11話 「崖上の風景」

 セザンの小屋の窓から見えたその先には切り立った崖があり、そこの先端部分に大きな彫刻があったのだ。

 崖はそれなりに教会から離れていて、ちょうど真北に位置するような場所にあり、勾配もかなり急だった。

 リアンは、その危険な崖の上を歩いていく。

 道幅は決して広くなく、高さも勾配とともに上がっていく。

 もし転落したら、間違いなく助かる見込みはないであろうほどの、危険な場所だった。

 しかし、リアンはまったく臆することもなく、崖の先端に建っている大きな彫刻に向けて進行していく。


 リアンは崖の先端に立つと、そこにある巨大な彫刻を見上げる。

 台座もまるでなく、元から存在した岩を、そのまま掘り出して彫刻に仕上げた感じだった

 ここに来るまでに、かなり体力を使ったのかリアンは肩で息をする。

 リアンは、その彫刻をじっくり観察してみる。

 かなり荒削りな完成度で、ひょっとしたら未完成なのかと、思うほど雑な作りだった。

 だが、その彫刻のモチーフは、リアンにでも判別できた。

 リアンの祖国であるエンドール王国の、守りの女神としてシンボル化されている彫刻だった。

 正式な名称や出自はよく判明しておらず、「王城の女神像」と呼ばれるものだった。

 エンドール王国の王都アムネークに、それのオリジナルは存在し、王都を守護する目的で作られた大彫刻らしい。


 似たような彫刻は多く作られ、エンドール国内には他にもいくつも存在しているものだった。

 民芸品として売りだされるほど、それほど珍しいモチーフではないのだが、どうしてこんな崖にあるのかリアンには不思議だった。

 何よりも、その乱雑な作りが妙に気になる。

 ここまで乱雑なものは、エンドール本土にもないはずだった。

 本来はエンドール王国に吸収合併された王朝の女神だったのだが、いつの間にかオールズ教に組み込まれ、聖母化されるという不思議な経緯を持っていたりするのだ。

 実はリアンも、存在を知ったのはつい最近だった。

 その崖の上の女神像は、はるか北東のエンドール王国の首都を向いて立っていた。


 ちなみに、エンドール王国はグランティル地方に存在する、四つの国家のうちのひとつだった。

 近年、帝国主義化に邁進し、昨年には隣国の国家を滅ぼして占領下にしていた。

 現在も一国と交戦状態にあり、その戦闘はほぼ泥沼化している感じだった。


 政治にあまり興味のないリアンだが、この戦争に対しては、どこか懐疑的だったりした。

 だからといって、反戦を訴えるほどの平和的思想もなく、周囲の人の影響次第では、抗戦派に仕方なしに賛同してもおかしくないぐらいの、無関心さを持つ市民だったのだ。

 地方の小村出身のリアンは、都市部に蔓延していた熱烈な帝国主義とは無縁だったのだ。

 故郷からアムネークという首都に出てきた時に、祖国が戦争をやっているんだということを、はじめて意識したほどだったのだ。


 話しを本編に戻すと……。

 崖の上の、雑な女神像を眺めるリアンは、あることに気がつく。

 彫刻の顔の部分に、妙な違和感を覚えたのだ。

 リアンはいっさいの躊躇なく、スルスルと器用に彫刻に登っていく。

 崖自体相当な高さであり、しかも先端部分は幅も狭い。

 さらに、そこに聳える彫刻自体も五メートルの高さはゆうにあった。

 普通の人なら、高さへの恐怖で登ることなど、不可能だったろう。

 しかしリアンにとっては、そういった「高さへの恐怖」というのが、生まれつきないのだった。

 これは彼が持つ、唯一といっていいほどのスキルだった。


 彫刻を登っている最中に、崖下に何やらポッカリと、洞窟が口を開けていたのをリアンは発見する。

 打ち寄せる波が、岩場で激しい飛沫を上げている。

 そこに、不自然なほど真っ黒な空洞があった。

 彫刻の上だから、見つけられた洞窟だった。

 登っていなければ、見つけることは不可能だったかもしれない。

「あんなとこに、洞窟があるんだ……」

 しかし今は洞窟を無視して、リアンはさらに彫刻を登っていく。

 リアンはとても身が軽く、バランス感覚が優れていた。

 いっさい恐怖心を感じることなく、目的の彫刻の顔の部分にまで到達した。

 彫刻自体がかなり雑な作りなので、「ひょっとしたら、最初から顔も適当なのかな?」そんなことをリアンは思っていた。

