2話 「朝の時間」 前編

 朝刊をチェックしていたバークは、謎の頬の痛みに悩まされていた。

 何故か昨夜から痛んでいる頬。

 まるで、殴られたかのような痛みと痣が残っていた。

 リアンたちに訊いても、理由は判明しなかった。

 バークは、昨夜の遺跡での騒動の際に、知らない間に怪我をしたんだろう、ということにしておいた。

 窓際の椅子に腰掛けながらバークは、何故かもう広まっていた、ミアリーの話題が載った新聞記事を読み込んでいた。

 相変わらずのフォール風味の効いた、いかがわしいセンセーショナルな見出しが躍る記事だった。

「どうしてもう、マスコミに広まってるんだろうな?」

 アートンが不思議そうにバークに尋ねる。

「おしゃべりな兵士が、リークしたんだろうか……」

 バークが紙面を読みながらアートンに答える。

「この紙面にある使用人たち、っていうのはわたしたちのことでしょうね?」

 ヨーベルが興奮気味に、ミアリーと同行した使用人というワードを指して尋ねてくる。

「俺たちの素性までは広がっていないな、それに安心したよ」

 バークが、窓際に置いたコーヒーを一口すすりながらいう。

「みなさんには本当にご迷惑をおかけしました。このことだけは謝っても謝りきれません」

 ミアリーが申し訳なさそうに、バークたちに頭を下げる。

「そのことならもう大丈夫だよ。ここのカーナー市長さんも、俺たちを全力で保護してくれるってことだし、すべてがいい方向に向かっているよ」


 バークが昨日、すべての事情を正直に話したのだ。

 自分たちはエンドールから流れてきたこと、エンドール軍から追われているかもしれないこと、そして狂言誘拐という体を取り、ミナミカイに逃亡してきたことなど、すべての事情をカーナー市長に話したのだ。

 カーナー市長はミアリーがいうに、相当な洒落人で好奇心旺盛な人物らしい。

 そんな人物だから、協力を取りつけるためバークは自分たちの素性を、包み隠さず話したのだ。

 案の定、リアンたちの素性に興味津々のカーナー市長は、リアンたちを全力で保護してくれることを約束してくれたのだ。

 バークの判断は正しかったようだった。


「ミアリーちゃん、そういえば恋人とはいつ会えるんだい?」

 アートンがミアリーに尋ねる。

「お仕事が忙しい人ですから、なかなか難しいかもしれません。でも、同じ街で繋がっていますから、会えなくたってわたしは大丈夫です。ふたりの絆は、繋がったままですわ。運命の人ですもの」

 ミアリーが妙なことをいう。

 強がりといった感じでもなく、ミアリーの反応はナチュラルだった。

 そんなミアリーを見て、普通ならすぐにでも会いたいと思うはずなんだろうけどなと、バークが不思議がる。

 だけど、この話題をこれ以上やるのもどうかと思い、バークは追求を避ける。

 本人がそれでいいといってるのだから、これ以上いうのも野暮な話しだろうと判断したのだ。


「今回の一件は、フォールにとって戦意向上なイベントだったのかな? それとも逆なのかな? 聞けばフォールの遺跡に引っかかってた戦艦、使い物にならなくなったって話しじゃないか。戦力の低下は確実だろう」

