45話 「突然の狼狽」

 流れてしまった車の展示会は、キャラヘンがかなり期待していた催事だったのだ。

 ニカ研の交易国から集まった富豪、政治家、軍人、著名人らに向けた、ガッパー社の新車を本国で展示紹介する一大イベントなのだ。

 そこでキャラヘンは、自分のデザインした車をアピールする気マンマンだったのだ。

 あわよくば、またデザイナーとして復帰したいという願望が、彼の中にはあったのだ。


 ニカイド開発に成功した創始者のひとりを親戚に持つキャラヘンは、子供の頃から好きだった車のデザイナーを志し、そして夢を叶えた。

 しかし、しょせん縁故入社のキャラヘンには、実力主義のデザイナーの世界は厳しくパッとしない日々がつづく。

 そして、ついにはデザイナーとしてはまったく無縁の、刑務所の看守にまで落ちぶれてしまったのだ。

 完全な左遷だったが、意外と刑務所の運営管理は彼にピッタリ合っていたのである。

「人生ってのは、ほんとわかんないもんだな……」

 せっかく作ったのに、ドタキャンになって披露する機会を逸した、自作の愛車の整備をしていたキャラヘンは、そうつぶやいて額の汗をぬぐう。


「あれほど大体的に、展示会のこと宣伝してたのに、なんで白紙になるんだか……。だけど、ガッパーさまのことだから、どうせ気まぐれなんだろう。あの人の気まぐれ度合いは、天井知らずだからな」

 整備し直した車を、眺めてキャラヘンは愚痴る。

 ガラス張りのキャラヘンの作業場の開放した天窓から、満点の星空が見える。

 その星空を眺めながらキャラヘンは、展示会の中止以外に起きたここ数日のことを考える。


 頭を悩ませていた二度目の脱走囚の件は、逃亡者全員死亡という最悪の形ながらも、いちおう解決した。

 しかし、どうやって逃亡できたのか、という根本的な部分は謎のままだった。

 もし、また起きるようなことがあったとすれば、と考えるとキャラヘンは吐き気がしてくる。

 また、メビーとの確執はここ数日で一気に表面化したが、不本意ながら「ジョスファンを生贄に差しだした」ことで、彼の不満も解消して今後の衝突も、少しは解消するかもしれない。

 ジョスファンは旧刑務所に移され、今まで接点のあった囚人との接触が禁止されるという。

 厄介とされる囚人たちは、ジョスファン同様、逐次旧刑務所に移動されるらしい。

 完全に移動後は隔離され、ジョスファンの慣れ親しんだ連中とは、絶対に顔を合わせることがなくなるらしい。

 唯一譲歩してくれたのが、急患が出た際は今まで通りジョスファンを非常勤の医師として、招聘してもいいということだった。

 この約束を取りつけさえすれば、メビー一味も彼を虐待したりすることもないだろう。


 あと、流されてきたリアンという少年は、バークやエニルが提案してきた案に任せてみようと思っていた。

 島から身動きが取れない自分よりも、エンドール国内で動きが取りやすい彼らに任せたほうが、安心できるというものだ。

 彼らはあれでもオールズ教会関係者、後ろ盾がしっかりしているので、きっとリアンの力になってくれるだろう。

 島に残された滞在期間は短い、刑務所という場所に流されたとはいえ、せめていい思い出を持って帰ってもらいたいものだなと、キャラヘンは思っていたりする。


 そして、何よりも……。


 キャラヘンはソファーに腰掛け、酒を用意する。

「まさかローフェ神官が……。あんなにもこの刑務所に興味があったといは、今まで考えてもいなかった」

 リアンをきっかけとして、キャラヘンにとって最大の収穫がそれだった。

 女性はきっと怖がると思って、なるべく触れないようにしていた、刑務所の暗黒史等々の血塗られた歴史。

 意外にも、ローフェ神官がその手の話題が好きだったという新事実に、キャラヘンの心は昂ぶらずにはいられなかった。


 実はローフェ神官は、それっぽい片鱗を以前から見せてはいたのだ。

 しかし、ローフェ神官のツグング所長への恐怖感が異常だったため、キャラヘンとしても怖がらせるのは、得策ではないだろうと思っていたのだった。

 でも、嫌いなのはツグング所長個人だけであって、ローフェ神官本人は、島の歴史に興味津々のオカルト好きな女性だったのだ。

 これから定期的に案内しましょうか、という下心全開の提案をローフェ神官は快諾してくれたのだ。

「どうして、もっと早く気がつかなかったんだ! 仲良くなるチャンスは山ほどあったのに、遠慮し過ぎていた! 彼女のここに来るまでの特殊な経緯が、そういった下心を抑制させてたんだろうな……」

