5話 「屋敷の宝」

 カーナー邸の地下室には、大量の妖しげな家具や器具が展示されていた。

 黒いタールにまみれたような調度品が、そろっていたのだ。

 家具の表面には、まるで血管が通っているかのように赤いラインが隆起していた。

 その地下には水路が流れており、空気をいっそうじめじめとさせていた。

 フォード曰く、ここにある展示物は、ジメジメとした多湿な環境のほうがいいらしいというのだ。

 まがまがしい瘴気を発しそうな、不気味な調度品の数々を前にして、リアンたちは絶句する。

「……こ、これは?」

 バークが冷や汗を流しながら、陳列されている家具を眺める。

「これらこそ、偉大なるハーネロ神国の遺物だよ」

 フォードが、してやったりといった表情でいう。

「ハ、ハーネロ神国?!」

 リアンたちがそれらを注視する。

 調度品はテーブルや書架、椅子などがあり、どれも黒いタールを塗装したような不気味な形をしていた。

 触れたらタールが手につきそうで、リアンたちは誰もそれらを触れようともしない。

 調度品に走る血のような血管模様を、リアンがゴクリと唾を飲み込みながら眺める。


「はいはいはい~!」

 ヨーベルが興奮気味に挙手して、フォードに質問する。

 また顔がほてっているので、心配そうにリアンが彼女の額に手を当てる。

 特に問題なさそうだったので、リアンはスッと手を引く。

「ここにある甲冑は、ひょっとして魔剣士エーリックのものでしょうか!」

 ヨーベルが指差すのは、まがまがしいオーラを発する甲冑だった。

 甲冑だけでなく剣も数本陳列されており、その剣からも目視できそうなほど邪悪なオーラが発せられていた。

「おお、お嬢さん、よくご存じで! その通りですよ!」

 フォードがよろこんで、ヨーベルの言葉を肯定する

「この甲冑は邪気がすごいので、素手では触らないようにしてくれたまえ。どのようなことが起きるかわからないよ。あと剣もね。噂によれば、手にした人物の殺意を、増幅させるという魔力が宿っている話しだよ」

