44話 「動くアモス」

 アモスはふたりのそんな会話を、適当につまみを食べながら聞いている。

「ふうん、そういや一回間違えて、つれてこられたってヤツがいたわね。その時のヤツは別の刑務所行きだったのに、何故かこの島に来たんだっけか……」

 アモスは思いだしながら、軽く酒を飲む。

 確かそいつは、一週間後本来送られる予定だった刑務所に、送り返されていた。

「でも、リアンくんは明らかに子供じゃない。何があったって、いうのかしらね……」

 アモスはそんなことをいうが、リアンとヨーベルはアモスにいっさい気がつかない。


「あのさぁ……。リアンくん、ひとつ訊いていい? 答えにくかったら、答えなくても大丈夫だから……」

 ローフェ神官が、妙に神妙な顔で訊いてくる。

 緊張しているのか、ローフェ神官はいつも首からかけている、懐中時計をしきりにいじってる。

 ローフェ神官の態度に、思わずリアンも身構えてしまう。

「ひょっとしてさ……。リアンくん、イジメられてたりした?」

「いや、それはないですよ」

 ローフェ神官の不安そうな問いかけに、慌ててリアンは否定する。

「ほんとに~? そうだよね~、良かった~」

 安心したように、ローフェ神官が胸をなで下ろす。

「意地悪で、ここに送られたとかは嫌だよね」

「それはもう、意地悪のレベルじゃないですよ……」

 ローフェ神官の言葉に、リアンは苦笑いをする。


「な~んで、こんなところに来たのかな? ひょっとしたらね~……」

 ローフェ神官が何かをいいかける。

「ううん、やっぱりなんでもない~。だってリアンくん、本当にいい子なんだもん!」

 思いついた言葉を最後までいわず、ローフェ神官は納得したようにリアンにいう。

「僕も、できれば真相知りたいですけど……。正直いって、ちょっと怖いって気持ちもあります」

 リアンは眉をひそめて考え込む。

「どうして~?」

「今日、バークさんとも、お話ししてたんですけど……。パーティー会場から、いきなり留置所に直行させられた理由が、未だにわからないんですよ」

 リアンは不安そうに話す。


 その様子を、隣にいるアモスが神妙な表情で聞いている。


「ひょっとしたら、何かしら僕の知り得ない真相とかありそうで……。僕には心当たりないんだけど、向こうが勝手に思い込んでるとか……」

 リアンは会場から有無をいわさず、留置所に送られた経緯を思いだして寒気がする。

「おおおお~! 巨大な陰謀に、巻き込まれちゃった系ですか! リアンくん羨ましいです!」

「いや、いい迷惑ですよ……」

 相変わらず妙な発想をしてくるローフェ神官に、リアンは困らされっぱなしになる。

 リアンとローフェ神官が、食べ終わった食器を洗い場に持っていく。

 リアンが食器を洗い、ローフェ神官が水気を拭いて乾かしていく。


「あれ?」

 リアンがテーブル方面を見て気づく。

「どうしました~? リアンくんは、人には見えない妖精さんが、見えたりする能力があったりするのですか?」

「そ、そんな能力持っていないですよ」

 目を輝かせているヨーベルに、リアンは冷静にいう。

「でも、机に誰かいたような気がして……」

 リアンがそういうと、首をかしげて考え込む。

 実際、隣に座っていたアモスの姿が、すでになかった。


「妖精さんは、イタズラ好きだから~。きっとリアンくんにも、興味津々なんだよ。大事なものとか、きちんと隠しておかないと持っていかれたりするよ。特にキラキラ光るモノを隠したりする、困ったさんなのです!」

