26話 「ハーネロ神国の遺物」 前編
歩みを止めたヨーベルは、呆け面でずっと一件の建物を眺めていた。
その建物は、やけにオドロオドロしい外観をしていて、街並みにまったく溶け込んでいなかった。
普通のアパート群に、突如として現れた場違いな黒い建築物。
その建物を覆い隠すように、高い塀と鉄柵が周囲を厳重に守っている。
敷地内には、手入れのまるでされていない植木が鬱蒼と茂り、外観のせいも相まって廃墟なのかとも思える。
そんな不気味で、ヨーベルのオカルト嗜好に合致する建物なのだが、雲ひとつない晴天の中では、せっかくの雰囲気もぶち壊しだと、実は彼女は憤っていた。
その建築物は、先ほどまでヘムロニグスが滞在していた、ハーネロ期の遺跡だった。
しかしヨーベルは、当然そんなこと知る由もない。
「な~んか、すっごい雰囲気の建物ですね~?」
近よってきたリアンが建物に気づくより早く、ヨーベルは黒い建物を指差して彼に教える。
「わっ、本当だね……」
遅れてやってきたリアンがヨーベルにいわれ、その異様な外観の建物に気がつく。
ふたりは建物に近づくと、高い塀と厳重な鉄条網つきの鉄柵を見上げ、その周りをぐるりと歩いてみる。
リアンはあることに気づき、先日レストランでもらってきた、観光案内のパンフレットを取りだして眺めてみる。
近くにあった案内板から住所を調べ、リアンはパンフレットを漁る。
そして、一冊のパンフレットの中に、この建物周辺の地図を見つける。
「あ……、パンフにあったこのマーク。これ、ハーネロ期の遺跡って、意味だったんだ。ほら、この場所がそうみたい」
リアンは、ヨーベルにパンフレットを見せる。
一冊のパンフレットの地図にだけ記されていた、奇妙な記号が記された地図。
その記号が何なのか、レストランで見つけた時はわからなかった。
しかし今、リアンたちの目の前にある記号で記された建物には、ハーネロ期の遺跡という看板が立てかけられている。
さらに、クルツニーデが管理していると記されていた。
クルツニーデの名称を見て、リアンはズネミン号での恐ろしい体験を思いだし身震いする。
オリヨルの怪獣をけしかけて、ズネミン号もろとも廃棄処分する予定だった積み荷。
その計画は失敗に終わったが、残った積み荷に入れられていた正体不明のバケモノ。
そして今目の前には、ハーネロ期の遺跡を厳重に管理しているクルツニーデがまた存在を主張していた。
恐ろしい計画の点と線を、あれこれと妄想してしまいそうで、リアンの全身は思わず強張ってしまう。
この組織と関わるのは危険だという、本能的なサイレンがリアンの頭の中に鳴り響く。
そんなリアンとヨーベルの後ろを、一台の高級車が通過する。
車内にはヘムロニグスたちが乗っていたが、彼らとリアンたち双方が気づくことはなかった。
ヘムロニグスを乗せた車は、ラロックのノリノリの運転で、次の遺跡へ向かっていった。
車のフロントには、クルツニーデ社製のエンブレムが輝いていた。
「これが……、ハーネロさんの……」
ヨーベルは頬を紅潮させ、初めて見るハーネロ神国の残した、忌まわしき遺跡を眺める。
「こういう建物が、この国ではまだ残っているんだね。地図に記されてる、これと同じマークが、まだまだ街にはあるってことは……。似たような施設がこの街には、ここ以外にもあるってことだね」
リアンがヨーベルにパンフレットの地図を見せ、ここの建物と同じマークの場所を指で示す。
「わぁ、すごい数ですね~」
ヨーベルが地図の怪しげなマークの数を見て、さらに興奮したようにいう。
改めて地図を確認するとサイギンには、本当にハーネロ関連の遺跡が山ほどあるのだ。
途端にヨーベルの頬が紅潮してくる。
「このマークは、ハーネロ期の遺跡ってのがわかったけど、地図には似たようなマークがあと四種類あるね。あとの四種類は、どういった遺跡なのかな?」
リアンが、パンフレットの地図を眺めながら首をかしげる。
「すごいですね~。まさかハーネロさんの遺跡の実物が、この目で見られるなんて~」
遺跡をまた眺めながら、リアンの言葉は聞こえていないかのようにヨーベルはつぶやく。
「本当だね……」
目の前の遺跡に釘づけのヨーベルには、今は何をいっても無駄かなと思い、リアンはパンフレットをかばんにしまう。