 フォードが、甲冑についての注意点を教えてくれる。

 怪しい光沢を見せるその剣を見て、リアンはサイギンで見かけたヘムロニグスという老人が、装備していた魔剣を思いだす。

「これも本物の魔剣なんですね……。すごい……」

 リアンが驚愕したように剣を眺める。

 見つめるだけで、良からぬ気配に襲いかかられるようだ。

 その、えもいわれぬ気配に圧され、リアンは思わず剣と甲冑から視線を逸らす。


「どうしてこんなものが、ここに? ハーネロ神国絡みの遺物は、この国では所有してはならないのではなかったのですか?」

 バークが冷や汗をぬぐいながら、フォードに尋ねる。

 フフフと、フォードはわけありげに含み笑いをする。

「フォールの国土は、ハーネロ神国の支配に置かれていたのは知っているよね? だからこの国には、こういったものが多く残されているんだよ」

「そういうことを、訊いてるんじゃないわよ!」

 フォードの言葉に、アモスがすかさず突っ込む。

 その言葉を受けて、フォードがまたフフフと笑う。

「フォールという国は、率先してハーネロ神国の遺物を、抹消してきたというイメージがあったんですけど、どうしてここに蒐集されてるんですか?」

 リアンがフォードに尋ねる。

「確かに国は、ハーネロの遺物を持つことを禁止していますな」

 しれっと、フォードがいう。


「このことをしかるべき機関に通報したら、カーナー市長とはいえ、その首が無事ではないでしょうな。禁忌とされる遺物の収集をしておるのですからな」

「あなたは、どういうつもりなんですか? 俺たちを何かに、巻き込もうというしてるんですか?」

 バークが不安そうにフォードに尋ねる。

「フフフ、巻き込むというのは少し違うかな? お願いしたいというのが正しいよ」

「お願いってどういうことよ!」

 フォードの言葉に、アモスがまたすかさず突っ込む。

「あのティチュウジョ遺跡から、無事生還を果たしたきみたちを見込んでのお願いだよ」

 どうやらこのフォードという人物は、リアンたちの素性をかなり知り尽くしているようだ。

「ひょっとして、僕たちに何か特別な力があるとか勘違いされてませんか? 僕たちはただの一般人ですよ。買いかぶりすぎかもしれないですよ」

 リアンが申し訳なさそうに、フォードにいう。

「そうですね、あそこから助かったのは偶然で、遺跡の知識も何もないですよ」

 アートンがフォードにそう説明する。

「それらも承知していますよ。フフフ、きみたちとは波長が合うと思ってね。それが理由ではダメかな?」

「波長だぁ? またふざけたことぬかすわね、あんた」

 アモスがタバコを取りだそうとして、リアンに止められる。

 アモスは渋々タバコをしまう。


「単刀直入にいうと、わたしが今度調査する遺跡に、同行してもらいたいのですよ」

 フォードがそんなことを提案してくる。

「遺跡の調査ですって?」

 バークが驚く。

「ああ、ある遺跡の調査に今度向かうんだけど、そこにきみたちも招待したいと思ってね。エンドールから来た旅人さん」

 やはりすでにリアンたちの素性を、フォードはすべて知っているようだった。

 カーナー市長の友人と自称しているだけあって、カーナーから聞いたのだろう。

「カーナーとかいうおっさんも、相当なおしゃべりなようね。口が軽い男とはなんとなく思っていたけど、案の定だったわけね」

 アモスがイライラと、吸えないタバコの箱をいじりながらいう。

「急かして悪いが、返答を訊かせてもらいたいんだが、いいかな?」

 フォードがバークに質問してくる。

「俺としては、どういえばいいのか……」

「きみがこの一団のリーダーではないのかい?」

 フォードがバークに尋ねる。

「一応責任者という感じの、ポジションにはついてますが……」

 バークは言葉を濁しつつ、フォードの突然の誘いに、どう答えていいのかわかりかねているようだった。

「あたしはこの件、リーダーさまに任せてみるわよ」

 アモスが挑戦的な視線を、バークに送ってニヤニヤしている。

 その視線を受けてバークは考え込む。


「ところで、みんなは“ ディプア ”というのはご存知かな?」

「ディプア?」と、異口同音に発するバークたち。

 あちこちに話題が飛躍して、バークとアートンは困惑したようになる。

 その時、リアンが手を挙げる。

「はい、少年。確かリアンくんだったかな?」

「は、はい」

「ディプアのことを知っている?」

「ええ、友人がそういうのに詳しかったので……」

「あら、リアンくん地元に友達いたんだ」

 アモスがさらりと、ひどいことをいう。

 リアンの顔が少し曇る。

「ディプアとは簡単にいえば、遺跡の失われた技術を蘇らせることができる、キーアイテムのようなものだね」

 フォードがそう教えてくれる。

「ハーネロ神国は、失われた古代文明の技術を復活させた連中という説が、今でも根強くいわれていることを知っているよね。わたしたちはこの説を強く信じていてね」

 フォードが力強くそう宣言する。


「そのディプアを探索する冒険に、同行してもらいたいんだよ」

「正直いって、僕ちょっと興味あります」

 リアンがバークの言葉を待つ前に、そう率先していう。

「さすがだ! きみならそういってくれると思っていたよ。さ、これをあげよう」

 フォードがそういって、ポケットから取りだした飴玉を一個、リアンに渡す。

「わたしもです~! 遺跡を冒険できるなんて、なかなかできないことです! 先日冒険しましたが、もっと堪能したいです!」

 ヨーベルが興奮したようにいう。

 あまりの気勢だったので、隣にいたミアリーが驚いている。

「ディプアというのですね! すっごいお宝じゃないですか! 失われた技術を蘇らせられるんですよね!」

 さらに、その場でピョンピョンと跳ねながらヨーベルがいう。

「ご同行させてもらいましょう!」

 ヨーベルがバークの手を持って、そう懇願する。

「わ、わかったよ。で、安全は保証されるんですか?」

 バークがフォードに質問する。

「そこは問題ないよ、危険は一切ないよ」


「それじゃあ、せっかくだし後学のため、ご同行させてもらいますか。みんなもそれでいいんだね?」

 バークがリアンたちに尋ねる。

「あたしはどっちでもいいんだけど、興味ないっていったら、さすがに嘘になるわね」

 アモスが、まがまがしい装飾を施された扉の前に立ち、その扉を手で触れる。

「この扉もハーネロ期のものなのね。ちなみにこの扉、どこに繋がっているの?」

 不自然な場所にある扉に興味津々のアモスが、フォードに質問する。

 そしてアモスは、ドアノブに象られた魔物の顔を指でなでる。

「この扉は、この屋敷名物の地下通路網に繋がっているよ。カーナーくんご自慢の隠し通路さ。そこからいろいろな場所に出られるんだよ。わたしが出てきた、さっきの場所にも通じているんだよ」

 フォードがそう教えてくれる。

「なんでここの主は、こんなわけのわからない通路を作るのよ」

 アモスが呆れたように、扉を眺める。

「本人は宿泊してくれた客人を、楽しませるという趣向でやっているようだよ。けっこう楽しいものだよ。秘密の通路というワードに、ドキドキ胸が高鳴らないかい?」


「そういうのよくわかります!」

 ヨーベルが興奮気味に断言する。

「ヨーベルを、これだけよろこばせられるってことは、ガキっぽい嗜好が根本にあるようね。あんたも、カーナーっていう市長もさ」

 アモスがフォードにいう。

 フォードがニヤリとしている。

 怪しい笑顔だったので、バークは誘いに乗ったのを少し心配する。


「そっちにも怪しい扉があるわね。そっちもどこかに繋がってるっていうの?」

 アモスが通路の奥に見える、怪しげな扉を指差していう。

「あっちは倉庫のようなものだよ。ここに陳列されていない遺物が、まだまだいっぱいあってね。それらをとりあえず、しまっている感じだよ」

 フォードがそう教えてくれる。

「そっちの中も気になるわ」

「あいにく、こっちのカギは今持っていなくてね。後日カーナーに頼んで見せてもらえばいいよ。中にはなかなか楽しい遺物がそろっていると思うよ。好奇心を満たしてくれるはずさ。それと同時に、ハーネロ神国の偉大さを感じられるはずさ」

 ハーネロ神国のことを、やけに上げていうフォードという男性。

 バークは、ますます胡散臭さを感じてしまう。

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