66話 「乱痴気騒ぎ」

今回登場する三人のサルガの隊員は、かなりの重要人物なので覚えてくれるとありがたい存在です。


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 少し時間は遡り、アートンとバークが市庁舎前にやってくる前の、市庁舎内部での出来事。


「噂のネーブってヤツは、どいつだ?」

 特殊部隊「サルガ」の、キネとツウィンがレストランの二階部分のテーブル席で食事をしていると、いきなり現れた百九十センチはあるような大男を見る。


 大男の名前はユーフ。

 レザーのジャケットの下に鎖帷子を着こみ、腰には地面に届きそうなぐらい、長い大剣を装備した男だった。

 返り血がついたレザーブーツを履いた脚が、高級そうな絨毯の上を、ドスドスと音を立てて歩く。

 ユーフは、キネとツウィンの回答も待たずに、ふたりの席を素通りして、手摺越しに階下のレストランを眺めた。

 耳をすますまでもなく、ネーブ主教とその取り巻きの有象無象どもの嬌声が聞こえてくる。


 ユーフは手摺に手をかけると、一階のレストランの中央席を占拠して、大騒ぎをしている連中を見る。

 ネーブを中心に両サイドに女を侍らせ、対面にさっそく買収した財界人を招いて、酒池肉林の馬鹿騒ぎをしていた。

 テーブルの上には酒と料理だけでなく、大金がこれ見よがしに置かれ、ネーブが気に入った人間に、容赦なく札束を投げつける。

 その周囲のデーブルにも、同じように料理や酒が振るまわれている。


 一階のレストランは、どんちゃん騒ぎになってしまっていた。

 ネーブに名前を覚えてもらおうと、彼の周囲には、俗物たちの列ができていた。

 俗物には財界人や役人までいれば、彼の警備を勝手に担当している警備部隊の人間もいた。

「お~お~、豪勢なこったなぁ!」と、ユーフがうれしそうにいう。

 人目でそれとわかるような、丸々と肥えた豚のようなハゲ男が目についた。

「あれが王道の俗物、酒池肉林キャラのネーブ主教さまか! ほうほう、しっかし、あそこまでわかりやすくていいのか?」

「わかりやすいほうが、一般受けはいいんだよ」

 ユーフの懸念に、ツウィンが王道の素晴らしさを説く。


 ユーフが口笛をひとつ吹くと、ニヤリと口元を歪める。

「あの白いのが、ネーブ直属の僧兵部隊か?」

 ユーフが指差すのは、白い僧衣を着た集団だった。

 ユーフは、僧兵部隊の戦士としての力量に興味がありそうで、じっくりと彼らの立ち居振る舞いを観察する。

「そうそう! 今日知ったが、“ あいつ ”がいるって聞いたんだが、見かけないな」

 ユーフは、ところどころでロングメイスを装備して、警備を担当している白い僧衣を着た僧兵を見て目的の人物を探す。

「いるんだろ? ミルドの野郎」

 ユーフが背中を向けたまま、キネとツウィンに尋ねる。

「おまえ、勝手に持ち場離れてるんじゃねえよ」

 ツウィンが不愉快そうに、ユーフの後ろ姿に声をかける。

「いまさらかよ! 質問に答えてくれたら、考えてやる」

 ユーフの子供のような返答に、キネとツウィンが舌打ちをする。


「ヤツはあの性格だ、ああいう場面には参加せず、黙々と事務処理でもしてるんだろ」

 キネがそう教える。

「なんだよ、久しぶりに会ってやろうと思った、俺との友情をないがしろにするのかよ」

 キネの回答に、不愉快そうにいうユーフ。

「あいつはおまえとの友情なんて、あるとは思ってないだろうな」

 ツウィンが、グラスにワインを注ぎながらいう。

「え~! マジかよ、ショックだぜ! 寝込んだらどうしてくれる」

 まったく、ショックとも思っていないようなトーンのユーフ。


「しばらく暇だし、措置入院でもしてればいいだろ。おまえの頭と精神、きっと何かしら異常が見つかるだろうからな」

 ツウィンが、ワインの香りを味わいながらユーフに毒づく。

「任務自体暇なんだ、入院なんかしたらもっと暇だろ。看護婦の格好した娼婦でも見繕ってくれるなら、入院プレイぐらいしてもいいぞ」

 そういって振り返りキネに向かっていう。

「なんで、俺に向かっていうんだよ……」と、キネが不満そうにいう。

「そういう店、すぐ探せるだろ? おまえならよぉ」

 振り返った際に、ユーフの左眉から頬にかけて、斜めに走る大きな裂傷が嫌でも目につく。

 歴戦の傭兵だったユーフの、武勇の証であり、彼自身のトレードマークとしている傷跡だった。

 強面ぞろいのコマンド部隊、「サルガ」の中でも特に目立つ男で、生粋の戦闘員である彼は高名な剣客でもあった。


 戦争が、銃と大砲を主力にシフトした時代にあり、彼は中世戦国時代の蛮族のように、剣を持って突撃して数々の武勲を立ててきた、前時代的な戦士なのだ。

 彼が先陣を切って突撃し、その豪胆ぶりを示し雄叫びを上げるだけで、敵兵が戦意喪失して逃げだした戦いが、マイルトロンでは何度もあったのだ。

「咆哮のユーフ」として、彼の蛮勇はエンドール軍でも高く評価されていた。

 そんな彼の実績が過度な自信になり、自然と横柄な態度へと繋がっていたりする。


 割りと細かい主従関係を重視する、キネのような若干融通の効かない男からすると、ユーフのような剛気な人物は苦手なタイプなのだ。

 しかし双方嫌い合っているというわけではなく、ユーフはキネの自分への評価などはなから気にかけていないほど豪胆だし、そうかと思えば、キネの指揮する部隊のバックアップを、全面的に信頼していたりもした。

