2話 「朝の時間」 後編

 すると、そこにカーナー市長が現れる。

「おっはようございます! 英雄のみなさん、くつろいでくれていますか!」

 カーナー市長は室内だというのにサングラスを掛けて、立派な顎髭をなでながら、ハイテンション気味にリアンたちに挨拶をする。

 恩人のカーナー市長に、リアンたちは丁寧な挨拶と謝意を述べる。

「少年、甘い物は好きかね?」

 そういうとカーナー市長は、リアンの手に飴玉をザーッと出してくる。

 困惑したようなリアンだが、謝礼をいい自分のポーチに飴玉をしまう。

 しかし、遅れて部屋にやってきた人物を見て、リアンたちは驚く。

 カーナー市長が引きつれてきた執事が、全員の視線を集めていた。

 ヨーベルが目を丸くさせる。

「あれ? ジェドルンさんでしたっけ? どうしてミナミカイに?」


 リアンたちの前に、キタカイのクレシェド家で執事をしていた、ジェドルンが現れたのだ。

 どうしてミナミカイにいるのか、不思議そうにリアンたちが尋ねる。

 その言葉にカーナー市長が、してやったりといった表情でニヤリとする。

 グラサンの奥の目が、怪しく輝いたような感じになる。

 反面、ジェドルンが困ったような表情になる。

「実はね……」とカーナーがうれしそうに話しはじめる。

 執事のジェドルンは実は双子らしかった。

 キタカイのクレシェド家のジェドルンは双子の兄で、カーナー家のジェドルンは弟らしかった。

「本当にお戯れがお好きですね、旦那様は」

 ジェドルンが呆れたようにいう。

「こうやって混乱させて楽しむなんて、よい趣味とはいえませんぞ」

 ジェドルンがカーナーに諫言をいう。

 カーナーはそれを笑って誤魔化す。


「執務の時間まで、英雄さんたちとお話しがしていたいです。よろしいですかな?」

 カーナーがリアンたちにそう話してくる。

 ここでバークが、改めてカーナーに礼をいう。

「エンドールまでの帰路の件も、こちらにすべて任せてください。希代の英雄に力添えができるのなら、これほどよろこばしいことはないでしょうからね!」

 興奮気味にカーナーが断言する。

 カーナー市長は、リアンたちの素性をすべて聞いて知っていた。

 そんなリアンたちに助力をすることを、僥倖と感じていたりもしているようだった。

 元よりこのカーナーという人物、奇人変人を集めては食客にするという変な癖のある人物として有名だったのだ。

 今回リアンたちと知り合い、彼らを自分の屋敷に匿うなど、必然とも思える行為だった。

「俺たち、エンドールから追われている身なのですが、本当に大丈夫ですか?」

 バークが不安そうに再確認する。

「心配なさらぬよう! わたしにすべて任せてください!」

 カーナーは力強くそう宣言してくれる。

 信じていいのだろうが、面倒なことになるのではないかという危惧もあり、バークは不安になる。

 あと、公人にそのようなことをさせるという、後ろめたさも存在した。


 しばらく、リアンたちは熱いカーナー市長の言葉を聞いていた。

 すると、リアンがヨーベルの異変に気がつく。

 ヨーベルの顔がまた紅潮していたのだ。

 カーナー市長の熱に当てられて、ヨーベルまで興奮してきたのかな? と思ったが、どうもそうじゃないような気がするリアン。

 リアンがヨーベルの額に手を当てると、すごい高温だった。

「ヨーベル、また体調が悪くなってない? すごい熱だよ!」

 リアンがそういって、みなにヨーベルの不調を訴える。

「あれ~、なんだか頭がボヤボヤするかと思ったら、風邪なのでしょうか~」

 ヨーベルが頬を紅潮させながらいう。

「市長さんの熱さに、わたしも興奮しちゃいました」

「おお、わたしのせいで申し訳ない。今すぐ医者を呼びましょう。横になりますか?」

 カーナーがヨーベルをソファーに横にさせると、ジェドルンとギアスンに耳打ちする。

 ギアスンが「了解しました」といって、部屋から出ていく。


 ギアスンと入れ違うように、屋敷のもうひとりの若い執事が現れる。

 朝食の用意ができたといって、リアンたちを食堂へ誘ってくる。

 ヨーベルの容態のことを話したら、この部屋に朝食を持ってきてくれることになった。

 礼をいうリアンたち。

「ところで市長、フォールの海軍はまだ戦意はあるんでしょうか?」

 バークがカーナーに尋ねる。

「昨日レニエとも、あのあと会ったんですがね、戦意はまだあるようでしたな。戦力が一部使えなくなったとはいえ、まだまだ兵士の戦意は高い状態です。戦場に浮かび上がったあの遺跡が邪魔で、海戦がどうなるのかもわからないのですがね」

「そういえば……、海戦を楽しみにしていた人がいませんでしたっけ? あれ? 誰だっけ?」

 ぼんやりとした表情のヨーベルが、横になりながら突然そんなことをいう。

「海戦を楽しみに? 誰がそんなことを?」

 バークが首をかしげる。

「あれ? わたしもわかりません。でもなんだか、楽しみにしていた人がいたような気がするんです。風邪で頭がどうにかしちゃったんでしょうか?」

 ヨーベルが、照れ笑いを浮かべながら頭をかく。

「でも、僕もなんだかそういう人が、いたような気がしないでもないよ……」

 リアンがヨーベルにポツリとつぶやく。


「軽い風邪でしょうね」

 やってきた医者が、そう診断してくれた。

「栄養のあるものを食べて、寝ていればすぐにでも治るでしょう」

 そう断言してくれた医師の名前はナモーデといい、頭頂部がやや薄くなってきた四十代ぐらいの人物だった。

 彼はカーナー市長の主治医でもある人物らしかった。

 バークがナモーデ医師から名刺をもらう。

 黒人の看護婦を連れてやってきたナモーデ医師は、手際の良い流れでヨーベルを診断してくれた。

 その迷いのなさっぷりに、リアンたちもこの医者を信じて大丈夫だと感じた。

 しかし、こういう風邪を頻発させるというところにナモーデ医師も気にかけており、少し不安そうだった。

 生活習慣を改めるようにと、ヨーベルは釘を刺された。

「は~い」と、ヨーベルは頭の悪い返事を返す。


「あんな劇的な体験をされた人たちですからね、今やすっかり時の人ですからな」

 ナモーデがカラカラと笑う。

「あんな事件に巻き込まれたのに、どこも怪我をせずに、風邪だけで済んでいるなんて、そっちに驚きですわ」

 ナモーデ医師に付き添ってきた、黒人の若い看護婦さんが、リアンたちを賞賛する。

「それじゃあ、わたしは医院に戻りましょうか。ヨーベルさんは、二、三日は安静してくださいね」

 ナモーデ医師がヨーベルの診断を終え、帰ることに。

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