4話 「改装工事と謎の客人」

 カーナー邸に、かくまわれることになったリアンたち。

 カーナーの屋敷はコの字型の形をしていた。

 リアンたちが宿泊している箇所を東館、その反対側が西館と区別されていた。 

 リアンたちは、屋敷内を自由に歩き回っても大丈夫といわれていた。

 ただし、現在改装工事中の西館には、近づかないようにといわれた。 

 西館の改装は近日中に終わる予定で、それが済むまで立ち入りを禁止しているとのことだった。

 それが済んだら、次は東館の改装がはじまる予定らしかった。

 バーリーという男が、改装工事の責任者だった。

 いかにも職人気質な人物といった感じの中年男性で、部下たちの信頼も厚い人物だった。

 バーリーがいうには、カーナー市長という人物はかなりの変人らしかった。

 屋敷を改造しまくり、招いた客を混乱させるようなことを、好んでやっているというのだ。


 リアンは屋敷の中庭をブラブラ歩いていた。

 中庭には初代フォール王の彫刻が設置されていた。

 植木の手入れもしっかりされており、一見迷路のような区画を持つ中庭が広がっていた。

 立ち止まり、リアンは西館の工事中の場所をしげしげと眺める。

 工事中の入り口付近に、アートンとミアリーがいた。

 ふたりはバーリーと話し込んでいるようだった。

 他の若い職人たちも交じり、談笑しているようだった。

 リアンはそちらに歩いていく。

 バーリーたち改装業者には、リアンたちの素性はさすがに明かされていなかったようだ。

 この時は普通の客人として、リアンたちを認識していたバーリーたち改装業者。

 このあと改装業者たちには、エングラスに向かう旅の劇団員という、いつもの嘘肩書きを名乗るのだった。

 もちろんヨーベルが。

 ガテン系と相性がすこぶるいいアートンは、興味深そうにバーリーたちの仕事についていろいろ質問したりしていた。

 土木工事に関しては知識があったアートンだが、内装工事については知らないことが多く、興味津々だったのだ。

 そこにリアンが合流してくる。

 アートンはバーリーに気に入られ、仕事を今後手伝う約束まで取りつけた。

 さらに賃金までもらえるようで、旅の資金集めも兼ねていた。


「完成したら西館と東館は内装まで含めて、左右対称みたいな形に出来上がるんですね。どっちがどっちなのか、鏡映しみたいなお屋敷になるんですね。これは混乱しそうですね」

