3話 「軍港にて」

 市庁舎からミナミカイの港に、アモスはやってきた。

 軍港かと思ったら商店街がそこにあり、普段はショッピングが賑わうような商業施設のような場所だった。

 バスから降りるとアモスは商店街を抜け、一直線に軍の本部がある場所に向かう。

 目的の人物はレニエ海軍中将だった。

 出会う人全員に、すれ違いざま例の術をかけて、アモスはその存在を消す。

 そのせいで、民間人立ち入り禁止の場所にも易々と入れる。

 誰もアモスの存在に気づく人がいない。

 我ながら便利すぎる力だと、アモスは自分で思う。

 やや歩いた先に、アモスは海軍本部の建物を見つける。

 そこに堂々と入っていき、目的のレニエを探す。

 レニエは会議室ですぐに見つかった。

 何やらヒートアップしている同僚と、議論しているようだった。

 アモスは、さっそくそこに近づくと聞き耳を立てる。


「あのようなデカブツ、砲撃して沈めれば良いではないか!」

 一番興奮している男が叫ぶ。

「そうはいうがね、遺跡は人類の宝だ。いくらハーネロ神国の時代のものだとはいえ、おいそれと手をだしていいものではないんだよ」

 諭すように、おっとりとした口調で話す男が、目的のレニエだった。

 アモスは、レニエ中将は勇猛果敢な武人を想像していただけに、その優男のような姿にギャップを感じていた。

 武人らしく立派な髭を蓄えているが、集まっている軍人の誰よりも身体が小さい人物が、海戦巧者と知られるレニエ海軍中将らしかった。

「あのような場所にあのようなものが現れては、決戦もできないではないですか! 今すぐ沈めるべきです! 戦艦ビストールの接収作業も、今のままではどうすることも、できないではありませんか!」

 ヒステリックに叫ぶ、別のフォールの軍人。

「そのビストールの人的被害は?」

 レニエが尋ねる。

「現在判明しているだけでも死者は、二十八人になります。幸いなことに、グローリス提督は軽傷で発見されました。ですが船体は依然遺跡に引っかかったままで、手が出せない状況です」