 そう話すローフェ神官。

 その背後で、勝手口からアモスが外に出ていく姿があった。

 しかし、ふたりは勝手口が音を立てて閉まっても、まるで彼女に気がつかない。


 アモスが食堂の勝手口から出てくる。

 エンジン音が聞こえたので、そちらに向かったのだ。

 そこにいたのは、詰所のエニルとヘストンと、挙動不審の職員だった。

 協会側の少し開けた場所に車を停めて、運転席のエニルがヘストンと話している。

 エニルは、見回りをしていたヘストンを捕まえて車内に誘い、一緒にいたカースには、そのまま見回りをつづけろと命令する。

 相変わらず挙動不審のカースの隣を、アモスが素通りする。

 もちろん、誰もアモスの存在を認識していないでスルーする。

 そして当たり前のように、アモスがエニルの車に乗り込む。


 リアンとヨーベルの会話を切り上げて、偶然アモスがこのふたりに接触しようと決めたのには、訳があった。

 夕方頃、エニルがリアンの今後について、興味深い話しをしていたからだった。

 港湾事務員のバークとかいうオッサンと、キャラヘンを交え、いろいろ話していたのだ。

 どうやら、リアンの今後の動向について何かしら結論が出たらしかった。

 エニルが仲間のヘストンに、その時の結果を伝えようとしているようだった。


「じゃあ、あの少年のことで、俺は調査を依頼すればいいんだな」

 ヘストンがそういい、真面目な顔をしている。

 車内には何くわぬ顔でアモスが腰掛けてるが、エニルもヘストンも彼女に気がつかない。

「ああ、君なら組織にまだ人脈があったろう? できたら、リアン少年と同じ船で帰り、まずは彼を匿ってやってもらいたい。今回の件、何か今までの誤送とは少し違うような気がしてな。バークも相当心配していたし、なるべく力になってやってくれないか?」

 エニルにいわれ、ヘストンがうなずく。

「わかった……。彼には辛いかもしれないが、平穏な日々はもう少し先になりそうだな。組織ってたって、あのボロアジトだぞ。彼、余計不安がらないか?」

 ヘストンが心配そうに、そんなことをいう。


「そこは、上手くやっておくれ。あの子は頭が良くて空気を察せるからな、きちんとした事情を話せば納得してくれるだろう。彼自身も、島を出たあとの展開を、相当不安視していたからな」

 エニルがリアンの聡明さを評価しつつ、彼の不安を代弁する。

「そういう事情なら、俺もなんとかしてみるよ。あそこにはかなり帰っていないからな、まだ存在するかどうかもわかんないぞ?」

 ヘストンが、タバコを取りだして一本くわえる。

「それでも、彼ひとりをまたアムネークに返すだけでは不安だろ」

 そういってエニルが、ヘストンのタバコに火を点ける。

 エニルとヘストンの会話を、アモスは後部座席で黙って聞いていた。

 アモスはヘストンのポケットからタバコをくすねるが、それでも気づかれない。

「なるほどね……。確かに、リアンくんの流され方妙だものね」

 ヘストンから奪ったタバコに火を点けて、アモスは一服する。

「となると、あたしも一緒に行ってみるか? しばらく、あたし暇だしねぇ……」

 アモスは腕を組んで考え込む。


「で、なんでこれから湖なんだ?」

 車を出発させたエニルに、ヘストンが尋ねる。

「別に俺たちを、疑ってるわけではないんだろうが……」

「なんだよ、疑うって……」

「うむ、湖の殺害現場で、俺たちの詰所で使っていた道具が、いろいろ見つかったらしくてな」

「はぁ?」と、不愉快そうな声をヘストンが上げる。

「で、俺らが犯人だって疑われてるってのか?」


「いや、確認して欲しいってことだよ」

 エニルがそういってヘストンを安心させる。

「いやいや……。どう考えても、疑われてるってことじゃないかよ」

「だからこそ、潔白を証明する必要があるだろ。とにかく、おまえも一緒に来てもらうからな」

 エニルが運転する車が詰所のそばを通る。

「なんだよ、名指しでの指名かよ……。俺がわざわざ呼ばれるってのは、俺が一番やりそうだからって理由なんだろ? この銃たちは、俺の祖父の代から伝わって……」

「いや、おまえが詰所のナンバー2だからだよ」

 エニルが真顔でヘストンのセリフに、言葉を被せてくる。

「銃マニアって要素は、今回の事件には関係ないから。湖畔の死体に、銃は無関係だからな」

「どういうことだよ?」と、ヘストンが怪訝な顔をする。

「……まあ、来たらわかるよ」

 ヘストンに、エニルが気分の悪そうな表情でいう。


「……悪いわね。それの犯人って、今ここにいるんだけどね」

 アモスが自分を指差し、そんなことをつぶやいてニヤリと笑う。

 しかし、当然エニルとヘストンにはアモスの存在が認識できていない。


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アモスの能力については、詳しく説明しなくても、なんとなく理解できるものと思って進行しています。

わかりますよね?

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