67話 「女の正体」 其の一
「うおおおおおっ!」と、大盛り上がりするネーブたち俗物連中。
ミシャリと名乗る女神官が、見事にワイン一本をラッパ飲みしてみせたのだ。
「素晴らしいぃぃっ! 飲みっぷりじゃぁ!」
ネーブが口角から涎を撒き散らしながら、興奮したようにミシャリにいう。
便宜上しばらく、ミシャリとヨーベルの名前を文中で混同させるが、ご容赦願いたい。
「どうですかぁっ! これぐらいのお酒なんて、どうってことないんですよ!」
ヨーベルは、得意満面といった感じだった。
しかし、すぐにふらつくと、ネーブの巨体に寄り添うように倒れ込む。
手にしたワイン瓶が、地面に落ちて転がっていく。
「うい~……。でも、さすがにもう飲み過ぎなのです。お酒は、さっきので最後ですよ~」
「おやおや、まだ始まったばかりじゃぞぉぉぉ?」
ネーブの胸にもたれかかり、苦しそうにいうミシャリの金髪をなでながら、俗物坊主の表情が下卑てくる。
ネーブの目配せを受け、僧兵の部下が奥に引っ込む。
僧兵たちはレストランの奥で、如何にも怪しいクスリを用意する。
「もっと極上の、お酒があるんじゃぞ。ミシャリちゃんお気に入り間違いなしの、あま~いリキュールじゃぁ! ほれっ! 早う持ってこんかい!」
ネーブが部下を急かす。
「あ、甘いのですか? う~ん、魅力的です~。でも、これ以上の甘いモノは~……」
ヨーベルが困ったように、ネーブのブヨブヨの腹に顔を埋めたままいう。
「これじゃ、これじゃ!」
部下の僧兵が持ってきた、チョコレートベースのリキュールをネーブは受け取る。
「チョコ!?」
ヨーベルがすかさず反応し、そのリキュールを物珍しげに眺める。
泥水のような液体だが、香り高いチョコレートの甘い匂いに、ヨーベルはクラクラする。
思わずゴクリと、生唾を飲み込むヨーベルの手には、すでにグラスが握られていた。
ヨーベルは、すかさずグラスを顔に近づける。
香りをまず楽しみ、うっとりした表情になる。
「どうじゃ? これを前にして、我慢できるかの~」
「う~ん、できませんの~」
「ぶひゃひゃっ! いいノリじゃぁあああっ!」
ネーブが高笑い、ヨーベルがグラスの液体に口をつける。
それを見た、グラスを運んできたネーブの部下の僧兵たちがニヤニヤする。
今夜のネーブ主教の狙いは、あの女神官の格好をした女なんだろう。
ネーブの好みを瞬時に察し、その段取りを用意するのも、彼ら僧兵の大事な仕事だった。
ちなみに、前の話数で登場してきたストプトンの直属の上司たちが、この僧兵集団なのだ。
女を落とすためにクスリを用い、主に女を献上するという行為を、ストプトンのような堅物が許すわけがなかった。
いくら彼の直属の上司とはいえ、堅物そうなストプトンの前では、彼の倫理観を刺激するような行為は彼らもできるだけ控えていたのだ。
さいわいなことに、ストプトン自身が主に後方の事務的業務を率先してやってくれているので、今のところまだそれといった衝突は起きていなかった。
しかし、どうしてストプトンが、自分たちの配下に志願してきたのかは未だ不明で、実は彼らも警戒しているのだ。
ストプトンの経歴についてはほとんど知られていなくて、ネーブ主教はもちろん、直属の僧兵たちもその過去を知らなかった。
あまりにも有能なので、もしや他勢力のスパイなのでは? という声が、僧兵たちの間に起きるのも無理もなかった。
だが、ストプトンの堅実ぶりをネーブは高く評価している。
腰巾着だけを評価するような下衆ではないというのが、ネーブ主教のその後の評価として語られる。
「ぶひぃぃぃっ!」
そんな、後世、その存在を再評価されることになるネーブ主教だが、サイギンでの醜態は、誰もが知るところだった。
豚のような奇声をあげ、有り金をばら撒き、取り巻きたちにつかみ取りをさせては悦に浸っていた。
我先にと金を奪い合う、ネーブの取り巻きたち。
その行為に、ホテルマンがひとりも加わろうとしなかったのは、一応名門とされるサイギン市庁舎の、ホテル従業員としての矜持だったのだろう。
一方ヨーベルは、チョコレートリキュールの二杯目をあおるように飲み干していた。
一杯どころか、三杯目までヨーベルは注文する。
「なんと~惚れ惚れする、飲みっぷりじゃっぁああああああああああ!」
ネーブが巨体に似合わない甲高い声で、人語とは思えない奇声を上げて驚嘆する。
「最高じゃぞ! ミシャリちゃんんんっ!」
ネーブは感動したのか、ヨーベルの豊満な肢体に抱きつき、その胸に顔を埋め込んでくる。
「あ~っ! どすけべぇ!」
