6話 「スカウト」

「まあ、あんたの依頼は快諾してやるとしてよ、ここにある、この鈴は何よ? こんなにも同じようなの並べちゃって。いったい、いくつあるのよ」

 アモスが棚に陳列されている、三十個ほどの鈴を指差してフォードに訊く。

 ハーネロ期の遺物ということで、どんな呪いがあるのかわからないからなのか、アモスであっても気安く手で触れない。

「そっちのベルはすべて、テンバールの呪術師ピーグロアドの遺物だね。ご存じかい?」

「名前ぐらいは知ってるわね」と、アモスがそっけなく答える。

「ピーグロアド! 知っています! かつてジャルダン島の獄長をやっていた人物で、同じ名前を持つ魔物がハーネロ神国にもいたんですよね! 怪しげな音楽を奏でて、人々を洗脳したと聞いています!」

 ヨーベルが、嬉々として知っている知識を披露する。

 それに対して、落ち着けという意味でアモスが手刀を落とす。

「この肖像画はいったい誰なんですか? やけに綺麗な人ですけど。こんな美人もハーネロに関係するんですか?」

 鈴のすぐ側に飾られている、美人画の絵画をアートンが指差す。

「それが呪術師ピーグロアドだよ」

 フォードの言葉に驚くリアンたち。


「テンバールの呪術師ピーグロアドって、人の姿をしていたんですか? 僕は魔物だと思っていました」

 リアンが驚きつつそういう。

「テンバールそのものが、バケモノの集団というふうに思っていたけど、違うんですか? これは、認識を改めないといけないのかな?」

 バークが腕を組んで、ピーグロアドだとされる絵画を眺めながらいう。

「フフフ、エンドールの国民は、確か“ トゥーライザ ”という物語が、ハーネロ期の主要な文献になっているんだったよね。残念ながら、その書物はエンドール国内でしか通用しない、創作物なんだよ。史実ではないんだよね」

 フォードの言葉に、衝撃を受けるエンドール出身のリアンたち。

「そうか、俺たちトゥーライザでしか、ハーネロ神国のこと知らないもんな。あれ創作物だったんだな……」

 バークが驚いたようにつぶやく。

 自分たちの知っている歴史が、実は創作だったことに対して、バークは同時に恥ずかしい気分になってしまう。

「そうなんですね……。僕もトゥーライザを今の今まで史実と思っていましたよ……」

 リアンもしょんぼりとしていう。


「ピーグロアドは、イノシシの顔を持つ、悪臭がすごい大きな中年女性のようなお化けだと思っていました」

 ヨーベルがエンドールで語られる、ピーグロアドの描写をいう。

「フフフ、なかなか興味深いキャラクター造形だね」

 フォードがそれを聞き、うれしそうにうなずいている。

「さっき話したスカウトの件だけどね、このピーグロアド関連のものなんだよ」

 フォードがそう教えてくれる。

「ピーグロアドの遺跡なんですか! そんなところに行けるなんてすごいです!」

 ヨーベルがまた、興奮したようにはしゃぐ。

「でもさ、そもそも遺跡はクルツニーデしか、調査できないんじゃないのですか?」

 アートンが思いだしたように、フォードに質問する。

「クルツニーデより先に調査をするんだよ。もちろん、いけないことさ。でも、彼らの調査を待っていたら時間がいくらあっても足りないからね。その手間を省いてあげているんだよ。彼らは手つかずの、放置した遺跡を多く抱えているんだよ」

 フォードが不敵に笑う。

「クルツニーデを無視して、率先してやるってのね。なんだか面白そうじゃない!」

 ここにきて、アモスが乗り気になってくる。

「興味を持ってくれたようで、わたしもうれしいよ」

 フォードがニヤリと笑う。

 どこまでも怪しげなキャラを保っている、フォードという人物。


「あの……」

 ここでリアンが、ティチュウジョ遺跡の主からもらった、謎の棒をポケットから出してくる。

「これももしかして、ディプアっていうものなんでしょうか?」

 リアンが棒を取りだし、ボタンを押すと青白い光が浮かぶ。

「うわっ! 何だいそれは! 少年! これをどこで……」

 フォードが驚愕の表情をする。

「ティチュウジョ遺跡で、見つけたというのかい?」

 フォードがリアンに確認する。

「そういえば、ハーネロ期の遺物を僕、持ち歩いているんですね。これって危ないですね」

 リアンが途端に不安そうになる。

「なあに、黙っていればわかりっこないよ。気にする必要もないだろう。だが、この棒の存在は、あまり公にしないほうがいいだろうね。僕もはじめて見る代物だし、何やら重要なパーツのようなものにも思える。まさにこれも、ディプアそのものかもしれないね……。クルツニーデあたりが察知したら、目の色を変えて譲渡を迫ってくるだろうし、フォール政府に知られれば、後ろ手に縛られる可能性もあるね」

 棒をしげしげと眺めつつ、フォードがリアンにそんなアドバイスをする。

「身体調査をされないように気をつけます……」


「遺跡博士のフォードさんに質問です!」

 ここでヨーベルが挙手をして発言をする。

「おや、綺麗なお嬢さん、なんだろうか?」

「ニカ研も古い技術を蘇らせて、ニカイドシステムを作ったのでしょうか?」

 ヨーベルが、いきなりこんなことをいってくる。

 バークも興味のある質問だったのか、黙ってその回答を待っている感じだった。

「う~ん、どうだろうな。ニカ研の技術は洗練されすぎている感じがして、また別物のような感じがわたしはするね。失われた技術を蘇らせるというのは、もっとオカルティックであることが望ましいよ」

