69話 「廃タワーでの危機」 前編

 塔が建つ付近は、すっかり寂れているんだとアートンは思いこんでいた。

 しかし、その予想は大きくはずれる。

 この一帯にも大小様々な店があり、若者の姿だけでいうと市庁舎前よりはるかに多い。

 怪しげな音楽隊がいて、奇抜なファッションと理解不能な音楽を大音量で鳴らして、それに合わせて若者たちが踊り狂っているのだ。

 世紀末的という言葉が、すぐに思い浮かんだアートン。


 かつてグランティル歴が三百年になろうとした時に、一大ムーブメントとなった、世界滅亡の大騒動の時とそっくりだったのだ。

 当時はまだ真面目で、将来のために勉学に励んでいたアートン少年にとって、この終末思想の蔓延は理解不能だったのだ。

 当然当時の政府が、この終末思想を広めていた連中を一気に投獄し、当時まだ存在した異端審問にかけられ、首謀者のほとんどが政治犯収容所に送られたのだ。


 トランス状態になったように踊り狂い、意味不明の旋律を奏でる音楽隊は、まるで退廃思想を視覚化したような印象だった。

 ギターがかき鳴らされ、ドラムが乱打され、お上品なコンサートでしか見かけない弦楽器や管楽器が、狂ったような旋律を奏でている。

 そしてその騒音に、リードボーカルがこれまた、何をいっているのかわからないような、絶叫を張り上げているのだ。

 アートンは、まさかフォールでも同じようなものが見れるとは思ってもいなかった。

 しかしこちらのバカ騒ぎは、終末思想を信奉して騒いでいるというより、単純に音楽と踊りに酔っているだけの、若者たちの暴走に見えた。


 そんな時、演奏をしている若者たちが着ている服に、どこかで見たようなマークを見つける。

 そのマークは服や楽器にプリントされ、閉店した商店のシャッターにも描かれていた。

 鉄塔の先端にふたつのスピーカーがつき、怪しげな呪文が宙を待っているマークだった。

 これは、例の反エンドールのデモ隊が、太鼓に描いていたマークと同じだった。


「確か、ハーレー……、なんとかっていってたか? 音楽集団とかいう話しだが、こいつらがそうなのか?」

 アートンは足を止めてその音楽集団を見るが、たくさんの数がいて、思い思いの演奏をしているようだ。

「あのマークの連中は、音楽ジャンルか何かなのか? なんでこんなにも、似たような連中がいるんだ?」

 考えたところで、アートンにはよくわからないので、もうこいつらは無視して塔に向かうことにした。


 アートンはクソうるさい通りを抜けて、塔の近くまでようやくやってきた。

 この近辺はさすがに若者の姿も少なく、人の姿すら見かけない廃墟のような町並みになっていた。

 閉まったシャッターには、意味不明の落書きが覆い、謎のポスターが貼られている。

 そしてここでも、「ハーレー某」とかいう連中のマークをアートンは見つける。


 開店している店はどこにもなく、全店舗、塔の経営破綻のあおりを受けて、連鎖倒産したのだろう。

 だとしたら、何故あの一帯だけは賑やかなのか?

 新しい物に飛びつく若者の心理を上手くつき、新名所として再生できたんだろう。

 ハーレーなんとかっていうのが、若者の求心力となっている、とでもいうのだろうか? しかし、あまりモラル的によろしいとは素直に思えない。


 政治的な活動に、今は傾倒しているらしいヒロト。

 それを止めさせるためとはいえ、先程の連中みたいな馬鹿騒ぎに、興味の対象を移してもらうのも困りものだろう。

「となると……、やはりフレイアおばさんの持ち込んだアイデアは、いいかもしれないよな。はるかに健全だし、将来性も高い……、かどうかは彼女次第か。ただ、どうやってあのヒロトちゃんを、説得するってのが問題だが……」

 アートンは直近の問題を棚上げし、ヒロトの今後についてを考えながら、廃車が道を塞いだ路地裏から若い嬌声が聴こえてきて、思わず足を止めてのぞき込む。

 路地裏の奥で、若いカップルたちが暗がりの中で、いちゃついているのをアートンは見かける。

 何も見なかったことにして、アートンは今は急いで塔に向かう。


 塔の前に、アートンはやけに新しいバンが止まっていたのを目に止める。

 衣類の運搬用のバンだというのは、バンのフロントに描かれた衣類のイラストで予想ができた。

 黒猫のマークが意匠化され、なかなかハイカラな感じがする。

 この近所のブティックのバンなのだろうか?

 運転席には人はいないが、さっきまで人がいたらしく、車体自体がまだ暖かい。

 フロント部分のパーツで、ニカ研のではなくクルツニーデ製だとアートンは判別した。


 車の開発販売はニカ研の独壇場だったが、そこにクルツニーデや他の国の研究機関が、次々と追従してきたのだ。

 まだ性能的には、ニカ研には遠く及ばない自動車産業だが、価格面や利便性で、他社も結構シェアを増やしてきたのだ。

 この世界で、自動車が一般的になってきたのも、ニカ研のライバルが増えてきたからでもあったのだ。


 停まっているバンを中心にしてぐるりと眺めるように移動し、塔の入り口付近までアートンはやってくる。

 塔の入り口には、まるで殺人事件でもあったように、「立ち入り禁止」の黄色と黒のテープが貼りつけられている。

 そういや、塔の若旦那が投身自殺したという話しを、花屋の老婆がしていたことをアートンは思いだす。

 結構前の話しと思っていたが、まだ立ち入り禁止なのか? とアートンは思う。

 アートンはテープを眺めて、塔に入ることができないかを考える。

 しかし、けっこう新しいテープで、どうも警察関連の備品ではないようだった。

 そう思ったのも、その進入禁止のテープに先ほどバンに描いてあった、黒猫のロゴマークがあったからだった。

 どういうことだろう、とアートンは思う。

 この塔を買い取って、店でも構える気なのかな? そんなことを思っていると、進入禁止のテープの奥に、まだ真新しい煙を出しているタバコの吸殻を見つける。


 もし塔の人間に出会ったら、間違って入ったとでもいえば、誤魔化せるだろう。

 禁域を侵すような行動に、アートンはやけに勇敢な気分になってくる。

 肝試しをしていた子供の頃のような高揚感に包まれる。

 暗く汚い階段を登りながら、アートンは一歩一歩上に上がっていく。

 古びたランタンが、照明としてまだ生きていた。

「緊急事態ってことで、許してくれよな。とりあえず、目的の場所は最上階の展望台だ。あそこから、市庁舎付近を見下させてもらうだけ。見下ろすだけだからさ」

 アートンは、まるでいい訳するような感じで、独り言をいいながら階段を登っていく。


「ヨーベルの姿さえ確認したら、それで大丈夫だから。他に何も悪さしないって……」

 アートンが階段を上がりながらブツブツ独白していると、さすがに息が上がってくる。

 塔には螺旋階段しか存在せず、途中に売り場だったらしいフロアがあるが、この高さでエレベーターもないのだ。

 この塔が、ショッピングモールとして一気に廃れた理由を、アートンは理解した。

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