68話 「旧友との密談」 其の四

「ああ、す、すまん、考え事をしていたよ」

「考えだすと、周りが見えなくなるのも、変わってないんだな」

 ストプトンが、キネの危なっかしい癖を苦笑いする。

 キネは自分の考えに没頭すると、今のように周囲がまったく見えなくなるという、かなりの悪癖があったのだ。


「とにかく、この戦争が終われば……。おまえたちは全員、軍にとって不要になるはずだ。狡兎死して走狗烹らる……。この意味、俺を含めサルガの人間ならよくわかるだろう? 案外、親父さんは、もう対策考えているのではないか?」

 ストプトンの言葉に、無言で答えるキネ。

 キネの表情で、自分の予想が合っていたことをストプトンは理解する。

「だろうな……。なら、なおさら早めに、次の一手を打っておくべきだろうな。俺の勧誘、決して悪くないと思うぞ、おまえたち全員にとってな」

 ストプトンの言葉を受けて、キネがメモ帳をたたむ。


「揉め事上等が、心情のサルガだったろう? 教会なら絶対、力を発揮できる戦場に、違いないとは思うんだよ。いや、揉め事前提で話すのは先走り過ぎの失言だな、今のは忘れてくれ」

 ストプトンが前言撤回をする。

「荒事大好きってのは、否定しないがな……」

 ここでキネが、グラスの酒を飲み切ると、一息ついてからストプトンにいう。

「なあ、ミルドよ?」

 やけに神妙なキネの表情に、ストプトンが何事かと思う。

「な、なんだ?」

 ストプトンが少し不安そうに尋ねる。


「別に揚げ足を取るつもりもないし、馬鹿にするつもりもないんだがよ。おまえは、俺たちから離れる際に、オールズの教えを真摯に学びたい、といってたはずだよな……。殺伐とした世界とは無縁の、幸福に満ちた神の教えを賜りたいとか……」

 キネの言葉に、ストプトンの表情が強張る。

 鉄仮面と呼ばれているストプトンだが、旧友のキネを前にすると感情表現が増える。


「結局、俗世を捨てた先でも、陰謀合戦ってどういうことだよ? 結果的にそうなったってのは、なんとなくわかるがな……」

 皮肉っぽくいわないようにしたつもりのキネだが、やはり皮肉っぽかったかとキネは思う。

「うむ……、それはだな……」

 キネの当たり前すぎる疑問に、ストプトンは返答に窮する。

 確かにキネにいわれるまで、考えもしなかった概念だった。

 当然のことながら、ストプトンは回答ができないでいる。

「まあいいよ、その点は。悪いな、追い込んじまうようなこといって」

 キネが、困って考え込んでしまったストプトンに謝る。


「要は、あの頃のストプトンに戻ったってことだ。むしろ、よろこばしいことだ、ハハハ」

 キネはそういって笑う。

 ストプトンは思わず憮然としてしまう。

 親友とはいえ、笑われることに慣れていない鉄仮面。

「不興を買うことを前提として、もう少し訊いていいか?」

「なんだ……」と、尋ねるストプトン。

「理想を追求した末に見つけた、教え、というのが……。本当に、あの男でいいのか? ってことだよ……」

 キネが、当然ネーブのことを差していう。


「お前なら、別の主教のほうがいいと思うんだがな、俺は」

 キネの視線が、どこか痛く突き刺さる。

「その件に関しては、すぐには答えにくい。先程いった通り、ネーブ主教の行動力は魅力的でもあったからな……」

 ストプトンが、苦しそうにそう弁明する。

「おまえのことだから、ネーブに近づいた理由に、それなりのものがあったんだろう。サルガの仲間全員、そう話していたってことは、さっき話したか。とにかく、ネーブなんてヤツに仕えたことは、全員が意外だったのは事実だよ」

 キネが食べ終わった食事の皿を、綺麗に整頓しだす。

 それを見て、相変わらず几帳面な男だなとストプトンは思う。


「それに関して、ひとつ旧友からの忠告なんだがな」

「なんだ?」

「おまえって、クソ真面目なんだよ」

 キネの単刀直入な言葉に、ストプトンが絶句する。

「冷静に考えてだ……」

「あの豚……」といって、キネは慌てて咳払いをする。

「すまん。ネーブ主教の元にいる、ということがそもそも不自然だ。少し知恵の回るヤツからしたら、何か企みがあるのではないかと、警戒してくるかもしれないぞ」

 キネの言葉を聞き、ストプトンは直属の上司を思い浮かべる。

 クルマダという脳筋男だが、その取り巻きの腰巾着のような連中に、小賢しいのが多いのだ。

 露骨にストプトンを怪しんでいて、今は黙っているサルガの過去を、いつ暴かれるかわからない危惧があったのだ。


「見るからに、野心家っぽい曲者臭、漂わせまくってるしな。ネーブ主教の部下にふさわしい、立ち居振る舞いってのがあるだろ。まあ、おまえがそう振る舞う姿なんて、想像もつかないがな」

 キネが笑いながら、そんなことをいってくる。

「あまり目立たないようにして、裏方に徹しているよ。それに、元はネーブ主教の下にいた、とある司祭の元で俺は仕えていたんだよ。その人の推挙で、ネーブ主教の直属になったっていう経緯もあってな。決して自分から、ネーブ主教を狙い撃ちしたわけではないんだよ」

