67話 「女の正体」 其の二
謎の女神官が、ネーブ主教に幾度も幾度も、脳天チョップを食らわせている。
大笑するネーブは、さらに大金を周囲にぶち撒ける。
今夜の乱痴気騒ぎは、まだまだ終わりそうもない。
そんな醜態をレストランの上階から、ぼうっと眺めていたキネ、ツウィン、ユーフの三人。
すっかり三人とも手摺に手をかけて、食事も忘れて階下の乱痴気騒ぎを観察していたのだ。
同じように他の上階の客までもが、呆れたような、羨ましそうな複雑な表情で眺めていた。
本来なら高給取りしか、来られないようなレストランなのだろう。
キネたちと同じくネーブを観察していた人々は、みな身なりのいい紳士淑女だった。
ネーブが連日、このホテルで乱痴気騒ぎをしているのは、高額所得者の間でも有名で、半ば観光名所のようになっていたのだ。
思っていた以上のものが見れたと、満足したような他の客の声が、キネたちの耳に聞こえてくる。
「……すごく、楽しそうだな。正直、羨ましいぜ」
はじめてネーブの乱痴気騒ぎを見たユーフの、率直な感想だった。
「連日、あんな感じだぞ……。そんな風に思えるのも、最初の内だけだよ」
ツウィンが、ウンザリしたようにユーフにいう。
「だから、俺もこっそりあの騒ぎに参加して、おこぼれ預かるんだよ。それを考えたら、楽しそうじゃねぇか。俺なら絶対するな! おまえがしないのは、やっぱ真っ黒で目立つからか?」
またユーフが人種ネタをいってくるが、ツウィンにしたら別になんとも感じない。
自分が黒人であることに、部族の勇者であることに、そのルーツに今でも誇りを持っているからだ。
だからユーフの、差別的な発言なんか屁でもないのだ。
「でよぉ?」
ツウィンが人種のことで激昂しないのは、ユーフも承知しているので、さらりと次の話題に移行する。
「あの女神官は、何者なんだ?」
「俺も知らんよ」と、ユーフの疑問にツウィンが即答する。
「で、そのことでさっきまで、キネと話してたんだよ」
ツウィンが隣のキネを指差す。
「ふうん……。どうせ商売女に、そういうコスプレでもさせてるんだろうな」
ユーフが、可能性の高い案を口にする。
「俺も、その可能性が一番高いとは思ってるよ」
ツウィンもユーフの案に賛同してきた。
「で、完璧主義のキネさまは、確定した情報を得るまで、憶測で話したくないってか?」
「ふん、よくわかってるじゃないか……。今はまだ判断つかんよ。だが、参加者やホテル関係者に、素性は質してハッキリさせておきたい」
ユーフの厭味ったらしいいい方に、キネが動じることなくいう。
どこまでも事実を追求し、確証が持てるまで仲間内にも調査内容は話さないという、キネの徹底したスタンスだった。
同じような行動原理を持つのが、ウタとフォーンという諜報員に特化した隊員だった。
だが唯一ケリーだけはいい加減だったのだが、一転女絡みになると、特攻を発揮するのだ。
なので、キネは内心あの女のことを、ケリーに調べさせたいと思っていた。
「なるほど、神官の衣装すら性衝動に使うか! そこまでいくと、徹底した破戒僧ぶりだな、おい! 尊敬すらできないか! 聖女犯すなんて、興奮と嫉妬でどうにかなりそうだぜ!」
ひとりユーフが、テンション上がっている。
それを、じっとりとした目つきでキネとツウィンが見る。
「……良くも悪くも、あのキャラは注目を浴びるからな。結果として、ネーブの名前を知らしめることに、なったわけだからな」
ツウィンが、冷静にネーブのキャラを分析する。
「悪名もまた名なり、ってことだろ」
キネが手摺から手を離し、腕組みをして考え込む。
「わかった上でやってるなら、たいしたヤツじゃねぇかよ! オールズ教会での勢力は、他の連中に圧勝してるんだろ?」
ユーフが、どこから仕入れてきたのか、けっこう正しい情報をいってきた。
「ああ、そうだな。ライ・ローの旦那も、あの男を今はもう、ただの俗物坊主としては見ていないようだからな。戦争後のエンドールに、大きな影響を与える重要人物と、考えているようだからな……」
ツウィンがいい、ユーフから双眼鏡を借りてネーブを見る。
「パルテノは、狂信者で論外として……。あとの三人は、なんか小物臭するんだよな。小物主教どもが、焦って連携取りだしたとしても、もう手遅れ感あるよなぁ」
豪快に笑い、金をばら撒き、料理を頬張りながら金髪の女神官を抱きしめているネーブを、ツウィンが双眼鏡越しに見る。
「そういや、なんかひとり、マイルトロンに来てなかったか?」
ユーフが、思いだしたように尋ねてくる。
「リグスターだな。親父もいってたが、あれは、ほぼ無害な職業坊主だ。坊主らしい坊主、それだけって感じだな」