 アートンが、聞いた限りの情報でそのような予想をする。

 結局ティチュウジョ遺跡に引っかかって、直立状態になった戦艦は、撤収されることなく遺跡に引っかかったままなのだ。

 アートンがいった通り、貴重な戦力が消失したことに変わりないのだ。

「それにだ」と、バークがコーヒーの残りを全部飲み干して、言葉をつづける。

「戦闘予想地に、あんなドデカい遺跡が浮上してきたら、今後の戦闘はどうするつもりなんだろうな?」

 バークが眉を下げて、若干口元を歪めながらいう。

「そうだよな。遺跡が邪魔で戦闘なんてできそうもないよな」

 アートンがいい、昨夜急に浮上した遺跡の写真が載った紙面を眺めて、ため息交じりにいう。

「案外平和的に停戦が、結ばれるきっかけになるかもな?」

 アートンは、そんな希望のこもった予想をいう。


「フォールの兵士は、玉砕覚悟でこの海戦に臨んでいたっていうじゃないか。そう簡単に矛を収めるものかな?」

 バークが空になったカップを、窓枠の上に置く。

「でも平和的な交渉が、発生する可能性ができたわけですよね。それはそれで、いいことだと思いますわ」

 ミアリーはうれしそうだ。

「そうだね、血が流れずに済むのは、双方にとってもいいことだろうね」

 バークがいい、紙面をさらにめくる。

 ミアリーの、古い学生時代の顔写真を載せた紙面を見て、ため息をつく。

「しっかし、ミアリーちゃん、一夜にして時の人だね」

 バークの言葉に照れくさそうにミアリーが笑う。


「あんな素敵な遺跡に巻き込まれるなんて、わたしたちは貴重な体験をしましたよね。一生忘れることもできない思い出です」

「ハハハ、ヨーベルは強いな」

 遺跡に巻き込まれた件をよろこぶヨーベルに、アートンが若干呆れたようにいう。

「でもまあ、無事生還を果たせたんだし、良しとしとくか。確かに貴重な経験をしたわけだしな」

 アートンが新聞を眺めながら、昨日の出来事を思い返す。

「おまえがいっていた、場所を瞬時に移動する技術っていうのか? そんなのが本当にあったんだな。ハーネロ神国が使っていた神出鬼没の移動方法を、直に体験したんだからな。それに関しては俺も素直にうらやましい。そういうの体験してみたかったよ」

 バークが、アートンが遺跡内で体験した、転送装置について言及する。

「あんな便利な技術があれば、世界が変わるぜ。案外この遺跡浮上の件で、新しい失われた技術が蘇るかもな。そうであれば、人類にとって大きなプラスになりそうだな。クルツニーデは大よろこびじゃないか」

 アートンがそういうと、そこにリアンがギアスンという執事に連れられてやってくる。


「やあ、不死身のリアンおはよう!」

「ぐっすり眠れたかい?」

 バークとアートンがリアンに敬礼しつつ、朝の挨拶をする。

「はい、ぐっすりです。どこにも異常がなくて、逆に怖いほどです」

 リアンが、照れくさそうに笑いながら挨拶する。

「リアンにとっては、本当に大冒険だっただろうな。よくあの一件があって、命が助かったもんだよ。正直、あそこでもう終わったと思ったからな」

 バークが、リアンが分断されて消息不明になったことを話題にする。

「その一件は、僕も終わったと思いました。でも、こうしてピンピンしてるんですから、不思議なことです。ひょっとしたら、あの遺跡が助けてくれたのかな? なんてことも思っています」

「遺跡の主らしき人物とも、出会ったんだよな?」

 バークが尋ねてくる。

「はい、おそらくそれっぽい人と、不思議な出会いをしたのを覚えています。夢じゃなければいいんですけど」

「でも夢じゃないんですよね? リアンくんが授かったという、謎のスティックがその証明です。あの棒は今持っていますか?」

 ヨーベルがリアンに訊いてくる。


 リアンはポケットに入れていた、例の棒を取りだしてくる。

 そして、ボタンを押して照射する。

 地面に青白い光が浮かび上がる。

 それを見た執事のギアスンが驚いて、光を不思議そうに眺める。

「こんな不思議な棒をもらえるなんて、リアンくんは遺跡の主さんから認められたってことですよね。やっぱりリアンくんは、物語の主人公の資格があるってことですよ」

 青白い光を眺めながら、興奮したようにヨーベルがリアンの頭をわしゃわしゃなでる。

「遺跡内暗かったから、単に照明を譲ってくれただけかもしれないですよ」

 リアンがそんな可能性をいう。

「照明にしては出力が低いように思えるが、ニカ研のニカイド照明みたいなものなのかな、それは」

 アートンが不思議そうにいい、リアンから謎の棒を譲り受ける。

 しげしげと発光している部位を眺めながら、アートンが棒を軽く振る。

 興味深そうに謎の棒を見ていたギアスンに、アートンが棒を手渡してあげる。

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