3話 「休憩所」

 リアンたちは、途中にあった無人の休憩所で、小休止をすることにした。

 休憩所には古臭いボロ小屋があり、中にはテーブルと数脚の椅子、そして、簡易的な寝室があった。

 小屋の中だけでなく、周辺に食べ物の食べカスや、汚れた紙皿なんかが散らかっている。

 かなり、乱雑に使われている休憩所のようだった。

「サーザスの村から木材を運ぶトラックを、サイギンの製材所で見かけたんです。ここは、そのトラックの運転手さんが、休憩する場所なんでしょうね」

 リアンは、地面の大きなトラックのタイヤ跡を指差して、バークに話す。

「そんなのを、見かけたんだね。ところで、ふたりは何してるんだ?」

 バークが、リアンとヨーベルに尋ねる。


 リアンとヨーベルは、散らばっているゴミを拾い集め、一箇所に集めていた。

「いや、あまりにも、散らかっているでしょ? せっかく、使わせてもらうんだし、少しぐらい、お礼に掃除しとこうかと」

 リアンが、照れくさそうにゴミを拾う。

「育ちのいい、坊っちゃんなんだな! へへへ、どうせやるなら、最後までやってやりなよ」

 ケリーが現れて、車内から大きなゴミ袋をリアンに放り投げてくる。

「そうですね! ありがとうございます! じゃあ、ヨーベル、ご飯の用意ができるまで、この休憩所、綺麗にしよう!」

 リアンがケリーにお礼をいって、ゴミ袋を受け取る。

「リアンくんの仰せのままに!」

 ヨーベルが敬礼をして、リアンに従う。

「お、おう……、頑張りな」

 ケリーが、意外なリアンの反応に戸惑う。


 面倒臭がると思って、意地悪のつもりでゴミ袋を渡したのだが、リアンは素直にゴミ拾いをはじめる。

 しかもヨーベルも一緒になって、ゴミ拾いをはじめてしまった。

 リアンから、ヨーベルを引き離す予定だったのだが、算段が崩れたケリーが舌打ちする。

「おまえも一緒に、ゴミに塗れてきたらいいじゃないかよ。いいきっかけ、じゃないのか?」

 助手席のいたエンブルが、ここぞとばかりにケリーに嫌味をいってくる。

「ゴミ拾いなんて、勘弁だぜ! 俺のプライドが、許さねぇよ」

 ケリーが苦々しくいう。

「しょうもないプライドだな……。おまえ自身が、ゴミのくせによ……」

 エンブルが不細工な笑顔でいうと、ケリーが車のドアをバン! と閉める。


 運転席近くで、ゲンブとアートンが何かを話し合ってる。

「ああ、ここから先は、俺が運転代わるよ、任せとけ。あんたは、村に着くまでは、休んでりゃいいよ」

 アートンがゲンブに、自分から運転を代わることを志願したのだ。

 アートンにしてみたら、ガッパー社の最新鋭の車を、純粋に動かしてみたくてたまらなかったのだ。

「ちょうどこの休憩所が、中間地点ってところかな?」

 アートンは地図を見て、進路を確認している。

 目的のサーザスの村には、まだまだ到着しそうにもない。

「だろうな、残りは任せるぜ。自分から志願してくるってんだから、運転技術は信じるぞ」

「ああ、任せておけ!」と、アートンがサムアップする。

 そこでアートンが、ふと思い立ったように口を開く。

「なあ……。ひとつ忠告しておくがさぁ……。本気で、変な気は起こさないほうが、いいと思うぞ」


「ん? なんだ?」

 アートンの妙なマジ面に、ゲンブが不思議な顔をする。

「あいつに、決まってるだろ……」

 そういってから、アートンは回りをキョロキョロと見回す。

 リアンとヨーベルのゴミ拾いを、手伝うわけでもなく、ふたりにくっついているアモスを発見する。

「アモっさんだよ……。あいつマジで、怒るとヤバいんだから……」

 アモスの姿を、遠くに確認したアートンが心から恐れるようにいう。

「ああ、あのねえさんかぁ……」

 ゲンブが、興味深そうにアモスを眺める。

「今まで、いろいろ見てきたからな、俺は……。無事に旅を終わらせたかったら、本気で何もしないほうがいいぞ?」

 アートンが、親身になって本気で心配するように、ゲンブにいう。

「おまえは、アモスねえさんに本気で、怯えてるって感じだもんな?」

 そこへ、クククとケリーが笑いながら現れ、アートンを小馬鹿にしたようにいう。


「ひ、否定はしないよ……。怯えてるし、怖いってのは正直な感想さ。笑いたきゃ、笑えばいいよ……」

 アートンが、ケリーの意地悪な言葉を受け流す。

「お互い、キタカイに向かうまでは、何事もなく平穏無事にいきたいだろ?」

 アートンが運転席に座り、最新鋭の計器を眺めながら、うれしそうだが若干不安げに忠告する。

 そして、シートの座り心地の良さに、思わず口笛が出てしまう。

 そんなアートンの様子を、エンブルは胡散臭そうに眺める。

「そうはいいますがね、おにいさん? 障害は、多いほうが燃えるんだぜ~。せっかくの、イケメンなのに、一番大事なところをわかってないな~。何もしなくても、女がよってくるから、その辺りの攻防戦の楽しさを、理解できてないな」

