65話 「劇薬の作法」 後編
「よしっ! あたしが、さっそくなんとかしてみるわ」
アモスが、ベンチから勢い良く立ち上がる。
「えっ? ど、どういうことだよ?」
アートンが、いきなり立ち上がったアモスを、驚愕の表情で見上げる。
「あたしに任せとけって意味よ、それすら理解できない? あと、あたしが助けてくるって意味もあるわ、まだ理解できない?」
アモスが冷笑しながらアートンを見下す。
「バ、バカな……。あそこに、侵入するっていうのか? な、何を考えてるんだよ?」
アートンが、驚いてアモスにいう。
「今の言葉は、あんたにとって大きなマイナスポイントね。でも、緊急事態ってことで、特別に見逃してやるわ」
そこでアモスが、また嘲笑うように口角を上げる。
「それにしても、陳腐な反応ね。せめて、じゃあ俺もつれて行け! とか、嘘でも気の利いたセリフ、いえないわけ? ほんと退屈なヤツね。なんかさぁ、もう、哀れみさえ感じるわ」
アモスの冷たい視線を受けて、アートンは目を白黒させる。
「な、なんだよ……」
強気なアモスにアートンは、そんなつまらない言葉を絞りだすだけで精一杯だった。
「あんたはぁ、そうねぇ……。んっ! 邪魔だから帰ってなっ!」
いきなりアモスが、アートンにそう吐き捨てる。
「はぁ?」
また陳腐な反応をしてしまうアートン。
「あとそうね、もしかしたらってことも、あるだろうから……」
アモスは、腕を組んで考え込む。
「すぐ宿を引き払えるように、その準備もしときな!」
「だから、どういうことだって? きちんと説明しろよ!」
アートンのくせに、生意気な怒声を上げてきたのでアモスが苛立つ。
「あたしが、何とかしてあげるっていってるんでしょ! あんたは、いわれたことだけ、やってればいいのよ! さっさと宿に帰れっ! これ以上この街で、ゴタゴタするのはゴメンでしょ! あんたが原因で、こうなった可能性高いんだからね! そこんとこ、自覚してんのか!」
激昂したアモスに痛いところを突かれ、アートンは絶句してしまう。
「責任感じてるんだったら、今は犬みたく、いわれた通りにしてな! じゃあなっ! クソ無能!」
アモスは、アートンと背後に座る青瓢箪に背を向けて、堂々と厳重な警備の市庁舎正門の入り口に歩いていく。
車道は車の往来も多いので、アモスはきちんと信号は守る。
「お、おい……。どうしたらいいんだよ、この状況……」
アートンは、傍から見ると女に捨てられたような弱々しい声で、アモスを呼び止めようとする。
しかしアモスは、もうアートンを完全に無視して、青になった信号を渡り市庁舎に堂々と向かっていた。
困り果てるアートンのところに、花屋の老婆がニコニコしながら近づいてきていう。
「若いってのは、いいもんですなぁ~」
小さな老婆が、いきなり足元から現れてそういってきたので、アートンは苦笑するしかなかった。
「いや、ほんと、痴話喧嘩とか、そういうのじゃないから……。むしろ、そういうほうが、はるかにマシなレベルの修羅場なんだよな……」
アートンがまた、折り曲げた人差し指を囓りながら、人波の中に紛れるアモスの後ろ姿を見ようとする。
ところが、いつの間にかアモスの姿は市庁舎入り口付近から消えていて、もうどこにいったのかも判別不能だった。
騒ぎが何も起きていないところを見るに、あの女のことだから、本当に難なく潜入したのかもしれない。
そんなことを思っていると、花屋の老婆が花束を抱えていた。
「仲直りの印に、お花はよろこばれますよぉ」
そういって、いつ見繕ったのか花束をアートンに薦めてくる。
「いや、だからね。手持ちが、ほんとにないんだよ」
アートンは恐喝を食らったかのように、ポケットの裏地を全部見せ、どこにも金がないことを老婆にアピールする。
あまりにもイイ男のみっともない行為に、老婆も引き気味だった。
アートンは上着まで脱いで、胸裏のポケットの中まで見せつけてくる。
「わかりましたよう。もう、いいですから」
老婆は、さすがにアートンが不憫に思え、ズボンのベルトにまで手をかけだしたアートンを止める。
なんとか下着姿になるのは止められたアートンが、ふと気になるモノを発見する。
そういえば、さっきから視界には、チラチラと写り込んではいたモノだ。
「あれってさぁ……」
アートンが気になったのは、市庁舎と同じぐらいの高さを誇る塔だった。
市庁舎の死角に隠れ、見えなくなる角度が存在したり、廃業して中には何もない廃墟ということから、幽霊タワーとも呼ばれているという。
花屋の老婆が、塔について教えてくれた。
「オーナー一家はあの塔を、サイギンのランドマークにするんだと、息巻いておったんだがのぉ。大口ばかり叩く、好かん一族だったが……。アレのせいで一族は離散、息子は塔から投身するわで、悲惨な結果になってのぉ。今でも塔の頂上から、身投げした息子の怨霊が、あの一帯には取り憑いていると、噂になっているらしいわい」
「そんな、過去があったのか……」
老婆の話しを聞きながら、冷静さを取り戻したアートンがいう。
「結局、あの塔は何だったんだい?」
「ああ、ありゃねぇ……。いろんなテナントが入った、商業施設だったんだけどねぇ。客入りがサッパリで、結局半年ももたんかったのぉ」
花屋の老婆が教えてくれる。
アートンはその話しを聞きながら、塔の頂上部分に、薄っすらと明かりを発見する。
霊的な話しには、まるで興味のないアートンは、それを見ても特に騒いだりしなかった。
塔の最上部に、展望台のようなものを見つけたのだ。
「あの上にある展望台は、まだ使用してるのかな?」
「展望台?」
アートンの指差す方向を眺める老婆。
「ああ、そんなモノありましたなぁ。わざわざあんなとこ登らんでも、こっちにもっといいのが、ありますからなぁ」
そういって花屋の老婆が、目の前に聳える巨大な市庁舎を指差す。
「なんで、わざわざあんな塔を作ったのか、今でも理解に苦しみますわい。あんな塔に登らんでも、飯を食える場所は山ほどあるし、服も買えますわい」
花屋の老婆の、疑問に満ちた声を聞きながらアートンは考えていた。
(あの上から辺り一面を見下ろせば、何か手がかりが見つかるかも……。そういえばネーブが、市庁舎近くのペンションを買収したとか記事があったな……。上からなら、何か手がかりが見つかるかもしれない)
アートンは決意を込めた目つきになると、花屋の老婆に礼をいう。
そして、塔の方面に向けてアートンは走っていく。
「あれまぁ……。急に漢らしい感じになったけど、どうしたんだろうねぇ」
走り去る、アートンの後ろ姿を眺める花屋の老婆。
すると……。
さっきまで座り込んでいた、アモスが監視していた青瓢箪が急に立ち上がり、老婆の隣をフラフラと歩いていく。
青瓢箪の視線は定まらず、夢遊病者のように人混みの中に紛れる。
手にした高級酒のラベルには、ブロブ・フォールの文字と、彼の肖像画が描かれていた。
フォールで、最高級と呼ばれるブランデーだった。
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