあいい、なんだ? すごく興味あるぜ」

 メモ帳の新しいページを広げて、キネはメモの準備をする。

 仕草だけ見れば、キネは完全に取材慣れしたベテラン記者のようだ。


 ややいいにくそうに、ストプトンは考えて言葉を選んでいるようだ。

 かなり重い内容になりそうだと、キネの中の探究心が疼く。

「悪いな……」

 ストプトンはこれから話す、内容の結論から導きだされるであろう感想を、まず謝罪した。


(この感じからするに、やはり相当ヤバいことなのか?)


 言葉を考えているストプトンの、珍しい苦悶に満ちた表情を見ながらキネは思う。

 だが、そういうのであればあるほど、キネはやり甲斐を感じるのだ。

 どんな話題が、旧友の口から飛び出してくるのか、メモに走らせるペンが先走り、紙に染みを作っていた。


「ネーブ主教は、この戦争が終われば確実に……」

 ストプトンが周囲を気にしつつ、かなり小声でキネにいう。

「間違いなく、今以上に地位を強固なものにされるだろう。特に、内部抗争に明け暮れていた教会幹部どもにしたら、ネーブ主教がここまで勢力を拡大するとも、思っていなかっただろうからな」

 この言葉は、キネの直属の上司である「サルガ」のリーダーが、まったく同じ予想をしていたことだ。

「まあ間違いなく、ネーブなんてのをバフロイ大主教が大抜擢したって時点で、イレギュラーだろうからな。自分たちが、傀儡として担ぎだしたお神輿が、いきなり想定外のことをしてきたんだ。しかも、よりによってネーブなんて豚野郎の台頭だ。さぞ、連中うろたえただろう、フフフ、笑える光景だな」

 キネが多少なりとも知っている、権力闘争を繰り広げたクソ坊主どもの顔を思いだす。


 しかしストプトンは、少し困惑した顔をして黙っているので、キネは不思議に思う。

「……今の言葉は、聞かなかったことにするよ」

 ポツリとつぶやくストプトンに、キネが「ああ、そうだったな」といって謝る。

 すっかりストプトンの主が、ネーブだということを忘れていたキネ。

 それに立場上、教会の悪口雑言は、今のストプトンにとって反応が難しい案件だろう。

「で、ここで、本題へ単刀直入に入る。今のオールズ教会は、聖職者どもの姿をした魔物共が闊歩する魔窟だ……。そんな連中ばかり、しかいないといっていい!」

 やや、語気が強くなるストプトンをキネはたしなめる。

 ここまでストプトンが感情を露わにするのは珍しく、しかも比喩的表現まで言葉に織り交ぜている。


 落ち着いたストプトンが、ゆっくりと感情を押し殺しながら語る。

「ネーブ主教の台頭を、快く思わない連中も、内外に多いのは容易に想像できるだろ。あの性格だからな……。露骨に拒否反応を示す人間に、穏やかじゃない連中も、少なからずいてな……」

 ストプトンはグラスに入った酒を手にしようとしたが、やや迷って普通のグラスに入った水を手にする。

 ゆっくり水を飲みながら少し立ち上がり、階下のネーブたちを見る。

 かなり静かになっていて、例の女神官は酔い潰れたように、床に大の字になって寝転がっているのが見えた。

 それを、どのような表情でネーブが眺めているのか、上階にいるストプトンでも簡単に想像がついてしまう。

「だろうな……。そういう連中の気持ちも、わからないでもない。姦通や乱交はオールズでは大罪とされていて、あの大らかなベーレ大主教ですら、一度ひとり主教を破門にしたぐらいだからな。いくら、他の神官どもの目に届かないとはいえ、ネーブは派手にやり過ぎだな」