「あんたの希望かよ」

 アモスがそこは、クスリと笑いながらいう。

「やはりこういった妖しげな雰囲気を持つほうが、好奇心を掻き立てるとは思わないかね?」

 フォードは、周囲のハーネロ期の遺物を指さしていう。

「わたしもこういう胡散臭い感じのが、大好きです~」

 ヨーベルがうれしそうに遺物を指差していう。

「やはりきみは素晴らしい。わたしの助手になって欲しいほどだよ」

「勝手にスカウトしないこと! あと、こいつにアシスタントなんてできないわよ。この娘がどれだけ無能なのか、あんた知らないでしょ」

 アモスにチョップを受けながら、ヨーベルはニコニコと笑っている。


「十年以上前にけっこう話題になったんだが、これを覚えていないかい?」

 フォードが、荷物から古い新聞記事を取りだしてアートンに見せる。

「ああ、冒険者のマイムとギュビンが見つけたとかいう古文書のことか。なんとなく覚えてはいるね。そうか、確かこの古文書をきっかけにして、ひとつの技術を蘇らせたんだっけ」

 アートンが記事を読みながらいう。

「蘇らせた技術って、どういうものなんですか?」

 ミアリーが興味深そうに訊いてくる。

「氷室らしいよ」

 フォードが、記事を取りだしてミアリーに見せてあげる。

「はぁ? 氷室?」

 アモスが記事を見て声を上げる。

「その遺跡自体が、巨大な氷室だったんだよ」

「氷室って、氷とか保管するお部屋ですか?」

 ヨーベルがフォードに尋ねる。

「そうだね、その氷室さ」


「そんなの、ニカ研でも同じような技術持ってるじゃない!」

 アモスが、くだらないといった感じでいう。

「でも暑い日は、そこに入れば涼しいらしいよ。素晴らしい技術じゃないか」

 フォードがうれしそうにいう。

「それが、つまんねぇっていってるの」

 アモスがすかさずフォードに突っ込む。

「つまらない技術どころか革命的なものだよ。建物全体を冷却できるようになるしね。暑い夏の日も快適に過ごせるじゃないか」

 そう語るフォードを無視して、アモスは彼から奪った記事を読む。

「ところで目的の遺跡からは、どんな技術が蘇るんですか?」

 リアンがフォードに尋ねる。

「それはまだわからないよ、現地で調査しないことにはわからなくてね」

「ほんとかしら? 決め打ちしてるんじゃないの? で、その復活した技術を使って、あんたたちも何か良からぬこととか考えてるんじゃないの? あんた、そもそもキャラが怪しいのよ」

 アモスがこんな失礼なことをいうので、リアンが慌ててアモスの袖を引っ張る。

「怪しいのはキャラ設定さ。フフフ」

「うわっ、ほんと胡散くせ~な」

 アモスがフォードをにらみつけるが、どことなくうれしそうだった。


「復活させた力で、世界征服とか考えてないんですか?」

 ヨーベルがわりかし真面目なトーンで、こんな荒唐無稽なことを尋ねてくる。

「世界征服、フフフ、若さ故の発想だね、うらやましいよ」

 フォードが腕を組んで不敵に笑う。

「そうだね、ではここはきちんと疑惑を解消しておこうか。我々がしようとしてるのは技術の管理さ。仮にピーグロアドの力を蘇らせたとして、その力を使ったりはしないよ。ハーネロ神国の力が、どれだけ強大でどれだけこの地を蝕んだか。我々フォールの人間はよく知っているからね」

 リアンたちは、フォードの言葉を神妙に聞く。

「知っているかい? ハーネロ神国の連中ですら、途中からその力の強大さ故に、力を制御するようになったってことを」

「そうなんですか?」

 リアンが驚いて尋ねる。

「そうなんだよ。ハーネロ神国の連中は、このフォールでは力を使い暴れまわった。しかし、その影響は大きく、大地が広範囲にわたり破壊されたんだよ。そういった汚染され、人も住めなくなった土地がフォールにはいくつも存在するんだよ。マイルトロンあたりからはその力を自制しだし、能力を極力使おうとせずに、ハーネロンの軍勢を指揮して軍隊による征服を目指したんだよ」

フォードが壁に貼ってあった、古いグランティル地方の地図を指でなぞりながら、そんな歴史を教えてくれる。


「それほど危険な力なのさ。だからその力を、安易に使えないようにするため、我々が管理するのさ」

「管理ねぇ……」

 アモスが胡散臭そうにフォードにいう。

「ひょっとして、フォードさんはフォール政府に何か関係ある人なんですか?」

 バークがその発想に思いいたる。

「まあ、それに近いといってもいいかもね」

「その辺り、曖昧なのが気になるわ! もったいぶってさ!」

 フォードに指を指して、アモスが不満そうにいう。

「そもそも、この男が政府の人間だとしても、使う使わないは別の話しよ。今はさんざんこういっておいて、力を手にした途端に……」

 アモスが、じっとりとした目つきでフォードを見る。

「豹変しますか!」

「高笑いしますか!」

 ヨーベルとミアリーが、目を輝かせて訊いてくる。

「なんで君らは、そんなうれしそうなんだ……」

 ヨーベルとミアリーの変なテンションに、バークが困ったようにいう。

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