26話 「ハーネロ神国の遺物」 後編
「あら、これハーネロ期の遺跡なの?」
リアンの、一向にまとまらない熟考に気づかないアモスは、看板に書いてあるハーネロ神国の遺跡、という文字を見つける。
その言葉で、リアンはアモスの正体に関する考えを止める。
そういえば、お互いの詮索はあまりしないようにしていこう、という話しになっていた。
隣で目を輝かせているヨーベルだって、リアンにだけ話したとんでもない過去話しがある。
内容に関しては真偽のほどは定かではないが、自分からあれ以来いいださないということは、触れて欲しくないからなのかも知れない。
リアンはアモスの過去や、ヨーベルの過去については、もう二度と考えないようにしようと決意する。
「リアンくんによれば、似たような建物がこの街には、た~くさんあるみたいですよ~」
うれしさに満ち満ちた、ヨーベルの言葉でリアンは我に返る。
「他には、どんな建物があるんでしょう~。この近所には、もうないのですか? できれば、中に入れる施設が希望です!」
興奮気味にヨーベルがいってくる。
「この区画には、もうなかったよ。ここから西に行った先の、川を渡った区域に数件あったようだけど、けっこう遠いからは行くの大変そう。もし行くなら、日を改めたほうがいいかもね」
リアンが、パンフレットの地図を思いだしてヨーベルにいう。
残念そうにするヨーベルに、「まだ街には数日、滞在できるから」とリアンが慰める。
「およろこびのヨーベルに、水を差すようだけどさ! なんかさぁ、これ舞台のセットみたいな感じね。必要以上に、グロさを演出してわざとらしい感じよ。後づけで、こういう建物に改築したんじゃないの? 何せ“ 破壊神さま ”の遺跡なわけだし、それっぽくないと、格好つかないわけでしょ」
アモスが目の前の、いかにも作為的にオドロオドロしく作られた、建築物を見てバカにする。
「いえいえ! ハーネロさんの建築物は、こういう様式なのですよ! これはハーネロ神国と戦った、勇者さんたちが記した戦記に、いっぱい証拠として残ってるんですよ! ハーネロさんのセンスは、素敵だと思います! わたしは大好きですよ!」
珍しくヨーベルが、語気を強めてアモスに反論する。
ヨーベルの意外な言葉にリアンだけでなく、当のアモスまでも珍しく困惑した顔をする。
「ほんとあんた、ハーネロのことになると、なんでそこまで人変わるのよ。ハーネロファンとかいう、オカルト好きが存在するらしいってのは聞いてたけど。ほんとに実在するとは、驚きだわ」
アモスが、ため息をつきながらいう。
「……あんたまさか、ハーネロ信仰をしてる、ヤバいヤツじゃないでしょうね? そんな設定だったら、あたしの外道キャラと被るから、止めて欲しいんですけどね」
アモスが、呆れたようにヨーベルにいう。
そしてアモスは、タバコを取りだして口にくわえる。
すぐさま条件反射的に、ヨーベルがタバコに火を点ける。
「よしっ!」と納得したようにうなずき、ヨーベルを黙らせることにアモスは成功する。
「でも、真剣な話しするとさ……。ヨーベル、ハーネロ関連の発言は、気をつけたほうがいいかもしれないよ」
リアンが困り顔で、ヨーベルに忠告する。
「フォール王国領は、実際にハーネロ神国による被害が、いっぱいあった地域だからね。その話題を、快く思わない人だって多いかもしれないよ」
「リアンくんのいう通りよ! そういうの、軽々しく口にしないほうがいいわよ!」
そういってアモスが、ヨーベルの頭にチョップをかます。
「う~、そうなのですか?」
頭を押さえながら、ヨーベルが訊き返す。
「当たり前でしょ! ハーネロの話題を、タブーにしてる国なのよ、ここは。ハーネロ神国を賛美するようなことを、口にするだけで投獄されるのよ」
アモスが意外にも、フォール王国の特殊な罰則について知っていて教えてくれる。