 キネのほうも、ユーフの傲慢極まりない態度こそ好きになれないが、彼の戦闘力を高く評価して、彼の部隊のバックアップ要因として欠かせない存在だったりするのだ。

 互いに実力を認め合っている関係だが、さすがに戦闘時以外でのパシリ要求にはキネも快くない。


「もう一回いうぞ。勝手に持ち場離れるな、今すぐ持ち場に戻れ!」

 そしてツウィンには、ユーフの行動をいちいち突っ込むという、「サルガ」としての役割が自然とでき上がっていた。

「存在が公になってない人間、警護する虚しさってのを、お前らは理解できるか?」

 何故か大げさにツウィンに振り返り、声色まで変えて両手を広げるような感じで訊いてくる。

 芝居がかった態度にイラッとしたと同時に、また誰かの真似をしているなと察したキネとツウィン。

 妙に芸達者なユーフは、別部隊の隊長の口癖や仕草を真似たり、エンドールの指揮官クラスのモノマネをしてくるのだ。

 笑わせるつもりでやっているのかは不明だが、妙に似ていたりするので「サルガ」内では、概ね好評だったりするのだ。


「それじゃあ、こっちもいわせてもらうが。低俗極まりない俗物に、四六時中つきっきりの不快感を、おまえ理解できるってのか?」

 ツウィンがワインを一気に飲み干し、うんざりした顔でユーフに尋ねる。

 そのセリフ、先日聞いたような気がするなと、キネは黙って食事をしながら思う。

「そっちのほうが、まだ見ている分では楽しめるだろ」

「俺が今、楽しそうな顔してるように見えるのか?」

「真っ黒すぎて判別できねぇよ、その黒い塗装落としてくれよ。どんな表情なんだ? よくわかんねぇなぁぁ?」

 ユーフが、南の大陸出身の人種の血を、色濃く引いているツウィンに対してそんなことをいう。

 ツウィンは、ユーフのこの手のブラックジョークには、慣れているのでいちいち反応しない。


「旦那なら、シャッセとチヒロがつきっきりで守ってるよ。そんな気にすんな。あとだ、ハイハのクソガキもいるし、なおさら問題ないだろ……」

 ハイハという名前を、露骨に嫌そうな顔をしてユーフはいう。

 シャッセとチヒロというのは、ユーフと長い間行動をともにする、彼同様の武力一辺倒の仲間だった。

 ちなみにユーフがいった「旦那」というのが、彼ら「サルガ」という組織の頭目だった。

 彼についての描写は、すぐに登場が控えているので、その時にでもしようと思う。


 階下から馬鹿騒ぎしている嬌声が、さらに大きく聞こえてくる。

 いつの間にか、ネーブを中心とした乱痴気騒ぎは規模を拡大させ、無関係だった周囲の来客をも巻き込んでいた。

 これは毎度のことなのだが、ネーブにつきまとう利権にあやかろうとする集団が、無礼講のように騒ぎだした瞬間でもあった。

 飲み食いタダで、余った女はお持ち帰り自由。

 ネーブにつきまといたい人間が後を絶たず、金魚の糞が増加の一途を辿るのも、こういった要因が当然関係していた。