 ケリーが、女受けしそうなアートンの顔を、ニヤニヤ眺めながらそういう。


「あと、あんた意外と女関係、潔癖そうだな。ひょっとして、ずっとアモスねえさんの尻に、敷かれてるとかか?」

 ゲンブが若干、揶揄するようにいってくる。

「なんだ、にいさん弱みでも、握られてるのかよ?」

 ケリーが、バカにしたように訊いてくる。

「……なんとでも、勝手にいってくれ」

 もうこの話題は、面倒になってきたアートンが、そういって好きに思わせることにした。

 茶化すふたりを無視し、エンブルの怪訝な視線を感じながら、アートンはギアの感覚を実際に体感してみる。

「でも……。あいつは、ヤバい! そのことだけは、忘れないようにしてくれよ」

 アートンが真顔で、正面にまだまだ広がる、鬱蒼とした森を見つめていう。


 昼食は、休憩所にあった小屋で摂ることになった。

 リアンとヨーベルが思いの外、清掃作業を頑張ったので、小屋の内部も綺麗だった。

 テーブルの上に、ゲンブたちが用意した携帯用食料が紙皿に載せられて、配られる。

 缶詰を見つけたアモスが、それを手に取る。

「意外とこいつの、利用頻度は高かったわね」

 アモスが、ポーチから模造刀の形をした缶切りを、また出してくる。

「アモスちゃんは、用意がいいです~」

 ヨーベルが手を叩いて褒める。

 ところが、缶切りの爪が上手く缶に引っかからず、ツルツルと滑る。

 上手くいかないことに、アモスはイライラしてきた。

 すると、アモスの目の前に、ゴツゴツした十徳ナイフが出される。


「ねえさん、そんな民芸品、使いにくいだろう。さっきもそっちのイケメンが、使ってるの見てて思ったんだがよ。明らかにそれ、不良品じゃないのか? ほら、こっちの使いなって」

 ゲンブが出してきた十徳ナイフを無言で奪い、アモスが缶を開ける。

「ありがとうございました」

 リアンが、アモスの代わりに礼を述べると、ゲンブに十徳ナイフを返す。

「ねえさん、ポーチのナイフはご立派だが、旅する上で、こういうのは持っておいたほうがいいぜ」

 ゲンブの言葉に、アモスがムスっとする。

 その態度を、リアンが「すみません」といってゲンブに謝る。

 大声を出さずに表情だけ怒ったアモスは、ゲンブの好みの、気の強い女としてはド本命だった。

 たまらないね~、と心の中で思いながら、ゲンブはアモスの拗ねた様子をうかがう。


 昼食は携帯食料と、魚の缶詰だった。

 安っぽい味だったが、リアンはなんだか旅している気分を満喫できて、美味しく完食できた。

 同様のことを思っているのが、ヨーベルのにこやかな表情でもわかる。

 残すこともなく、綺麗に食べきったヨーベルを見て、リアンは少し安心する。

 リアンは不意にメモ帳を取りだすと、十徳ナイフと書き記す。

「どうしたんだい? リアン」

 バークがリアンに尋ねてくる。

「あ、これからの旅に、必要な物を書いておいたんですよ。街に着いたら、僕らも忘れずに、さっきみたいな十徳ナイフ買おうと思って」

 リアンがメモ帳を、バークに見せながらいう。


「時計? ああ、そういえば俺たち、そういうの持ってないな」

 メモ帳に記された時計の文字を見て、バークが苦笑する。

「おいおい、団長さんよ~。時計も持たずに、旅してたのか? 今まで時間、どうやって調べてたんだよ」

 ゲンブが笑いながら、バークに訊いてくる。

「いや、持っていたんだが、壊れてな……」

 バークが咄嗟に嘘をつく。

「これですよ~! ほらっ! これこれ!」

 バークの嘘に合わせて、ヨーベルが胸にある懐中時計を見せてくる。

「ヨーベル、ドスケベふたりにおっぱい、ガン見されてるわよ」

 アモスが、忌々しそうにヨーベルにいう。

 そういわれたヨーベルは、確かにゲンブとケリーの視線が、胸に集中してるのに気づく。

 慌てて、時計ごと胸を隠すヨーベルが赤面する。

「せっかく時計のトリビア、教えてあげようとしたのに、もう中止です!」

 ヨーベルが拗ねたようにいう。

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