 キャラヘンは後悔に似た言葉をいいながら、自分の頭を軽く酒瓶でたたいてみる。


 今日のローフェ神官とのイベントを思いだせば、キャラヘンは自然と表情がニヤついた。

 グイッと酒をグラス一杯飲み干すと、すぐさまもう一杯注ぎこむ。

 その間もキャラヘンの顔は、ニヤニヤしている。

「でも、これからは神官ではなく、彼女とは……」

 キャラヘンが何かをいおうとしたら、ノックをする音が聞こえて慌てて立ち上がる。

 口周りを拭い、キャラヘンはノックのするドアに向かう。

 ノックの音調から、何か深刻そうな感じを覚えたキャラヘンの顔が、一変して引き締まる。


 ドアを開けると、年配者の部下ヌーナンが立っていた。

 ヌーナンは相当急いでいたらしく、肩で大きく息をしている。

「ヌーナン、どうしたんだ?」

 キャラヘンが、息を切らせている年長者の部下に声をかける。

「キャラヘン副所長! 実はなにやら本社から、また緊急の通信が入ってきましたよ」

 開口一番ヌーナンは息を切らしながらそういうと、通信記録を見せてくる。

 本社からの通信記録、キャラヘンの中に昨夜の悪夢が蘇る。

 おそるおそる通信記録を受け取ると、キャラヘンはそれを見ずにまず質問する。

「昨日に次いで、今夜もか……。ところで、なんであなたが? バークは、どうしたんですか?」


「彼は、まだこちらで作業するから、それが終わるまで交代ってことになったじゃないですか」

「ああ、そういえばそうだったな……」

 ローフェ神官との、今後の展開についてのみ考えていたキャラヘンは、夕方に話し合っていた内容を一部完全に失念していた。

 確かバークは、旧刑務所の通信記録を別室でまとめているんだった。

 で、代わりに通信技師の資格を持つヌーナンが、代理で港の事務所に泊まり込んでいたのだ。


「で、内容はなんですって? ん……、ああ、逆か」

 よくわからない通信記録を見て、キャラヘンは上下逆になったそれを正しい方向に戻す。

「わたしにも、内容がよくわからないのですよ。とりあえず、キャラヘン副所長なら内容ご理解できるかと思いまして、こうして持参してきたんですよ」

「そりゃどうも……」

 そう軽くいったキャラヘンだが、通信記録を読むなり顔面蒼白になっていく。


「なんでも、シ、シル? シルバーベーヒールというのが、明日来られるとのことです」

 ヌーナンがそう答えた瞬間に、キャラヘンの手から持っていたグラスが落ちる。

 グラスが砕けて、酒が地面に飛び散る。

 地面で割れたグラスよりも、突然のキャラヘンの狼狽の表情にヌーナンは驚く。

 キャラヘンは、そんなヌーナンの視線を気にもとめず、驚愕の表情で通信記録を凝視していた。

「シ、シルヴァベヒール……」


「ええ、読みは当ってるんでしょうか? なにぶん、聞き慣れない単語でして……」

 ヌーナンは割れたグラスを足で隅っこにやり、キャラヘンに尋ねる。

 キャラヘンは呆然とした表情で、ソファーに向かってフラフラと歩く。

 その様子を見ながら、キャラヘンのあとを追うヌーナン。

「何かの暗号なのですか?」

 ヌーナンが、ソファーに溶けるように腰掛けたキャラヘンに訊いてみる。

「か、彼らが、どうしてこんなところに? そ、そ、そ……」

 キャラヘンは、テーブルの上にあったグラスを探す。

 さっき落として割ったことすら、もう覚えていないほどキャラヘンは狼狽している。

 諦めて酒を瓶ごと一口飲んで落ち着く。


「彼らというと、何か組織なのですか?」

 ヌーナンが訊くが、キャラヘンが彼に向き直る。

「ほ、本当に、その通信は、た、確かなのです?」

「それはまあ……、いったいどうされましたか?」

 ヌーナンには、キャラヘンの狼狽の理由がよくわからない。

「どういった人らかはわかりませんが、どういう目的なんでしょうか?」

「そ、そんなの、僕にもわからないですよ……」

 ヌーナンの言葉に、キャラヘンは脊髄反射で応える。

「は?」と、ヌーナンも困惑気味。

「なんで連中が……」

 キャラヘンは、困ったようなヌーナンを無視して部屋をウロウロしだす。


 ヌーナンが改めて、自分が持ってきた通信記録をキャラヘンから返してもらい読んでみる。

「シルバーベーヒール、明朝来る、準備しておくこと、以上」

 通信記録はそれだけだった。

 この「シルバーベーヒール」というのが、どうやらキャラヘンを怯えさせているようだ。

「よ、要件……」

 キャラヘンがヌーナンに向き直る。

「はい?」と、ヌーナンが訊き返す。

「どういった要件でしたか?」

 鬼気迫る表情のキャラヘンに、ヌーナンは驚く。

 ここまで、何かに怯えて狼狽するキャラヘンは、ヌーナンもはじめて見る。

「いや、それは何も……。この短文が届いただけで。応答しても返答がないもので」

 ヌーナンが戸惑いながら答える。


「まさか、ツグング所長の件が……。いや、例の囚人殺しの件が……。まさか今回、例のショーが中止になった件とも関係が……」

 ウロウロと、また周囲をキャラヘンが歩きまわる。

「しかし、どうして急に……。なんでよりによって、あの連中なんだよ……。僕は一生関わりたくないのに、勘弁してくれよ……。シルヴァベヒールといえば、“ あの女 ”が来るってことじゃないか……」

 キャラヘンは立ち止まると、車に手をついて落胆する。

「ど、どうされたんですか? あの女ってことは、これは女性の方なんですか?」

 ヌーナンが不安そうに、キャラヘンに訊いてくる。

「そ、その言葉ね、あなたきっと違うニュアンスで、明日もう一度、いうことになりますよ……」

「はぁ?」

 キャラヘンの言葉が、まったく理解できないでいるヌーナン。


「でもね、絶対に口に出しちゃいけませんよ!」

 キャラヘンはいきなり語気を強めてヌーナンにいうと、頭を抱えて考え込む。

 キャラヘンの激しい動揺と狼狽に、ヌーナンは絶句するしかない。


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次の話数から物語が転調します。そこに行くまでが長いのが拙作のマズい点だということも自覚していたりします。どうぞこれからもよろしくお願いします。

あと、この世界には電話が存在しています。ヌーナンが電話を使わず直接報告に来たのは、キャラヘンにいい印象を与えるように、直接訪問して心象をを良くしようという考えがあったのです。ヌーナンはキャラヘンの腰巾着キャラという設定なのです。本編に書かなかったのは、後づけ設定だからです(*‘ω‘ *)

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