 ネーブの豪遊に付き合えば、何かしら美味しい思いができるのだから、当然といえば当然だった。


「どれどれ~」

 ユーフが再度手摺に手をかけて、目を凝らして乱痴気騒ぎをしている連中どもを眺める。

 腰にかけていた無骨でデカい双眼鏡を取りだすと、ユーフはネーブたちを観察しはじめる。

「あの女は、八十点ぐらいだな。あっちは九十点、いい感じだ! っていうか、ネーブ若干デブ専入ってるか? 面はいいんだが、どいつも腰回りが太すぎて、いまいち趣味合わんな」

「おまえの好みは、そのうち反映してやる、だからさっさと持ち場に戻れって」

 キネがユーフに向かってそういうが、当然無視される。


「あの貞操の緩そうな女どもは、ネーブ専属のお抱え連中か? 頭が悪そうだが、やはり抱き心地は良さそうだな! おいっ! たまんねぇぜ! いっちょ、スニーキングミッションしてきていいか? あの辺りの姉ちゃん、持ち帰ってきてやるぜ」

「おまえは、性格的にスニーキングなんて無理だろ」

 ツウィンが突っ込むが、ユーフは身を手摺から乗りだし女連中を物色する。

「そうそう、あれだ。ゲンブの野郎が紹介した宿は、なんか怪しい女が多くてな。ゲンブの野郎、そのうち性病でももらうんじゃねぇのか?」

 ユーフが双眼鏡をのぞきながら、隅々まで一階にいる俗物どもを観察する。


「料金表見て、俺は最初からパスしたな。あの安さは、ちょっと異常だぜ。どんな病気持ちが勢揃いか、知れたもんじゃない」

 ツウィンがため息をついていう。

「そういやおまえは消し炭みたいな、真っ黒なのしか興味ないんだってな」

「代々つづく部族の勇者を、産んでもらえる女ではないと困るからな!」

「その部族の長設定、いつまで引っ張るんだよ」

「設定じゃね~よ! 脳筋!」

 ツウィンとユーフのやり取りが、ドンドン幼児化していくのを、キネは眉をしかめて聞いていた。


「おい、落ちて死んだら笑えるが。おまえには、まだ死なれちゃこまんだよ。身、乗りだしすぎだろ、少しは自重しろって」

 キネが手摺から身を乗り出しまくり、階下の乱痴気騒ぎを物色しているユーフにいう。

「死なれちゃこマ◯コか、いまいちかな。おまえにしちゃ、よくできたユーモアだがな」

 ユーフが、キネの忠告に対してそんな返しをする。

 当然、そんなことをいったつもりがないキネは憮然とする。

「……でだ。ひとつ、気になるんだがよ?」

 ユーフが、さっきまでのテンションと違い、真面目なトーンでいってくる。

「なんだよ?」

 異口同音にキネとツウィンが尋ねる。


「バカ騒ぎしてる女の中に、ひとり女神官がいるように、見えるんだが……。あれは俺の気のせいか?」

 ネーブのすぐ隣で顔を真っ赤にして、瓶ごとワインをラッパ飲みしている金髪の女神官がいるのだ。

 綺麗な長い金髪が特徴的で、レベルの高い売女連中の中でも、一際目立っていた。

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