25話 「ジョージ」
するといきなり、壁に半身を埋めていたジョージが目を見開いた。
薄ピンクの白目部分に、血のような真っ赤な瞳らしきものが浮き上がる。
その不気味な色彩の瞳が、ヘムロニグスたち客人の姿を追う。
「うわぁっ!」と、情けない声を上げて驚く従者たち。
ヘムロニグスは、ここではじめて剣の柄に手をかける。
「ご安心くださ~い! みなさまっ!」
するとラロックが飛んできて、ヘムロニグスたちの前に立ちはだかる。
「ジョージは、時々目を開けることがあるのですよ! それだけで、壁から出ることは、まずあり得ませんから! ほらっ! キュートな瞳でしょっ! ハハッ!」
ラロックはそういい、ヘムロニグスたちを安心させようとする。
「う、腕も動いていますよ!」
従者が指摘するように、さっきまでは微動たりしていなかった、壁に埋もれていた腕がビクビクと動いていた。
ジョージの動きに合わせ、壁がパラパラと崩れている。
「ほ、本当に、あそこから出ないのですか!」
ホルスターの銃に手をかけて、従者が不安そうに声を上げる。
「少しは動きますって! ジョージは、生きてるんですからぁぁっ! でも危険はないですって、ハハッ!」
「こ、今度は口から煙が!」
ラロックが笑いながらいうが、当のジョージの口から煙がモクモクと出ていた。
「ひ、火を、噴くのではないのですか!」
従者が相当警戒して、ジョージの吐きだす煙を指差す。
「も~んだい! ありませんって! たぁまに、咳するんですよぉ! ジョージはぁ! あれはそう、咳してるんです、咳。埃っぽいですからね、ここ、ゴホゴホッ!」
わざとらしく咳をするラロック。
「火っ! あれは絶対、火でしょっ!」
今度はかすかだが、ジョージは口から小さな炎を吐きだしている。
「ひ、火が口から、漏れ出してますよっ!」
従者が狼狽している。
「へ~きですっ! ここに、燃えるような物はありませんから! わたしたち以外っ! ハハッ!」
ラロックが笑いながらそういうと、ついにヘムロニグスが激怒する。
「お主! ふざけておるのかっ! いい加減にせいっ!」
ヘムロニグスが、ラロックに怒声を浴びせる。
「いえいえ、滅相もない!」
ヘムロニグスの怒号に平然といい、ラロックは真顔になる。
そういった表情ですら、どこか馬鹿にしたような意図を感じさせる、ラロックという人物。
「何度もいうようにですね。ジョージは、生きてはいるものの、完全体ではないのですよ。身体が未完成なので、壁から仮に抜け出せたとしても、すぐ死にますよ。あの壁の中だから、かろうじて生きていられるのですよ~」
ヘラヘラと笑いながら、ラロックがどこか馬鹿にしたような口調でいう。
その様子を見て、ヘムロニグスがラロックという人物の本質を見たような気になる。
しかし、あえて何もいわずヘムロニグスは黙り込み、ヘラヘラと薄笑いを浮かべるラロックの顔をにらむ。
「あ……、火が消えましたね……」
従者がそれに気づき、安心したように胸をなで下ろす。
ジョージの口からはもう炎は消え、また目をつむって、眠りに入ったように大人しくなっている。
「あやつらは、炎を扱う力を持っておった……。その魔力は弱いものとはいえ、人を害するにはじゅうぶんであった。そのような危険なバケモノを匿うとは、貴君らいつか痛い目を見るやもしれぬぞ」
ヘムロニグスは、怒りを押し殺した声でいうと、ラロックをさらに厳しい表情でにらみつける。
「クルツニーデは、遺跡の保護を目的にした学術団体ですよ。ハーネロンも古代遺跡同様、その管理下に置かれるべき、貴重な研究対象なのですよ。匿うだなんて言葉を使われてはさすがに心外ですし、ジョージも可哀想ですよ。さっきのも、きっとお客様をよろこばせたいという、彼なりの歓迎なんですよ」
ラロックが、わざとらしく悲しそうな表情をして、ヘムロニグスに訴えかける。
「そう、奴が話したのか?」と、ヘムロニグスが冷たく訊き返す。
「いえぇ、まさかぁ。わたしの希望ですよ、ハハッ!」
そういうラロックの目は、いっさい笑っていなかった。
「しかし、みなさんは運がいい!」
ラロックは、ヘムロニグスの敵意すら感じさせる視線を、意にも留めずいう。
「ジョージが、こんなにもサービスしてくれるなんて、めったにないですよ!」
「普段からもっとしてくれよ、ジョージ! やっぱり! 英雄ヘムロニグス大老が、お越しくださったからかい? 大老に、敬意と畏れを抱いたんでしょうねっ! ハハッ! ジョーーージ、なんとかいってくれよ~」
ラロックは身振り手振りを交えて、大げさにジョージに話しかけている。
その道化のような滑稽な行為に、ヘムロニグスは哀れみすら感じるが、クルツニーデという組織への不信感はますます強まっていく。
「では大老! お次の施設を、ご案内しますよ! お疲れではないですか?」
すぐにまた、いつもの笑顔に戻ってラロックが話しかけてくる。
「不快ではあるが、疲れてはおらん……」
「好感触だぞ、ジョージっ!」と、壁のハーネロンに向けてラロックがサムアップする。
「みなさん、この街のハーネロ遺跡は、まだまだありますからね!」
咬み合わない会話は、初日からつづいていたので、ヘムロニグスたちはもう慣れていた。
「ここよりも、すごい場所があるのですか?」
従者が、興味深そうにラロックに尋ねる。
「もちろんですっ! きっと満足していただけること、間違いなしですよ! 良い旅の思い出にしてください!」
ラロックの言葉に、うれしそうになる従者ふたりだが、ヘムロニグスは憮然とした表情を崩さない。
「じゃあ、ジョージ! 帰ったら土産話し楽しみにな! ではさっそく、移動しましょう! そうそう! お見せしたい車があるんですよ~」
ここでラロックが思いだしたように、ヘムロニグスたちに向き直る。
「表に止まっているガッパー社のあの車、みなさんのですよね? あれは大変いいものですね! ですが! みなさん! 自動車はニカ研! ガッパーで決まり! そう思われてませんか~?」
怪訝な顔をするヘムロニグスたちに対して、ラロックがこんなことをいってくる。
「ですが、我がクルツニーデの技術も、今やニカ研に迫る勢いなんですよ! すぐ倉庫から弊社の新車を出しますので、是非御試乗してみてくださいっ! きっと、満足していただけること間違いなしですよ!」
ひたすら話しながらラロックは、ヘムロニグスたちを出口に向けて案内する。
バチンッ! という音とともに、照明が一気に落とされる。
真っ暗になる、ハーネロンだらけのホール。
すると、暗黒の中にうっすらと光が灯る。
一匹のハーネロンの口から、再び小さな炎が漏れだしていた。
そのハーネロンは、ジョージとラロックが親友扱いしていた個体だった。
炎を口から漏らしながらジョージが、また真っ赤な目をゆっくりと開ける。
ジョージの視線が、ヘムロニグスたちが出ていったドアに向けられる。
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3Dプリンターみたいなのねん。
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