 リアンが完成予想図を見せてもらい、バーリーに尋ねる。

「寸分違わない左右対称をご希望のようでね。さらに地下につづく隠し通路や、隠し部屋まであるんだぞ。カーナーさんのご注文は正直よくわからないよ」

 そういって笑うバーリー親方。

「隠し部屋ですか?」ミアリーがそのワードに食いつく。

「ああ妙な仕掛けを施した、隠し部屋みたいな部屋まで作る予定でさぁ」

 バーリーがその図面を見せてくれる。

「そういえば、きみたち仲間にもうひとり女性がいなかったかい? 綺麗な黒髪の」

 バーリーがそんなことを尋ねてくる。

「綺麗な女性なら、ひとりいるけど、黒髪なんかじゃないよ」

 アートンがそう答える。

「あれ? おかしいな。黒髪の綺麗なおねえちゃんを見かけたんだがなぁ。俺の見間違いか?」

 バーリーが首をかしげて頭をかく。

「ヨーベルと見間違えたのかもしれませんね」

 リアンがそう笑いかける。

「そうそう、ここだけの話しだけどよぉ」

 バーリーが小言でささやく。

「この屋敷には、まだひとり客人がいるって話しさ」

「えっ? 僕ら以外にですか?」

 リアンが驚いてバーリーに訊き返す。

「ああ、俺たちが改装工事に入る前から、そういう客人がいるって話しさ。ここのご主人は本当に交友関係が広いお方だからな。きみたちはまだ会っていない感じか?」

「存在すら知らなかったよ」

 アートンがバーリーにいう。

「じゃあ、俺が見た黒髪の美人さんも、俺の知らない客人なのかな? けっこうタイプな感じだったんだよな」

 バーリーが見かけた女性を思いだし、ニヤケながらいう。


 その日の夜。

 夕食が終わりお風呂から出てきたリアンは、東館の自室に帰ろうとした。

 すると、廊下に見知らぬ男性がいるのを見かける。

 その男性は廊下の何もない場所から、いきなり登場してきたのでリアンは驚く。

「フフフ、おや、見つかったかな?」

 謎の男性がリアンに気づきそう笑う。

 髪の白髪が目立つ、五十代ほどの壮年男性だった。

「ど、どちら様ですか?」

 リアンがおそるおそる、謎の男性に訊く。

「どうやって楽しげな夕食の輪に、入ろうか悩んでいたんだよ。結局入るきっかけが見つからなくてね。こうして時間を潰していた次第さ」

 謎の男がやや仰々しいポーズで一礼する。

「ひょっとして、もうひとりいるとかいう、ここの客人さんですか?」

 リアンが、今日バーリーから聞いたばかりの話題を出す。

「フフフ、残念ながら違うよ。彼とは別人さ」


「じゃあ、あなたは誰なんでしょうか?」

 リアンが首をかしげる。

 リアンの瞳には、不審者を見下すような視線はなかった。

「そうだね、それをまずクリアしようか」

 謎の男は不敵に笑うと、手にしていたかばんから名刺を取りだしてくる。

「わたしはフォード。この館の主の友人ですよ」

 フォードと名乗った男は、名刺をリアンに渡す。

 名刺を受け取ると、リアンはそれを見つめる。

 ミナミカイ就労支援事業所所長ホリック・フォードと、名刺には書かれていた。

「フォードさんですか……」

 リアンがそうつぶやいて納得する。


 だが、フォードと名乗る白髪の男は、どこか怪しげな雰囲気をかもしだす男だった。

「カーナー市長のご友人なんですか?」

「ああ、彼とは五十年来の親友さ。だからこうして、こんなところから入っても許されるのさ」

 フォードは壁にあった隠し扉と、そこのカギをリアンに見せる。

「こんなところからも、入れるのですか?」

「いろんなところから出入りできるんだよ。ここの主の趣味は、いろんな場所に通じる通路を作ることだからね。わたしらはモグラの大将と呼んでいるよ」

 フォードがニヤリと怪しげに笑う。


「リアンくん!」

 いきなり後方から声がする。

 そして、リアンはそっちを見る。

「あれ? アモス?」

 リアンは軽いめまいのあとに、声をかけてきたのがアモスだということに気がつく。

「このオッサン誰よ!」

 アモスが、リアンのところに近づいてくる。

「おっと、おっと、わたしは妖しいけど、別にそこまで妖しいものではないよ」

 フォードが、アモスの剣幕に若干圧されていう。

「アモス、ダメだよ。この人は市長さんのお友達だから」

「友達だぁ? ほんとなの? めちゃくちゃ妖しいわよ!」

 リアンの言葉に、アモスは胡散臭げに彼を見つめる。

「フフフ、カーナーがいっていた、面白いお嬢さんとはあなたかな?」

 フォードがアモスに尋ねてくる。

「あたし、あんた笑わせるようなことしたかしら?」