「そんな法律があるのは、僕も知らなかったよ。なら、なおさら、気をつけないといけないね。あとさ……。アモスが人の発言内容に、忠告するなんて珍しいですね」
そういってリアンは、アモスに笑いかける。
「あら? リアンくん、いってくれるじゃない?」
アモスは笑いながら、照れくさそうなリアンの頬を軽く突いてくる。
「でも、実際気をつけたほうがいいかもね。ハーネロ関連のせいで、警察とかに捕まったりしたら、僕らの旅そこで終わっちゃうよ。絶対、疑われるような言動は、避けておいたほうが無難だよ」
リアンが心配そうにヨーベルにいう。
「そうですね、気をつけます~」
本当か嘘かわからない、かなり適当な感じでヨーベルがいう。
いったそばから、ハーネロ神国の遺跡を輝いた目で見つめるヨーベルを見て、リアンは不安になる。
似たような施設を、ヨーベルのために回ってあげようかと、観光プランを考えていたが、それは非常に危険な行為じゃないかと思いだしてきたのだ。
テンションの上がった彼女が、必要以上にはしゃいで、ヤバい人の目に触れる可能性があると思ったからだ。
「南に行けば行くほど、こういう妙な建築物は多いみたいね。まあ、当たり前か……」
アモスがいつの間にか、リアンのかばんから地図を取りだして眺めていた。
「連中が一番暴れまわっていたのは、このカイ内海ってとこを、渡った先だものね」
アモスは、フォールの国土の中心部にある、抉れた地域を指差している。
そこはカイ内海と呼ばれ、フォールを南北に、ちょうど分断するような形で存在する内海だった。
「フォールの最南端で、ハーネロは誕生したんだよね?」
リアンが、アモスの持つ地図をのぞき込んで尋ねてみる。
アモスがフォール王国の最南端、リット侯国領の位置を指し示す。
「一般的には、そういわれてるみたいね」
アモスは地図をリアンに返すと、煙を吐きだす。
なんだか妙な間が生まれてしまう。
「……そもそもハーネロって、何だったんだろうね?」
沈黙を破るように、リアンが素朴な疑問を口にする。
「自称“ 破壊神 ”でしょ? フフ、笑える」
タバコを吹かしながら、アモスは口元を歪めて嘲笑う。
「でも、実際その名の通りの、悪行をしたわけだし……。すごい力を持った、バケモノたちの親玉ってのは確実なんだよね」
リアンが目の前の黒い建築物を眺める。
雲ひとつない晴天だったのだが、話している間に空には少し灰色の雲が広がりだしていた。
ハーネロ戦役は、七十九年前に起きた、人類の危機ともいっていいほどの災厄だった。
リット侯国という、フォール地方の南に位置する国に、突如として現れたハーネロと名乗る正体不明のバケモノ。
その地で自らを破壊神と名乗り、ハーネロ神国の建国を宣言。
自ら率いた通称ハーネロンと呼ばれるバケモノの集団を使役し、リットの領主を追いだし、彼らに替わってその地の人々を支配したのだ。
その正体は一切判明しておらず、ハーネロは強大な魔力と大量のハーネロンを率い、まずフォール地方で大騒乱を起こした。
武器を手にして戦った人々はハーネロには敵わず、国土は魔力により汚染され、いくつもの街や国家が滅び、数十万単位の人々が虐殺された。
やがてハーネロ神国に傾倒して、自らその悪行に加わりだす人々も登場し、彼らは総称して「ハールアム」と呼ばれた。
「ハールアム」はハーネロへの忠誠を誓い、それを引き換えに、ハーネロの持つ技術や魔力を与えられた集団だった。
ハーネロという人外のバケモノを中枢に据えた、中央集権国家として、ハーネロ神国は圧倒的な力と恐怖で、人々を支配していくのだった。
フォール地方を支配下に置き、さらにはマイルトロン王国も滅亡させる。
わずか半年の間に、いくつもの王国が滅ぼされ、殺された人々は数十万とも伝わっている。
破竹の勢いでその勢力を強めるハーネロ神国は、この世界で起きた約五百年振りになる、人と人外との苛烈な生存戦争になりそうだった。