キネが五主教のひとりの、リグスターについて少し印象を語る。
実際、キネのいう通りのような人物で、人畜無害を地で行くような主教なのだ。
悪い印象も聞かなければ、かといって良いイメージもないという、凡庸な人物なのだ。
「俺はなんか、そいつ物書きってイメージがあるな。もちろん、そいつの本なんか読んだことないがな!」
ユーフが、勝ち誇ったようにいうが当然そんな態度スルーされる。
「説法会が上手いとか聞いてるが、とてもネーブのキャラに勝てるようなタマじゃね~よな。小金は稼げるみたいだが、ネーブの稼ぎ方の前じゃ、霞んで見えるよな」
ツウィンが、リグスターを評して薄っすらと笑うと、ユーフに双眼鏡を返す。
「ん~……」
ユーフが双眼鏡をのぞき込み、馬鹿騒ぎしている女神官を見ている。
テーブルを手摺側に寄せて、勝手にツウィンたちの酒やツマミを飲み食いしながら、ユーフは女神官の肢体を堪能していた。
怪訝な顔をしつつも、ユーフを眺めるキネとツウィンはあえて黙っていた。
自分たちも気になっていたあの女神官に、この男がどういった見解を示すか、試しに聞いてみようと思ったのだ。
粗野で知性の欠片のない言動を取る男だが、決して地頭が悪いわけではないので、直感的な閃きを発揮するのではと期待したのだ。
「たまらん身体してるな、女神官ちゃん!」
だが、予想した通りの感想がユーフの第一声だった。
「でだ……」
ここでユーフが真剣な声になる。
「あのね~ちゃんの、最高のパイオツにあるのは……」
双眼鏡に映り込む、女神官の胸に光る物体にユーフは注目する。
「ほう、意外にもそこに気づいたのか」
ユーフの観察眼にツウィンが驚く。
「ああ、懐中時計だな……。しかもトリオ社のだ」
そういってツウィンが形は違うが、軍が支給してくれた安物っぽい懐中時計を、ポケットから出してくる。
「トリオか! そりゃすごい逸品だな!」ユーフが驚く。
トリオ社は時計の名門企業だったが、数年前倒産、その精巧な時計はマニアの間では、垂涎の逸品として知られていた。
しかも会社が倒産したとあって、現存する時計はいずれもプレミアがつき、ニカイド時計と同じぐらいの値打ちになっているのだ。
「あの懐中時計は、ネーブからの贈り物か? ロズリグではなく、あれを装備してるということは、そういうことだろう」
ロズリグはオールズ教会が、信仰の対象とするメダイの名称であることは、どこかで説明したと思うがここでまた再度説明しておく。
歪な円をかたどった、メダイを数珠と鎖で繋いだ、オールズ神官なら誰もが持つ宗教道具だった。
神官なら肌身離さず持っていて当然なのだが、それを謎の女神官はしていないのだ。
ロズリグの代わりに、首から懐中時計をぶら下げている女神官。
最初は、やけに目立つロズリグだと思ったユーフだが、正体を知って納得した。
「なるほどな、そういう理由であれはニセ神官……。コスプレさせた女だろうって、可能性も高まるわな」
「畏れ多いことにな……」
ユーフの言葉に、キネが不快そうにいう。
特に信仰心が高いわけではないキネだが、神職の衣装を売女に着せるというのが、生理的に受けつけられなかったのだ。
「となると……。今夜の狙いは、あの女神官モドキってことか」
ユーフがもう一度双眼鏡をのぞいて、極上の娼婦らしい神官モドキを眺める。
「きっと、そうなんだろうな……」
ツウィンが、ワイングラスを手に取ろうとしたら、ユーフがそれを奪い去り飲み干す。
「かぁっ~! 羨ましい限りだぜ!」
ユーフはワイングラスをテーブルに返すと、双眼鏡をギリギリと両手で握りしめ悔しがる。
そしてキネの方向に振り返り、ユーフは手摺にもたれかかる。
「相当高いんだろうな、この大剣、質に入れてでも俺もお相手願いたいぜ」
ユーフはポンポンと腰の大剣を叩く。
「……俺に、いってんのかよ」
ユーフの視線が、自分に向けられているのに気づいて、キネが憮然とした表情になる。
「身元調べるために、ケツ追いかけまわすのは、おまえの十八番だろ。ケリーのヤツに教えたら、よろこび勇んで捜索開始するだろ」
キネを指差しながら、ユーフがそんなことをいってくる。
実際そうだから、ユーフごときに先んじて提案されると不愉快なキネ。
「どの店所属で、料金表と、出勤リストももらってきてくれよ。オプションは、どこまで可能かとか。あとは俺も、オールズの僧衣着用で!」
ユーフがそういってくると同時に、キネが声に怒気を含ませていう。
「……おまえ、もう帰れよ!」
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