65話 「劇薬の作法」 前編
「なるほどねぇ……。あのオッパイ女、何をトチ狂ったことしてんだか。やっぱり頭は空っぽ、オッパイにばっかり栄養取られてるのね」
アートンから事情を聞いたアモスが、市庁舎を見上げてヤレヤレという顔をする。
しかし、それほど深刻そうでないアモスの表情。
それも当然で、アモスの「認識されなくなる」能力を使えば、市庁舎への潜入と捜索は容易だからだ。
ただ面倒な手間をかけさせてという、ヨーベルへの億劫さが表情に出てしまう。
そしてアモスは、もう一度チラリとアートンの後方を見る。
例の青瓢箪が、まだベンチに折りたたまれたように腰掛け、身動きひとつしていないのを確認する。
身の丈に合わない高級酒が、身体に受けつけないのか、悪酔いしているかのようになり、今にも眠りに落ちそうな状況だ。
「いっそ、もう永眠してろ」と、アモスは思う。
「あれまあっ! おにぃさん、やっぱり二股だったのかい? その娘も、可愛い娘さんだこと、お盛んだねぇ」
花屋の老婆がやってきてアートンにいう。
「やっぱり、ってなんだい。そ、そういうわけじゃないよ」
すぐに否定するアートン。
「まったくよ! こんなゴミクズ男! 冗談じゃないわ! 使えない見掛け倒しの、ハッタリ野郎!」
アモスはアートンの悪口なら、短時間にいくらでも出てくるようだ。
「で、アートン! ちょっと、こっち来な!」
アモスがアートンの袖を引っ張って、例の青瓢箪の動向が、きちんと確認できる場所にまで移動する。
まるで女の尻に完全に引かれているような、イケメンのみっともない醜態を、興味深げに眺める花屋の老婆。
「ああいうナヨナヨしたのが、守ってあげたいとかいって、人気出るものなのかね? まったく、よくわからない風潮だよねぇ」
老婆が、引きずられるアートンの様子を見てため息をつく。
「どういうことか、もう少し詳しく話しな」
アモスとアートンは、青瓢箪の隣のベンチに座り、ヨーベルのことを話す。
ちなみにアモスは、青瓢箪には例の認識されない能力をすでに使っているので、視認されることは万にひとつもなかった。
「事情は、俺にもよくわからないんだよ。もちろんバークもな」
バークの名前を追加で出して、責任を半減させようとするアートンのものいいに、イラッときたアモスだがここは我慢する。
「なんか急に、ネーブに会いにいくって、宿を出たらしくって。僧衣まで着込んで出ていったって、宿の女将さんがいっててさ。で、実際、僧衣を着たヨーベルらしき女性を、さっきのお婆さんが見てるんだよ」
アートンが、花屋の方向を指差しアモスに説明する。
「なんで、ネーブなのよ? ネーブって、確かあの肉塊だったっけ?」
アモスが新聞で見た、気持ちの悪い豚のような男を思いだす。
「そ、そうだけど……」
アートンは、思わず周囲の視線を気にする。
ネーブのことを悪くいって、聞かれたら不味いかも知れなかったからだ。
しかし、その周囲を気にするアートンの弱気な態度が、アモスの逆鱗に触れる。
「なんで、肉塊に会いに行くってのよ!」
かなり大声を出して、アモスがアートンに訊く。
あまりの大声にひるむアートンだが、ここはアモスと応戦せず、素直に訊かれたことを正直に答えるようにする。
激昂したこの女が、恐ろしいのはわかりきっているし、勝ち目がないのも理解しているからだ。
「それがわかれば、こんなに俺もバークも焦っていないって。ほんと、突然だったんだよ。理由は、ヨーベル本人から訊くしかないよ……」
アートンが、完全お手上げ状態な感じでいう。
イライラするアートンの態度だが、ヨーベルの行動が理解できないのは仕方ないと思い、アモスは怒りを堪える。
「みんなを助けたい、とかいってたみたいで……」
「みんな? 助ける?」
アートンの言葉に、アモスが怪訝な顔をする。
「今のあたしら、順調にやってるじゃん、何を助けるっていうのよ」
アモスのいうことは、もっともだった。
泊まる場所もあるし、初っ端なくした金も、今は問題ないし、ヨーベルだって観光を楽しみにしていて、困るようなことはないはずなのだ。
「そ、そこだよ、その辺りもよくわからないんだよ……。自分なりに、何かをやりたい、っていう意味なのかもしれないが」
アートンが彼なりに、ヨーベルの考えを代弁してみる。
「ああ、あとだな……。どうしてもネーブに、訊いておきたいことがある、ともいってたらしい」
「訊きたいこと?」
アモスがアートンに訊き返す。
「ああ、女将さんが、そんなことをいっていたよ。当然、それが何なのかも、俺もバークも心当たりなしだよ……」
肩をすくめるアートンが、こちらに向けて手を降っている老婆に気づいて、苦笑いしながら会釈する。
「んで、そのバークはどこ行ったのよ?」
アモスが、姿の見えないバークの所在を訊く。
「彼なら、向こう方面を探しに向かったよ。まさか市庁舎に、直行するとは思っていなかったから、最初は周囲を探索しようって話しになって」
「じゃあ、今見当違いの場所を、必死こいて探してるわけね」
アートンの言葉を聞き、アモスが顔をしかめる。
「あそこにある、変なレストランあるだろ」
アートンが遠くに見える、円盤が壁にぶち当たってる建物を指差した。
「あそこで捜索終了後は、合流しようってことになってるよ」
アートンの言葉を聞き、ヨーベルを連れだしたら、バークとの合流もしておくかとアモスは考える。
「他に、伝えるべきことは? 今ので全部?」
アモスにいわれ、威圧されたわけではないのに萎縮したようにアートンはうなずく。
「あの市庁舎に、入っていったのは確実なのね?」
アモスが、途切れない高級車の出入りがある市庁舎の入り口を眺める。
「ああ、それは間違いないようだ。あのお婆さんが、確実に目撃していたらしいから」
アートンは、興味深げにまだこちらを眺めている、花屋の老婆を指差す。
その視線に気がついた花屋の老婆が、また軽く手を降ってくる。
「なるほどね……。あそこにいるのは、確実なわけか……。しっかし高いわね、どこにいるのかしら」
アモスがため息をついて、市庁舎を眺める。
「建物のどこにいるかって以前に、入り口付近のあの警備だ。さすがに、どうしようもないだろ……」
アートンが諦めたようにいう。
「で、オロオロしてキョドってたわけね」
アモスのバカにしたような言葉に、アートンは何もいい返せない。
下手にいい訳でもしようものなら、面倒なことになりそうだったので我慢したのだ。
アモスは、市庁舎の入り口を警備してるエンドール軍を眺めまわす。
「エンドール軍には、あの力が使える奴は、いなかったわね……」
アモスが、小声でそんなことをつぶやく。
「あ? なんだって?」
アートンが、アモスの小声に反応する。
「なんでもないわよ! アホみたいな声出すな!」
アートンを怒鳴りつけると、アモスは熟考する。
さらにベンチに座る青瓢箪を、もう一度チラリと見る。
青瓢箪はベンチに腰掛け、うなだれたまま微動たりもしない。
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