 怒りを押し殺したような声で、そう報告してくる部下。


「とにかくだ、あの遺跡に手を出すわけにはいかないよ」

 レニエがなだめるようにいうが、興奮しているアバック少将は納得していないようだ。

 他の将帥たちも、アバック同様納得できてない感じだ。

 アモスはその様子をうかがいながら、レニエ以外の人間だけが戦闘に固執しているような気がした。

 反面レニエは、冷静沈着で反戦思想を持っているような人物に、アモスには思えた。

 下からせっつかれて、指導者として気苦労が耐えないであろうレニエを、アモスでさえも「気の毒ね」と思ってしまうほどだった。

 会話が堂々巡りになってきたのを確認したアモスは、これ以上の情報は出てこないと思い、場所を変えることにした。

「さてと、次はこっちね」

 アモスは懐から新聞を取りだしつぶやく。

 紙面にはハートマークで覆われた、若い軍人の写真が掲載されていた。

 ミアリーの婚約者であるとされる、シゲエ・レニエだった。


 シゲエ・レニエは二十七歳の、広報部所属の少佐だった。

 海戦巧者のレニエ中将を父に持ち 母親もフォールの貴族という、サラブレットとして知られる人物らしかった。

 広報官としてマスコミの前に立つことも多い彼は、一挙手一投足が洗練されており、その声もよく通ると評判だった。


 アモスはシゲエという男の、人物像を新聞記事から知る。

「広報官ねぇ。表舞台に立つのが得意なヤツなわけね。度を超えた自信満々なヤツって、正直嫌いなのよね。ミアリーには悪いけど、あたしの苦手なタイプね」

 記者会見室という場所にピンポイントに目的地を設定して、アモスはそちらに向かう。

 すると、そこにシゲエの姿を早々に見つけた。

 アモスは、自分の勘にガッツポーズをする。

 シゲエは発声練習をしながら、スーツ姿の男性の報告を聞いているような感じだった。

 発声練習をするシゲエの声は透き通り、よく響いていた。

 しかしその音量の大きさに、アモスは思わず耳をふさいでしまう。

「うるさいわねぇ。そんなに声張ることないでしょうに……」

 迷惑そうに、アモスはシゲエの側による。


 すると、そこにひとりの若い女性士官がやってくる。

「これはベレトー少尉どの、ご機嫌麗しゅう」

 スーツ姿の男が、やってきた女性士官に挨拶をする。

 敬礼をしてベレトー少尉が挨拶をする。

 アモスはやってきたベレトーに、特に興味を持たなかった。

 女性でありながら、軍人を志した点については評価できるが、だからといって興味の対象にならなかった。

 スーツ姿の男性が、スケジュール帳を取りだしてパラパラとめくる。

「マースくん、ここでは言葉に詰まる感じがいいかな?」

 シゲエが持っていた原稿をチェックして、マースといったスーツ姿の男に尋ねる。

「ええ、それがいいかと。同僚の安否を気遣うような感じで。あえて下衆い質問を記者にさせますので、ここはうまく感情をコントロールしてださい」

 マースが、シゲエの持つ原稿をチェックする。

「その辺は問題ないよ。マスコミどものデリカシーのなさしか印象に残らないように、記者会見を構成してやるよ」

 シゲエが口角をつり上げ、ニヤリと笑いながらいう。


 アモスは、急に人格が変わったようなシゲエの様子を見て、ちょっとだけ人間性に惹かれるところを感じた。

 聖人君子のような人物よりも、ちょっとの闇を感じさせるほうがアモス的には、タイプだったりするからだ。

「もうあいつらの扱いは、慣れたものさ。今回の戦争は、あいつらにとってはしょせんは娯楽。祖国なんか、別にどうでもいいだろうからな」

 アモスが気に入りそうな言葉を、シゲエは吐き捨てる。

 本心がダダ漏れているシゲエの顔は、アモス好みに歪んでいた。

「それに俺たちも、今後のことを考えていかないといけないからな。敗軍の将兵というのを上手く演出していかないとな。そのあたりの構成も、しっかりした原稿を頼んだぞ」

「は、お任せください」

 シゲエの言葉に、マースがうやうやしく頭を下げる。

 このマースというスーツの人物が、シゲエの広報時の原稿を書いているらしかった。

 どうやら、シゲエは広報官として表舞台に立ちながらも、本心では戦争のことなんかどうでもいいと思っている人物らしかった。

 アモスはシゲエの人間くささに好感を持つとともに、ミアリーとは合わない人物なんじゃないかと思いだした。

 本当にミアリーとの婚約を考えているのか、アモスは疑問すら浮かんでくる。

 アモスとしては、シゲエの人間性は正直で好きなのだが、そんな部分をミアリーは知っているのだろうかと考えてしまう。


「では、わたしは原稿の最終仕上げにかかりますよ」

 マースが記者会見室から出ていく。

 残ったシゲエはまた、発声練習をはじめる。

 アモスも帰ろうかと考えたのだが、さっきやってきたベレトーという女性士官の表情に、“ 女 ”を感じたのだ。

 この表情の正体はなんだ? と直感したアモスが、ベレトーの様子をうかがう。

 すると、ベレトーはシゲエの腰に手をまわし、後ろから彼に抱きつく。

 アモスの表情が明るくなる。

「なんなの? この女!」

 アモスの存在を認識できないシゲエとベレトーは、そこに人がいるとも知らず抱き合うのだった。


「わたしの愛しの広報官さま。もう少しこのままにさせて……、ああ、愛してる……」

「俺もだよ、フレール」

 そんな安易な愛の言葉を交わし見つめ合うふたりは、熱く抱擁して接吻をする。

 ふたりの様子を、アモスはニヤニヤとした表情で眺める。

 まさかの展開が、目の前で繰り広げられていた。

 シゲエは婚約者ミアリーという女性がいながら、フレール・ベレトーという女性士官と二股をかけていたようだった。

 アモスはそんなふたりが抱き合うのを、うれしそうに観察していた。


「あの女が海を渡ったようだけど、いつ会うの?」

 ベレトーがシゲエに尋ねる。

「しばらくは忙しいから会う予定はないよ。そもそも、会いたいとも思わないからね。俺の中ではフレール。きみしかいないよ」

 いい声でシゲエがささやく。

 その言葉にうれしそうに赤面し、ベレトーがシゲエの唇に吸いつく。

「あんな世間知らずな小娘、きみの魅力に比べたら……」

 シゲエがミアリーを世間知らずと罵倒する。

「でも、良家のお嬢様だし、可愛らしい娘さんよ」

「甘ったれで夢想家の、何を考えてるのかよくわからんガキだよ」

「あら、そんなひどいいい方するのね。婚約者さんなのに」

 ベレトーが笑いながらいう。

「命がけで海を渡って、あなたに会いにきたっていうのに」

「行動力に正直驚いたが、迷惑な話しさ」

「今、世間の注目を集めるカップルなのよ?」

「まあ、しばらくの間はそういうことにしとくよ。でも、時間が経てばどうせ世間はすぐ忘れるからな。それに、大きな戦局が近いうちにあるだろうしな」

 シゲエの口元がまた歪む。

「あなたは、戦線に出なくても平気なのね?」

「ああ、そこは問題ないよ。僕は、馬鹿げた愛国心なんて持ち合わせていないしね」

「じゃあ、これからもずっと一緒よ」

「ああ、フレール。もちろんだとも」

 抱き合い接吻するふたりの男女を、アモスがニヤニヤと眺めていた。

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