そういうやヨーベルは、容赦無い脳天唐竹割りを、ネーブの落花生のようなハゲ頭に食らわせるのだった。
鈍い音が響き渡り、その場の空気が一瞬で凍りついたようになる。
頭を抑え、痛みをこらえるネーブは、恐ろしいことに無言だった。
突然の静寂に、周囲の人間の動きがすべて止まり、その場から遠ざかろうと、ゆっくり後ずさりする人間も出ていた。
そんな中、ミシャリと名乗る女神官の高笑いが響き渡り、さらに二発三発と手刀がネーブの頭頂部に、ゴスゴスと振り下ろされる。
その場の空気が、さらに凍りつく。
しかし……。
「ぶわっひゃひゃひゃひゃぁぁああああっ!」
ネーブは狂った猿のような奇声を上げて、大口を開けて大笑いをする。
涎をダラダラたらし、気狂いのような表情をして笑う彼は、いたって正常だったりする。
むしろこれは、上機嫌の証でもあったのだ。
それを見て周囲の人間が、胸をなで下ろし安堵のため息を漏らす。
「ぶひゃひゃひゃっ! なんとも素晴らしい、一撃じゃわいっ! 一発一発が、脳細胞に喝を与えるような衝撃じゃぁっ!」
ネーブがうれしそうに、ミシャリの脳天チョップを高評価する。
「アモスちゃん直伝です! どうですかっ! 頭が悪くなるほどの一撃の重みは!」
ヨーベルが、アモスの名前をサラリとだし、さらにチョップの構えをしようとする。
周囲の人間が、ヨーベルのさらなる追撃を恐れたが、さすがにそれはしないようだった。
どさくさに紛れて、アモスの名前を出してしまったヨーベルだが、緊迫した空気だったため、その名前には誰も反応しなかった。
「良いぞ良いぞ! ぶひゃひゃひゃっ!」
そうネーブが大笑するので、場の空気がまた元に戻る。
「何を盛り下がっておる! ほれっ! もっと盛り上がらんか!」
立ち上がったネーブが、さらに大金をばら撒きだす。
こうして再度、無礼講の浅ましき乱痴気騒ぎが、催されることになる。
そんな、必死に金を集めてる人々を、ヨーベルも指を差して笑う。
「あははは、必死です~。わたしたちも、お金には実は苦労してました~。ください~」
ヨーベルがネーブに対して、手を差し伸べてそんなことをいう。
「なんじゃ、金か! では、これは小遣いじゃ、まあ取っておきなさい!」
ヨーベルの目の前に、札束が出される。
「いただきます~! 返しませんよ!」
一瞬の躊躇なく、ヨーベルはその金を懐に入れる。
「それにしても、なんだかみんなに申し訳ないです~」
「何をいっておるか、小遣い程度じゃぞ~」
「いえいえ~、みんなってのは宿のみんなです~」
完全に、呂律の回らなくなっているようなヨーベルの言葉。
「宿のみんなとな?」
ネーブは、ヨーベルを抱きかかえるようにして、髪をなでながら尋ねる。
「ちょっと、お願いがあるから来ただけなのに~。わたしだけ、こんなにも楽しい思い、していいのかなぁって~」
ヨーベルはモジモジしながらいう。
「ヌフフ! 気にするでないぞ~」
ネーブが豪快さのない、今までとは雰囲気の違う、ネットリとした口調でいい笑みを浮かべる。
「お願いなら、あとでちゃんと、聞いてやるから安心しちゃれ」
そういってヨーベルの髪をなでながら、似合いもしない優しい言葉を投げかける。
「絶対なんですよ~」
そういうヨーベルだが、もう完全に酔いが回りきり、言葉も弱々しい。
今にも寝てしまいそうな、意識朦朧とした声だった。
「嘘ついたら、アモスちゃんにいいつけちゃうよ~。怒ったら怖いんですよ~、あの娘」
そこまでいって、ヨーベルが突然ガバリと目覚めて、周りを見渡す。
あまりにも突然のヨーベルの行動だったので、ネーブは面食らう。
「アモスちゃんは、今いないから安心かもです!」
そんなよくわからない理由で、ヨーベルはホッとしたような表情になる。
「ワシとしては、そのアモスちゃんなる娘も、気になるの~」
ネーブがかなり興味を持って、一瞬で眠気から覚醒したようなヨーベルにいう。
「そんなこといえるのも、今のうちですよ~。オジサン、いっぱいぶたれちゃうよ~、きっとです~!」
ヨーベルが、アモスの怖さを幼稚な説明で力説する。
「いっぱい、ぶたれるとな? ほうほう、それは楽しみじゃ~」
ネーブがまた涎を垂らしながら、そんな気持ち悪いことをいって笑顔になる。
「アモスちゃんのは、こんな程度じゃないんですよ!」
そういうや、いきなりヨーベルはネーブに対して再度、脳天唐竹割りをするのだ。
慌てまくる周囲の人間だが、当のネーブがうれしそうに、そのチョップを受けて笑っている。
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