 アモスが不機嫌そうにフォードにいう。

「アモスって!」と、リアンがアモスの袖を引っ張る。


「どうした!」

 ここで、リビングでくつろいでいたバークたちも現れる。

「え? この方は?」

 アートンもフォードを見て驚く。

「リアンくん、こんなおじさまともお友達になったのですか?」

 熱が引いたヨーベルが、ニコニコしながら訊いてくる。

「こいつ、なんか変なとこから侵入してきたのよ」

 アモスが壁を指差していう。

 壁には隠し扉が設置されていた。

「おや? 見てたのかい? これは失敗したな」

 フォードが、わざとらしくおどけてみせる。

 その仕草に、アモスの怒りの沸点が少し上がる。

 リアンが、そんなアモスをなだめるように腕をつかむ。


「いや、この人隠し扉のこと、元から知ってるみたいだったよ。すみません、この人ちょっと怖いので、誤解させるようなこといわないほうがいいですよ」

 リアンがアモスを指差してフォードにいう。

「あら、どう怖いっていうの?」

 アモスがリアンに迫るようにいう。

 たじろぐリアン。

「フフフ……」

 それを見てフォードが怪しく笑う。

「隠し扉? こんなところに?」

 バークが隠し扉の存在に気がつく。

 動かせるキャビネットの裏側に、小さな扉らしきものがあったのだ。

「君たちが、噂の勝利の女神の御一行さまなんだね。とりあえず、まず自己紹介でもさせてもらっていいかな? この屋敷のことなら、そのあと教えてあげるからね」

 フォードがアモスたち全員に、自分の名刺を配る。

「事業所の代表なのですか?」

 バークがフォードに尋ねると、彼はうなずく。

「いちおう表向きはそうなっているね」


「表向きですって? 本業は何なのよ?」

 アモスがまだ喧嘩腰でフォードに訊く。

「そうだね、いろいろあるんだけどね、強いていえば冒険家なんてのはどうだろう?」

「あんた絶対ふざけてるでしょ?」

 アモスがやや呆れたようにいう。

 その言葉からは、さっきまでのような敵対視する感情は消えていた。

 リアンも安堵してアモスの腕から手を離す。

「冒険家っていうと、遺跡の調査をしているみたいな感じですか?」

 アートンが訊く。

「あんたまさかクルツニーデ?」

 アモスが眉をつり上げて、フォードに詰問する。

「いやいや、そういうのではないよ。知り合いは多いが、僕は違うよ」

「聞いてない情報まで、いちいちいうのがなんか癪に障るわね」

 アモスが不愉快そうにいう。


「そうだね……。直接ご案内したほうが話しが早そうだね」

「案内? 事業所にですか?」

 リアンがフォードに尋ねる。

「悪いんだけど、俺たちこの屋敷から今はまだ、出るわけにはいかなくって」

 アートンが申し訳なさそうにフォードにいう。

「聞いているよ。問題ない。このあと直接カーナーから許可を取りつけるさ。じゃあ、ついておいで、わたしの素性がわかる場所に案内してあげるよ」

 フォードが、リアンたちを引き連れて廊下を歩く。

「案内って、このお屋敷をですか?」

 リアンが不思議そうに尋ねる。

「すぐわかるよ」そう語りかけるフォード。


「ミアリー、あのおっさん何者よ?」

 アモスがミアリーに訊く。

「ごめんなさい。わたしもはじめてお会いする人でして……」

 ミアリーが申し訳なさそうに、アモスに謝る。

「でも、俺たちのこと市長から聞いてる感じだし。市長の友人ってことは間違いないだろう」

 バークが、やたら失礼な態度を取るアモスを、なだめるようにいう。

 角を曲がった廊下で、フォードが執事のジェドルンと話していた。

「執事さん! 変質者よ! 不法侵入で捕まえなくていいの?」

 いきなりアモスがジェドルンにいう。

「ハハハ、フォードさまひどいいわれようですな。だから、わたしがお話しを通すといいましたのに」

 執事のジェドルンが困惑した表情でいう。

「いや、この展開は面白いよ」

 クスクスとフォードが笑う。

「アモス、やっぱりこの方この屋敷に関係ある人みたいだから、もう失礼なこというのは止めとこうよ」

 リアンがアモスを注意する。

「そうですか……。あれをお見せするのですね」

 フォードに耳打ちされ、ジェドルンが困ったように考えこむ。

「大丈夫だよ問題ない、あれを見せないと話しが進展しないからね」

 フォードが、ジェドルンの肩をポンと軽くたたく。

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