43話 「高価な貸し衣装」 後編

 リアンは、玄関から食堂に向かう。

 夕食の匂いと甘い香りが、ドアを開ける前から漂ってくる。

 ドアを開けると、美味しそうな料理の匂い、そしてローフェ神官のニコニコした笑顔が飛び込んでくる。

「リアンくん、ちょうどお食事できたよ~」

「はい、いつもありがとうございます」

「座って、座って~」

 リアンが席に着くと、はじめて見るような肉料理を眺める。


「これは、なんですか?」

「そこに気づくとは、リアンくんもヤリ手ですね! これはカツオのステーキなのですよ!」

「へぇ! あ、そういえば、刑務所から食材届けてもらったんでしたっけ?」

「はい、そうなのです~! 料理長さん直伝のレシピで作ったので、ソースも美味しいですよ!」

 ローフェ神官が興奮気味に、料理の自画自賛をしている。


「リアンくんは山育ちというので、お魚が苦手と想像しますが、ちきんと食べてくれますか?」

 何故か悲しそうな表情で、そんなことを聞いてくるローフェ神官。

「いや、別に苦手じゃないですよ。唯一苦手なのはエビかなぁ、あとはカニさん……」

「なんと! あんな美味しく生まれてきてくれた、いい人たちなのに!」

 ローフェ神官が、心から驚いたように目を丸くしていう。

「う~ん……、なんていうのかな、食べると蕁麻疹とかできちゃって、体質的に無理みたくて」

「なるほど~、そういう理由なら仕方ないですね~。特別に許してあげます!」

「ごめんなさいね……」

 リアンは自分のエビ、カニのアレルギーのことを話してローフェ神官に謝罪する。

「アレルギーのお話し、もっと早くしておくべきでしたね。せっかく作ってくれたお料理を、無駄にしていたかもしれませんでした」

 リアンがそういって、カツオのステーキにナイフを入れる。


「残しても大丈夫ですよ~。残飯処理なら、翌朝に担当してくれる人たちがいますから」

 ローフェ神官がニコニコしながら、リアンがカツオのステーキを食べるのを眺めている。

 今ローフェ神官は、すごく失礼なことをいったような気がしないでもないリアンだが、スルーしておくことにした。

 期待を込めたローフェ神官の視線。

 彼女のことだから、変な悪戯してるんじゃないかな? とリアンは若干不安になる。

 しかし、ステーキはものすごく美味しくて、一瞬でもローフェ神官を疑ったことにリアンは自己嫌悪した。


 食事は、あっという間に完食された。

 相変わらず、ローフェ神官の食事の量が少ないのがリアンには気になった。

 そのことに触れようか迷っていると。

 リアンはふと、キッチンに見慣れないお菓子が並んでるのを見つける。

「あれ? ひょっとしてあのお菓子って……」

「その通りですよ~!」

 目ざといリアンの発見にローフェ神官は、とてもうれしそうにいう。

 今日バークと一緒に仕事をしていた際に、彼が用意してくれたお菓子のレシピ本を見て、今夜さっそく作ってくれたようだった。

 こんがり焼けたお菓子は、甘い香りを放っている。

 食堂に入る際に漂ってきた、甘い香りはあのお菓子だったようだ。

「食後のデザートにしちゃいましょうね~。せっかくだし、詰所の人たちにも持って行きましょうか」

 ローフェ神官がニコニコしながらいう。


「いや、この夜道を詰所までとはいえ、歩くのは危ないですよ。明日の朝にでも、お渡ししましょうよ。どうせ朝になったら、来られるのですし」

 リアンがそういって、外出を引き止める。

「それはいい考えです! 実は、あそこまで歩くのは面倒だと思っていました」

 ローフェ神官の言葉に、不思議と心から笑えてきた。

 いつもなら失笑する感じなのに、リアンは何故か自然と笑えたのだ。


「ほんと、この娘面白いわね。見てて、ちっとも飽きないわ」

 リアンの笑い声をニコニコしながら見つつ、アモスが声を上げる。

 実は同じ部屋同じテーブルに、リアンが先日刑務所で出会った、アモスという黒髪の女性が“ すでにいた ”のだ。

 しかし、リアンもローフェ神官も、その場にいるアモスにいっさい気がついていない。

 アモスはリアンの隣の席に座って、お酒を飲みながらふたりの様子を見ている。

 食事もちょこちょこ、リアンとローフェ神官から拝借していたのだが、まったく咎められなかった。

 ふたりには、アモスが何をしようと認識できない状態なのだ。

 一方アモスは、タバコを取りだそうとするが、なくなったのを思いだして舌打ちする。


 笑顔で楽しそうに、お話しするヨーベルをリアンは見つめる。

 今夜は普通の女性らしく、お菓子作りの苦労話しをして盛り上がってる。


(こんな人が、罪人なわけないよね……)


 リアンは屈託なく話すヨーベルを見てそう思う。

 いったい、あの黒塗りのファイルはなんなのか? リアンの中でこの疑問は、考えまいとするのだが、どんどん存在が大きくなっていく。


「ねえ、リアンくんって……。誰かのパーティーの最中だったの?」

 そんなことを、ローフェ神官がいきなり訊いてきた。

 そういえば、会って初日にこのことをリアンは訊かれたような気がする。

 あの時、なんて回答したっけ? そんな事をリアンは考る。

「え~と、それお教えしてなかったでしたっけ?」

「リアンくんだんまりで、教えてくれませんでした~」

 ふてくされたようなローフェ神官の顔。


「ほら、あの服。すごくいい礼服だったでしょ? すごいパーティーだったりした?」

 玄関にかけてある借り物の燕尾服のことを、ローフェ神官はいう。

「でもですね、実は僕も、誰のパーティーか、よくわからなかったんですよ」

 リアンが、そんなことを話す。

 これは本当の話しだった。

「あれ~、そうなんだ?」

「はい……。いわれるがまま、つれてこられた感じで……。いちおう仮面舞踏会みたいでした」

 この話題になると、リアンはまだ記憶が混濁してしまう。

「仮面舞踏会というのは、仮面で仮装するパーティーなのですか?」

 ローフェ神官の目がキラキラしていた。

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