 ストプトンはキネに、ネーブ主教の配下になった経緯を簡単に説明する。

「なるほどねぇ……。しかし、もったいないな、おまえほどの男が雑用係か」

 キネが、惜しいといった感じでいい腕を組む。


「でも、おまえのその頼み……。今はまだ無理だろうが、親父にはちゃんと話しておくよ」

「助かるよ、すまんな……」

 ストプトンは、快諾してくれたキネに礼をいう。

「だがまずは……。この戦争を、終わらせることが最優先事項だ。なんだかんだ不満こそあれ、俺としてはこの戦争を楽しんでる」

 キネが怪しい笑顔を浮かべる。


「クウィン要塞が陥落した今となっては、エンドールの勝利は揺るがないだろう……。だが、まだ安心できないからな……。ここだけの話し、キタカイはサイギン同様、無血開城の交渉が進んでいるらしい。あくまでも軍部が、サイギン同様市街戦を避けたいがための、噂話に過ぎないので、どうなるかは不明だがな」

「ほう……」と、ストプトンがつぶやく。

「だが、その後のカイ内海では、大きな海戦がありそうな予感だ。フォールの海戦上手は有名で、海軍は無傷で残ってるだろうからな。クウィン要塞戦並の、大海戦が起きる可能性もある」

「さらにだ……」と、周囲を見渡してから、キネは小声で話す。

「王都エングラスには、未確定の情報ながら、まだまだ残存戦力が温存されていると聞くしな」

 キネが、今後の戦闘分析をストプトンに話す。

 ストプトンも、サルガではオールラウンダーに戦闘能力を発揮する優秀な戦士だったので、対フォールがまだまだ厳しいものになるのは理解していた。

「なんとか、おまえの力になるように努力するが。もう少し、時間がかかるのと……。正直なところ、ネーブ主教のためとなると、二の足を踏むのも事実だ」

 ここで改めてネーブの、ピカピカ輝くハゲ頭を見下ろしてキネはいう。


 どうやらネーブ一味は、レストランから出ていくようだった。

 レストランの従業員が、一斉に帰り支度するネーブの大所帯を、丁寧に送りだそうとしている。

 例の女神官は仰向けに酔い潰れ、ウェイターふたりにより、手を引きずられて運ばれている。

 その様子を、ネーブが身体を震わせて笑いながら眺めている。


「つ~かさ、やっぱネーブ主教はおまえに合ってないなぁ。そこが、一番気になるところだ。手伝いは惜しまないが、気持ちよく仕事できるような環境、整えておいてくれよ。あと、おまえの考えている、教会の派閥闘争後の構想図も教えてくれよ」

 キネの言葉に、ストプトンは力強くうなずく。

「その辺りは、親父さんにもきちんと直接会って、説明するようにする。だから安心してくれ」

 ストプトンも立ち上がり、手摺に手をついて女神官の醜態と、カップルが成立して、いちゃついてる俗物どもを見下すように眺める。


 そんなストプトンの横顔を見てキネは、まさか教会の大革命とか、おおそれたこと考えてる気か? と心配になる。

 しかし、キネの中に、教会に楯突くのも面白そうだなという、興味も湧いてきたりする。

 なんにせよ、今回の戦争をきっかけで「サルガ」の連中が、再集結したのは、何かしら見えざる意図があるとキネは信じていた。

 時代が俺たちを必要としている、などという自惚れた感情が湧き上がってきても、おかしくない状況だったのだ。

 胸の中に激しい興奮と高揚感を覚えて、キネは武者震いする。

 荒事上等の「サルガ」である、きっと同じように血がたぎる連中も多いことだろう。

 キネは改めてメモ帳を取りだすと、女神官の情報を再チェックする。

 さっそく、この女についての情報を、市庁舎前で収集してやろうと考えていた。


 一方ネーブ一行は、それぞれ個別解散ということになっていた。

 この無礼講の素晴らしいところは、お持ち帰り自由なのだ。

 手にした金、料理、アクセサリー、そして一夜を共にする相手。

 それらを見つけた連中がネーブたちを、一列になって見送る。

 その中心をドシドシと、豚のようなネーブ主教が闊歩する。


 あとにつづくストプトン直属の上司であるクルマダと、その配下の白い僧衣の僧兵たち。

 そしてその後ろには、ウェイター四人によって手足を持たれ搬出される、酔い潰れたヨーベルの姿があった。


 そんな様子を見ているネーブの腰巾着たちの中に、ひとりの影があった。

 じっとりとした目つきのアモスが、荷物のように運ばれるヨーベルを見つめていたのだ。


 エントランスから出てくると、すぐに高級車が横づけされる。

 そこに乗り込むネーブと側近の僧兵たち。

 後部座席に、ヨーベルが放り込まれる。

「隣のペンションに向かえ」

 運転席の男に、怒鳴る声が聞こえる。

 ネーブの取り巻きや、ホテル関係者が最敬礼でネーブの車を見送る。

 車の姿が見えなくなると、ネーブにべったりの有象無象たちがニヤニヤとしながら、それぞれの目的を持って動きだす。

 アモスもその中にいた。


「……さっきの肉塊が、噂の生臭坊主ネーブね。隣のペンションとかいってたけど、まさかこれか?」

 アモスはジャケットの胸ポケットから、今日雑貨屋で恐喝していた、オールズ神官から貰った名刺を取り出す。

「フフフ、手間かけさしてくれたけど、まあ、面白い展開ね」

 アモスはタバコを取りだすと、さっそく火を点けて一服する。

 少し歩くだけで目的のペンション群は見えた。

 敷地にはオールズ教会の旗と、名刺に印刷されていたのと同じ、ネーブ主教のデザインの旗がひるがえっているのが見える。

 すっかり空は星空になっていて、星が煌めいている。


「さて、やることは決まってるけどさ……。どこまで、やっちゃっていいかしらね……。加減が難しいわねぇ、フフフ」

 車道まで出てきたアモス。

 ネーブを乗せた車がペンションに向かっている。

 その車は今ちょうど、信号待ちで停車しているのが見えた。

 アモスの口角が、斜めに自然と上がってくる。

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