「でも、やっぱり、顔は削り取られてる感じがするなぁ……」

 彫刻は、顔の部分がゴッソリと削り取られているのだ。

 何故だろうと、リアンはしばらく考えてみる。

 ふと、左手側を見て、またあるものが目につく。


 真っ赤な長方体のような、巨大な建造物が向こう側の崖上に建っているのが見えたのだ。

 全体がとにかく赤く、必要以上に自己主張している建物だった。

「なんだろう? あれ……」

 箱のような巨大なそれは、倉庫のようなものにも見えた。

 青い海と空の風景の中で、ひときわ目を引く赤さを放っている。

「後でローフェ神官や、他の職員さんに訊いてみようか……」

 リアンは、彫刻から降りようとすると、またまた妙なモノを見つけてしまう。


 教会の裏手に広がる広大な墓地に、馬に乗った騎士がいるのだ。

 最初は、それも彫刻かと思ったが、馬はちゃんと生きている感じだった。

 遠目にしか見えないが、やっぱり騎士だなぁとリアンは思う。

 甲冑を装備し、手には長槍を構え、長いマントを羽織って馬上で墓地を見廻ってるようだった。

 すると、騎士もリアンに気づいた感じだった。

 かなりの距離が離れているはずなのに、馬の向きをリアンに向けて、こちらを見つめている。


 よくあの距離で、こんな場所に張りついてる自分を、見つけられたものだなぁとリアンは思う。

 とりあえず、見えているかどうかはわからないが、彫刻にしがみついたまま会釈しておいてみた。

 しばらく、お見合い状態になる騎士とリアン。

「僕って……。実は、まだ夢の中にいる、ってことはないかな?」

 この短時間でいろいろ見つけた奇妙な発見に、リアンはいまいち現実感がわかない。


「ちょ、ちょっと~! リ、リアンくん~! そ、そんなとこに登って、危ないよぉ~!」

 ローフェ神官の声がして、リアンは我に帰る。

 そちらを見ると、ローフェ神官が崖に向かってこちらにやってきていた。

 本当に心配しているようで、オロオロしてるローフェ神官。

「あ、ごめんなさい! すぐ降りますね!」

 本気で心配しているローフェ神官の気持ちを察して、リアンは大声で謝ると、すぐに彫刻から降りることにした。

 ローフェ神官にこの危険な崖に登らせて、何か事故があっては大変だと思ったリアンが急いで行動する。


「いろいろ気になるの、見つけちゃって」

 リアンが急いで降りる頃には、墓地にいた騎士は森の中へ消えていた。

「落ちたら危ないよ、もう登っちゃ嫌だよ~」

 ローフェ神官が不安そうに、注意してくる。

「はい、すみません、つい癖で……」

「癖?」とリアンの言葉に、ローフェ神官が引っかかる。

「リアンくんは、高いとこが好きなのですか?」

「昔から結構、平気だったりするので……。僕の唯一の特技、みたいなものでして」

 リアンは、照れ笑いを浮かべてローフェ神官に謝る。

「へぇ~、意外な特技ってあるんだね。実はね、リアンくんと同じぐらい、どんくさそうなわたしにも、ひとつだけ特技があるんだよ!」

 ローフェ神官が自慢気にリアンにいう。

 勝手にどんくさいことにされてしまったリアンだが、そこは自分自身しっかり認識していたので、彼は何も反応しなかった。


「へぇ、なんだろう?」

 リアンは気になるが、オカルト的な何かの知識のことかな? と思いちょっと不安になる。

 その話しをしだすと、ローフェ神官は止まらなくなるからだ。

「でも、今はまだ秘密にしておくのです! 謎多き女ヨーベル・ローフェをよろしくね」

 よくわからない言葉で、特技のくだりを有耶無耶にされたリアン。

「とりあえず、もう危ないことはしないでね? 見つけた時、本当にビックリしたんだよ」

 ローフェ神官が、心配してくれているのは事実だったようなので、リアンは素直に謝る。

「ごめんなさい、もうしませんので……」

「じゃあ、許したげる! 次見かけたら、職員さんにも怒ってもらうからね。さ、出掛ける準備しよ! 早く早く!」

 ローフェ神官は表情をコロコロ変え、今はもう、うれしそうにしてリアンの手を引く。

 ふと、左手側の崖下にある洞窟に、リアンはまた目がいってしまう。

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