ハーネロ神国のことを調べたいと、かかなりヤバいことをジャルダンで口走っていたヨーベルだが、この様子を見ると、実際本気だったのかもしれないとリアンは不安になる。
いったいあんな悪の組織のような凶悪な国家のどこに、魅力なんかがあって惹かれるというのだろうか? とリアンは思ってしまう。
「エンドールには、ハーネロ期の遺物ってほとんど残っていないけど……。フォールって、直接、ハーネロ神国の統治下にあった土地だもんね。こういうのが、国中に残っていてもおかしくないんだよね……」
リアンは冷静にそうつぶやく。
リアンの言葉にも反応せずに、ヨーベルは正門入り口までバタバタと駆けていく。
慌ててリアンが彼女を追いかける。
「中は、見学できないんですね……」
ヨーベルは入り口に貼りつけられた、侵入禁止の看板を見てガッカリする。
「当然といえば、当然かもしれないけどね……」
いきなり走りだしたヨーベルに追いついて、リアンは荒い息遣いのままいう。
ヨーベルも走ったせいで息が荒いが、興奮状態のためか疲れをまったく感じさせない。
「ここ、相当警備厳重だね、警告文もなんか物騒で怖いし」
リアンは鉄柵の上に張り巡らされた鉄条網や、看板にある立ち入った者の安否を保証しない等の、文言を見て怖くなる。
一般的には、クルツニーデは遺跡の調査保護を目的とした、学術団体として知られていたが、ズネミン号での一件以来、リアンはこの組織が危険な存在と認識していた。
おそらく、その辺りの真実を知っているのは、リアンたちやズネミン号の乗員といった、一部の人間たちだけだろう。
しかしヨーベルは、その辺りを気にしている様子はなく、ただ目の前にある憧れのハーネロ神国の遺跡に感動しているようだった。
「残念です、中も見せて欲しかったです……」
そしてしょんぼりしながら、ヨーベルはリアンに向けて残念そうにいう。
「ちょっとっ! あんたたち急に、いなくなるんじゃないわよ! ビックリしたじゃない!」
そんなリアンとヨーベルの場所に、アモスが急いで走ってきた。
「あ、ごめんなさい……。あまりにも、ここが気になったから」
リアンはアモスに謝って、ハーネロ期の遺跡を指差す。
「……あら、胡散臭い建物ねぇ。ヤダ! しかもクルツニーデじゃない! あたしらを、殺そうとしてくれたクソ連中どもね! お礼参りでもしてくるか!」
アモスが、本気か冗談か取れないようなことを口走る。
慌ててリアンはアモスを制止する。
「ダメだよアモス! 例の件はズネミンさんたちが、法廷でなんとかしてくれるはずだから。僕らはもう、この組織とは関わらないでおこうよ。いちおう世間一般では、平和的な学術組織になってるんだから。下手に騒いだって、何もいいことないから我慢しようよ」
リアンが、必死にアモスに頼み込む。
そういってアモスを制止するリアンだが、彼の中にある疑問も存在していた。
アモスは、ジャルダンでクルツニーデの職員として勤務していたという、いかにも嘘臭いことをズネミン号でいっていた。
真偽を尋ねようにも、誰もがアモスが怖くて、突っ込んで訊けずじまいでいる事案だった。
本人は否定もせず、肯定もせずにクルツニーデの職員といい、その専用のジャケットまで着込んでいた。
しかし今アモスは、自分がクルツニーデだというのは、ハッタリだということを前提にしたセリフを口にした。
「殺そうとしてくれたクソ野郎どもね!」と、いうセリフがリアンの中で引っかかる。
どう具体的に表現したらいいのか、整理できないリアンは、頭の中が靄で包まれたようになる。
仮にアモスがクルツニーデだとしたら、今のセリフは適切なのだろうか?
部外者だからこそ、口から出た言葉のような気がしてならないリアン。
しかしアモスは想像に任せると、以前から暗にクルツニーデではない、ということもいってる……。
なんだか考えが、堂々巡りになりだしてきた。
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そろそろ「ハーネロ神国」について突っ込んでいきます。
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