 キネのセリフに、返す言葉もなくストプトンは押し黙る。


「そこで……。おまえたちのような、力を持つ人間が必要なんだよ」

 ストプトンが、キネに向き直りそういう。

「話しが急に飛んだ気がするが、端折ってる部分も、なんとなく想像つくよ。要は、俺たちサルガに、ネーブの身辺警護や敵対勢力の調査を、依頼したいんだな?」

「話しが早くて、本当に助かるよ……」

 ストプトンが、ため息をついてそうつぶやく。

「しかし、やはりガメつくなったな。俺だけでなく、サルガ全員に依頼したいっていうのか?」

 キネがストプトンに確認する。


「ああそうだ、お前だけじゃなく、ツウィンやユーフ。シェードで戦った、仲間全員だよ」

 昔ならキネや特定の馬の合う人間としか、接点を持とうとしなかったストプトンが、「サルガ」全体を指名してくる。

 やはり、相当な覚悟を持って臨みたい、難易度の高い頼みなのだろう。

「それだけ、おまえたちの力を買っているんだよ。敵が、それだけ強大なんだよ……」

 目をつむり、ストプトンは悔しそうに小声でささやく。


「敵ねぇ……」

 キネは、ストプトンの口から露骨な言葉を聞き、意味もなく「敵」とメモに大きく書く。

「おまえだから、あえてそう話してるんだよ」

 ストプトンは、露骨な表現を後悔するような表情をして、いい訳じみたことをいう。

「いや、気にするな。おまえの本音が聞けたから、こちらも動きやすくもある」

 キネが、ストプトンを安心させるようにいい、メモに他の主教の名前を書いていく。


「ゴーシュ主教」

 高名な元医学博士で、引退後出家してその名声でトントン拍子に主教にまで出世した人物だった。

 医療業界に強いコネクションを持ち、主教の中でも断トツの影響力を持つ人物だった。

 ネーブ主教の台頭で、その存在を疎ましく思っているだろう人物として、必ず名が上がる人物だった。

 おそらく、ストプトンもこのゴーシュ主教を、仮想的として捕らえているんだろうとキネは感じた。

 しかし不思議なことに、今回の戦争に際して、布教活動を積極的に行うということもせず、教会本部からまったく動かないでいるのだ。

 その動きのなさが、かえって不気味な存在だった。


「リグスター主教」

 オールズ教会のスポークスマン的な存在で、積極的に外遊して説法会を開いていた人物だった。

 ユーフやツウィンが話していたように著書が多く、難解な説法を分かりやすく解説した宗教本を、多く出版したりする。

 主教でありながらフランクな人物らしく、その著書もユーモアに富み、説法会にも笑いが絶えず、信者が大挙して訪れるという。

 おおよそ権力闘争とは無縁な人物な感じだが、パトロンには政財界の大物が多くおり、彼の意思を無視して、担ぎ上げようとする黒幕的存在がいても不思議ではないのだ。

 実際出遅れた感はあるが、旧マイルトロン領にやってきて、今得意の説法会を頻繁に開いているという。

 それがネーブ主教への牽制や、信者の横取りを意味する行動なのかは、まだ不明な状況だった。


「イーナ主教」

 かつては大主教に、一番近い男と呼ばれた人物だった。

 かなり古い考えを持つ人物であるらしく、一部では「古狸」と呼ばれる主教だった。

 しかし、部下の不祥事、当時のライバルであった人物との露骨な権力闘争。

 そのせいで危険人物としてマークされるようになり、いつしか権力闘争の座から遠のいていた。

 主教としての権勢も今や過去の面影もなく、新しい教会に辛うじてしがみついている、ゾンビのような人物だった。

 五主教の中で最高齢の八十七歳で、一番影響力も小さく「半透明主教」と揶揄され、消え去るのを待つだけの存在ともいわれている。

 しかし、かつては政敵と権謀術数の限りを尽くした、狡猾な人物である過去は消えないので、油断はできないだろう。


「パルテノ主教」

 ネーブ主教の大抜擢同様選出に驚愕された人選で、誰もが想定外の、主教に上り詰めた人物だった。

 その危険な原理主義と、教会で禁止されている荒行を行い、過去本部から破門された人物だった。

 超がつくような武闘派で、実はこの人物の存在が、今回の戦争のきっかけになっていたりもするのだ。

 その直属の僧兵は勇猛果敢な戦士でもあり、「ガミル聖堂騎士団」の名は内外から恐れられている、死を恐れない狂信者集団として有名だった。

 マイルトロンに駐留していたが、噂では最近何故かサイギンにやってきたとして、身内から極度に警戒されている。


 各主教の名前を余白に書き、キネはその人物像を頭の中でまとめる。

 こうやって改めて主教クラスの人物をまとめてみると、ネーブ含めて一筋縄ではいかないような人物ばかりだ。

 特にパルテノ主教については、キネは対マイルトロンでの戦闘で、その粗暴な、聖職者とは思えない武闘派ぶりを何度か見てきたのだ。


 短い時間ではともじゃないが、まとめきれるようなものではないバケモノぞろいだった。

 キネはメモにまとめるのを止めると、ストプトンが何かをいっているのを、いまさら気づく。

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