しかし、エンドール王国の英雄アーレハイリーンに率いられた討伐軍が、ハーネロ討伐に成功する。
トップを失ったハーネロ神国は一気に瓦解。
討伐軍により攻め滅ぼされ、歴史上からその姿を消滅させるにいたるのだった。
ハーネロ神国滅亡後、「ハールアム」と呼ばれる人々は徹底的に弾圧され、そのほとんどが処刑されてしまう。
また、危険極まりないハーネロの技術は、禁忌としてその存在を抹消されてしまう。
使役されていたハーネロンというバケモノは、討伐軍により戦後十年以上の期間をかけて駆逐される。
しかし討伐を免れたハーネロンは今でも存在し、その姿が時折見かけられることは先述した通りだ。
グランティル地方に、平和を取り戻したエンドール王国は、アーレハイリーンを王位に就ける。
そして彼と共に戦い、戦団を指揮した旧マイルトロンの将軍に、王家の復興を任せ、こうしてマイルトロン王国は再興を果たした。
しかし、フォール地方は、いくつもの小国や自治領が存在していた多国籍地域だった。
そこで、討伐軍で戦団を率いていた将軍ブロブ・フォールに、荒野と化した地域の再興を任せる。
ブロブ・フォールは滅亡した国家の人々をまとめ上げ、やがてフォール王国を建国し現在にいたる。
しかし、歴史は嘲笑う。
かつては一致団結して、ハーネロ神国と戦った戦友ともいえる国家同士が、時を経てその存続を懸けて戦争をしているのだから……。
「破壊神ハーネロ生誕の地、リット侯国ですか~。わたし、すっごい興味あります~」
ヨーベルが気を抜くと、またハーネロの話題で満面の笑みを浮かべている。
「さっき注意したこと、もう忘れてるな!」
浮かれるヨーベルの頭に、アモスは容赦ないチョップをたたき込む。
「あたしら、エンドールに帰るんでしょ? リットなんて、行く理由ないでしょ!」
「ロマンがありまぁす! あとですね~、リアンくんと一緒だと、大冒険できるような気がするのです!」
リアンとアモスに向かって、ヨーベルはサムアップする。
「あんたねぇ……、いくらあたしでも、そんなとこまで行きたくないわよ」
呆れたようにつぶやくアモス。
「え~? ロマンはお嫌い?」
ヨーベルはアモスの頬を突つく。
「ロマンなんか、感じないわよ!」
ヨーベルの指をアモスが乱暴に払う。
リアンたちはハーネロ遺跡を後にして、先に見える路面列車の停留所を目指していた。
交通網の発達したサイギンは、路面列車やバスが、街中を網の目のように走っていた。
今日はヨーベルたっての希望で、路面列車で目的地も特に定めず、サイギン観光をする予定だったのだ。
「あ、列車が来たみたいだよ!」
リアンが、停留所に向かってくる路面列車を発見して指差す。
「ほら、急ぐわよ」
アモスがいい、ヨーベルの手を引っ張って停留所に走る。
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どこで、名前だけ登場していた「ハーネロ神国」の事を説明するのか迷ったんですが、ここにしました。
その設定は、今はまだほぼ概要といっていいほど薄いモノなのですが、この物語のバックボーンとして確実にいつか深く関わってくる要素です。
まず大前提として、「ハーネロ神国というのが存在し」、「ハーネロという邪悪で強大な存在が在った」ということを周知させておきたかったのです。
情報開示の手法とその時期、あとはどの程度の内容に留めておくかという匙加減には、ほんと毎回悩まされます。
ハーネロ関連については物語が進行するにつれ、情報も出揃っていくと思いますので、現時点では「作者が何か良からぬことを考えているな」と思うぐらいで大丈夫です。
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