27話 「一触即発」 其の一

 路面列車が止まり、リアンたちが車内から出てくる。

 車窓から見た街並みの風景に、どこか惹かれるものを感じたので、この駅で降車してみることになったのだ。

 丘の裾野の広がる街並みは、まるでお祭りの準備でもしているかのように、建物の間に色とりどりの旗がぶら下がっていた。

 石造りの殺風景な建物群の中で、その極彩色の旗は、車窓からリアンたちの興味を引いたのだ。


 目的の街並みに向かうには、まずは丘を下る必要があった。

 停留所から降りるとリアンたちは、丘につづら折りになった大階段の下り道を下っていく。

 目の悪いヨーベルもようやく、リアンたちがいっていた、極彩色の旗がはためく街並みを目視できるような距離になる。

「本当です、お祭りみたいですね~」

 ヨーベルが、うれしそうに目を凝らしていう。

「でも、けっこう遠くまで来ちゃいましたね」

 リアンが指差す先には、例の巨大な市庁舎がかなり遠くに見える。

「適当にバスや電車に乗って、最終地点まで行ってみると、けっこういいモノ見られるものよ」

 アモスが、そういってタバコを取りだす。

「お~、アモスちゃんには、トラベルマスターの称号を上げましょう!」

「そんなの、いらないわよ! ほらっ! 火!」

 アモスはタバコをくわえて、ヨーベルに火を催促する。

 ヨーベルが、すかさず火を点けるいつもの流れ。


 この地域の建物は、坂の斜面上に建てられていた。

 道路は広いものの、どこも勾配があり、日常生活には少し不便な感じがした。

 それでも人々の暮らしは活気にあふれ、商店街には人通りも多かった。

 アモスがヨーベルに服を買ってやるといってるが、ヨーベルは早く祭り会場をひと目見たいという。

 まだ若くて、人目を惹きつけるほど綺麗なはずのヨーベルだが、あまりファッションには興味がないのがリアンには不思議だった。

 もっと着飾ってもいいと思うのだが、当のヨーベルが無関心なのだ。

「でも、僕も人のこと、いえたもんじゃないか……」

 リアンは姿鏡に映った、自分の着ている地味な色のジャケットを見てつぶやく。

 リアン自身もそれほどファッションには興味がなく、故郷では学校の制服を常に着ていたほどだった。

 王都アムネークに引っ越してから、やたら世話好きな知人により、いろいろ服を勧められたが、どうも乗り気ではなかったのだ。

 今もアモスが、リアンの服を買ってやるといってきたが、それをリアンが丁寧に断る。

「もうっ! お金の心配なら、しなくてもいいっていってるのにさ!」

 アモスは、出処不明の金を見せつけていってくる。


 三人は結局、何も買い物をせずに目的の地域まで近づいてくる。

 派手な看板があり、この地域に定住した移民たちの、故郷伝来の先祖供養のような趣旨の祭りであることが判明する。

 この先の広場で、数日後大体的に開催されるようだった。

 今はまだ準備段階らしいが、ヨーベルがウキウキしているのがわかるほど、落ち着きがなくなっている。

 ところが、やや歩いた先……。

「あれ?」

 リアンは通りの向こうで、人だかりができているのを発見する。

 相当な人数の群衆で、どこか騒然としている。

 祭りの本番は、まだのはずだった。

 まるで午前中に見た反エンドールデモが、ここでも起きているのかと思ったほどだった。

「なんだろう? やけに、殺気立っているような気がするね……」

 不安そうにいうリアン。

「あれれ? お祭りというより、喧嘩でしょうか?」

 ヨーベルも、群衆の異常性に気がつく。



「帰れっ! 帰れぇっ!」

「さっさと出ていかないと、たたき潰すぞ!」

「おまえらごとき、一瞬で皆殺しだ!」

 人だかりの中から、そんな物騒な怒号が聞こえてくる。

 途端に、アモスの顔が明るくなる。

「この感じ! デモなんかじゃないわ! あれは、間違いなく揉め事よ! そうあるべきだわっ!」

