69話 「廃タワーでの危機」 後編
「ふぅ……。買い物のたびに、毎回こんな苦行を、しなきゃいけないとしたら……。そりゃぁ、客もよりつかないだろ……。さて、そろそろ最上階かな……」
階段を登り切った先には、今までで一番広いフロアが広がっていた。
テナントがそのまま残り、まるで略奪されたような荒らされ方をしていた。
だが、床は不思議と綺麗で、普通に足の踏み場があった。
しかも、奥にはまだ綺麗な備品が陳列されて、最近まで営業されていたような、怪しげな飲み屋のような店があったのだ。
アートンはそこが妙に気になるが、ひょっとしたら人がいるかもしれないと思う。
今見つかったら、侵入者として何かと面倒に発展しかねない。
そこでアートンは、コソコソとテナントの影を中腰で、忍びのように進む。
目的地の展望台はすぐ側で、そこから見れば、市庁舎から海辺にあるネーブが買収したというペンションまで見下ろせるはずなのだ。
窓際に遠望鏡があり、少しよろこんだアートンだが、無一文だったのを思いだす。
しかし窓際まできてアートンは落胆する。
窓の汚れで、とてもじゃないが外が見えないのだ。
袖を使って窓を吹いてみるが、窓は綺麗になったものの、袖の汚れに幻滅したアートンが周囲を見渡す。
すると、ダンボールに入った、廃業した飲食店の衣装が見えたのだ。
アートンは段ボールからそれらを取りだし、窓を拭いていく。
黒くなった衣装を使い捨て、アートンは窓をどんどん綺麗にしていく。
洗剤がないか周りを探すが、さすがにそれは見つからなかった。
その代わり、窓を空けるための鍵を、いまさらながら見つける。
アートンは照れたような気持ちになりながら、無言で鍵を開けて窓を平開する。
窓は全開せずに少し開く程度だったが、それでもかまわない。
空気圧で風が入り込み、アートンの髪を乱す。
開いた窓の隙間から、市庁舎だけでなく、下にあるペンションまでもが確実に見えるようになった。
かなりの広い敷地に幾つものペンション群が乱立しているが、一件だけひときわ目立つ大きな建物があった。
「あれだけ……、明らかにデカいよな……。ひょっとしたら、朝ネーブが買収したとかいってたのはあの建物なのかもな」
そしてアートンは、ペンション群の敷地を囲む、高い塀を見渡す。
敷地の周囲には、当然のごとく警備しているらしい人の姿が見える。
しかし、ただの一般人なだけかもしれない。
そうであって欲しいという、アートンの願望が湧いてくる。
敷地には、それなりに人が多いのは理解できたが、その人々がどういった人なのかまでは、遠すぎてわからない。
「ネーブ主教に買収されたって、朝バークがいってたところだよな。もしかしたら、ヨーベルも向こうに移動しているかもかもしれないな……。あのペンション、調べてみる価値はあるな……」
そうつぶやいた後、アートンはしばらく考え込む。
「……だから? 俺、何してんだよ……」
アートンは、惚けたようにつぶやく。
「こんなとこ来て、どうしようっていうんだよ! ヨーベルは市庁舎に入って行ったんじゃないかよ。ペンションに移動してるかもって、俺にとって都合良すぎる展開だろ! 俺はいったい何したいんだ?」
独り言をいうたびに、アートンはどんどん暗い気持ちになってくる。
「ぐぐぐ……」
アートンは窓際に両腕を貼りつけ、頭を一発、気合を入れるつもりでガラスにぶつける。
ゴン! という音が、静寂なフロアに響き渡る。
「あの建物、ネーブが使ってるんだろうな……。もし、ヨーベルがネーブに連れ込まれるとしたら、やはりあそこの確立は高いと思うんだよな。ここまできたら、一か八か、やってみるしかないだろ! 可能性がある限り、行動しないと俺の気が済まない」
そう決意したアートンが、もう一度今度は、軽く頭をガラス窓にぶつけて気合を入れる。
「よしっ! あそこの調査をしてみよう!」
そして、急いで振り返って、今すぐ塔を降りようと決意した。
アートンが振り返ると、そこには警備員のような黒い服を着込んだ、ふたりの男が立っていた。
手には警棒を持ち、アートンが振り返るまで、待ち構えていたかのような態度だった。
アートンは露骨に狼狽して、言葉を絞りだそうとするがなかなか出てこない。
「困りますな……」
「入るなって、入り口の警告は、見えなかったのかな?」
露骨に怪しんだ表情の男がふたり、威圧するように警棒を手でたたきながらアートンにいってくる。
警備員のような男たちの凶暴な視線は、アートンの一挙手一投足を監視してくる。
アートンは思わず、ジャルダンでの監獄生活を思いだした。
「こんなところまで来て、何をしていた?」
冷たい男の声が、アートンに質問してくる。
「あっ! も、申し訳ない! ちょっと酔い覚ましに、立ちよっただけなんだ……。すぐ出ていくからさ! いや、ほんと悪い……」
アートンは、そういいながら男たちの反応を見てるが、彼らの殺気に満ちた視線はまるで消えそうもない。
その突き刺さるような視線は鋭く、アモスとはまた違った威圧を発し、明確な敵意が身の危険を本能的に感じさせる。
警棒の扱いに手馴れているようで、ジャルダン時代のメビー副所長を想起してしまう。
アートンはペコペコしながら、頭を下げつつ男たちの前を通って、その場から逃げようとする。
しかし、男たちの視線はアートンに向けられたまま、彼の行動を執拗に追いかける。
アートンはかなりヤバい状況かもしれないと思い、階下に降りる螺旋階段に、今すぐにでもダッシュする用意をしていた。
チラリと見ると、ふたりの男はコソコソ話し合い、ひとりが警棒をしまい何かを後ろでゴソゴソと取りだそうとしているのだ。
銃? ナイフ?
アートンが本格的に、生命の危機を感じた瞬間だった。
「ちょいと、にぃさん? お待ちなさいな」
突然、そんな女の声が聴こえてきて、その場にいた全員が声のした方向を一斉に見る。
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