 タバコを道端に放り投げ、踏み消しながらアモスが今すぐにでも、雑踏に駆け込みそうな勢いでいう。

「どうして、そんなにうれしそうにいうのさ……」

「あら? リアンくんまで、そんな軽蔑の目で見てくれるようになったのね。あたし、興奮してきちゃうわぁ」

 リアンの呆れ気味の言葉に、アモスは逆にうれしそうにいう。


「でもなんだか、あの人たちみんな、不思議な衣装ですね。どこの民族衣装なんでしょう?」とリアンが考え込む。

 群衆のほとんどは、幌で作ったような硬そうな布地のズボンを履き、足元にはヒラヒラとした細かいひだがついている。

 上半身は、やはりヒラヒラとした細かいひだをつけたベストを着ている。

 そして特徴的な羽飾りの冠を被った人が多く、顔に刺青かペイントを施している。

「あの民族衣装は確か……」

 ヨーベルが思いだそうと考え込むと、アモスが軽く頭をチョップしてくる。

「行きゃすぐわかることよ! ほら、ご覧なさいよ! あいつら手斧持って、いつでも殺戮体勢よ! さっ! 新鮮な血を見に行くわよっ!」

 アモスのいう通り、確かに集まってる人々は、手に物騒な手斧を持っている人が多かった。

「流血沙汰って、決まったわけじゃないでしょ……」

 リアンはそういうが、騒然としている群衆の武装を見る限り、アモスの言葉には真実味があった。

「待った! あそこよ! あの橋の上! 遠回りになるけど、急いで走るわよ!」

 急にアモスは立ち止まり、騒いでいる人々が、ちょうど見下ろせる高さにある陸橋を指差す。


 騒ぎは、まだ発生して間なしだったようだった。

 リアンたちが、アモスにいわれるまま陸橋にやってきても、野次馬の姿はまだ少なかった。

 思いっきり急かされたので、ヨーベルはもうすでに虫の息だった。

「やりぃ! 特等席よ! ほら、ここからなら全体が見渡せるわ!」

 アモスが欄干に身をよせ、橋の上から見える祭りの準備をしている広場と、例の騒然とした群衆を見下ろす。

 いわれてリアンが、不安そうにアモスの指差す方向を見下ろしてみる。

 息が上がりながら、ヨーベルも目を凝らして広場の騒ぎを注目する。

 そして、リアンとヨーベルは思わず「わぁ……」と絶句してしまう。


 殺気立つ地元の住人に囲まれているのは、まるで中世の騎士のような集団だったのだ。

 時代錯誤なチェインメイルを着こみ、宗教じみた外套を羽織っている。

 それがオールズ教会の僧兵だということは、リアンにもすぐわかった。

「わぁ、オールズ教会の人たちですか、あれは~?」

 目をしっかり凝らせば、ヨーベルもギリギリ判別できたようだった。

 僧兵の周囲を取り囲む、群衆の怒りの表情もかなりのものだが、この僧兵たちの形相も相当な修羅場をくぐり抜けたらしい凶相だった。

 地元住人の威嚇に、まるで動じることなく、堂々とにらみ合っている。

 騎士の手には、赤黒く変色した重々しい鈍器が握られていて、広場にはいつ戦闘が起きても、不思議ではないぐらい緊迫した空気が漂っている。


「とっとと出ていけっ!」

「だいたい、約束が違うじゃないかよ!」

「さっさと失せろ、オールズの狂信者ども!」

「これ以上の横暴は許さない!」

「ここから先は、絶対に進ませないからな!」


 手斧や包丁、棍棒といったモノで武装した住人たちが、口々に罵りオールズ教会の僧兵を威嚇する。

 本気で、殺し合いをはじめそうなぐらい緊迫した騒動に、リアンは橋の上ですくみ上がる。

 そして無意識にその騒動から目を逸らし、広場の中央にある不思議な形のモニュメントを見る。

 面長の人の顔らしきものが、柱状に積み上げられるように彫刻された珍しいモノだった。

 それは広場の中央に建てられ、大事そうに装飾されて祀られているようだった。

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